03.P
案の定、リドルくんは10歳の夏からホグワーツに通うことになったらしい。
彼は寮制の学校に行くと言って、そのまま次の夏まで帰ってこなかった。
魔法学校であることは伏せておくつもりらしいので、何も言わずに送り出した。

そして、夏に彼はひょっこりと私の部屋に顔を出しに来たのだ。
冬生まれのリドルくんにとっては、11歳の夏のことだ。

「あ、リドルくん、お帰り」
「…ただいま、名無しさん」
「上がる?」
「はい」

1年見ないうちに、リドルくんは少し背が伸びて、肉付きもよくなったみたいだ。

戦争中のイギリスでは食品類の値上がりのせいで、日々の食事にも質素になり続けている。
孤児院ともなれば、もともと質素だろう食事がさらに質素になるのは目に見えて明らかだった。
その環境から、戦争とは無縁の魔法学校に行ったからこそ、リドルは大きくなれたのかもしれない。

リドルくんは部屋に入って、すぐに洗面台に向かった。
私はその間にお湯を沸かして紅茶を入れる。
いつも通りの行動で、1年会っていないなんて嘘みたいだった。

「学校はどう?」
「楽しいけど…それより、名無しさんは大丈夫だった?」
「え?何が…」

お茶を用意して学校のことを聞いてみた。
孤児院から通う学校よりはずっと環境はいいだろうけれど、リドルくんの場合、問題はそこではなく、友好関係にある。
ヴォルデモート卿は、心を許すことができる友人がほとんどいないという設定だったはず。
もし、リドルくんに友達があまりできないとなると、非常に心配だ。

リドルくんは、さらっと私の質問をかわして、私の方の話題を振ってきた。
唐突すぎて理由が分からなかったから、とりあえず質問で返すことになった。
学校のことは聞かれたくないのかもしれない、やっぱりうまくいっていないのか…。

「街で買い物とか出来てるの?最近、危ないって…」
「ああ…うん、まあ生きるのに困るほどではないよ、大丈夫」
「本当に?」
「本当だってば」

嘘だ。
正直、買い物はままならない。
こうなることを想定して、紅茶はリドルくんがいる時に多めに買っておいてもらっていたし、日持ちするクッキーなんかもそうだ。
本当は、リドルくんが来るとき以外は紅茶なんて殆ど飲まないし、甘いものも食べない。

それ以外の食事については、ジャガイモが中心で、こっそりアパートの庭にちょっとした家庭菜園を作ったりもしている。
買いに行って叩きだされることはないにしろ、意味不明な値段で買わされそうになったり、私の時だけ品切れなんてこともある。

ただ、この辺りの人たちの息子さんや旦那さんは徴兵に出されて、帰ってこない場合もある。
その事実を知っている以上、何も言えないし、言うつもりもない。

怪訝そうにこちらを見ているリドルくんにクッキーを差し出すと、不審げにそれを手に取って食べ始めた。
私も1枚それを食べる、甘くておいしい。

「…ならいいけど。また買い物行くから」
「ありがとうね。で、君、話逸らしたけど、学校はどうなの?寮なんでしょ?どんな感じ?」
「普通に同室のやつとは仲良くなった」

同室のやつって…誰だろう。
原作ではあまりヴォルデモート卿の友好関係については触れられていなかった。
とはいえ、純血の人たちと仲良くしているのだろうとは思う。

リドルくんの表情から、その同室の子ととても仲がいいとか、そんなに良くないけどとりあえず答えているとか、そういうことすら読み取れない。
無関心、というのが一番しっくりくる表情だ。
自分のことだろうに、とても無関心。

「同室の子とは話が合う?」
「ん。よく一緒に課題やったり、本を読んだり…まあ普通にいろいろ」
「そっか。一緒にいて楽しいならそれが一番ね」

楽しんでくれているならいい。
だけど、楽しめないならどうにかしないと…といってもどうすることもできないけれど。

もし彼が純血主義の思想に染まったときは、きっと、もうここには来なくなるだろう。
リドルくんがいない1年間考えてみたことだが、私には何も変えることはできない。
都合よく私に魔力があれば、一緒に学校に行ければ…そうでなくても、彼との間に魔法という共通部分ができれば何か変わっていたかもしれない。
だけど私はただのマグルで、ヴォルデモート卿にとっては忌むべき存在だ。
リドルくんが私の元に来なくなったら、きっと、それは原作通りに話が進んだということだ。
私にはどうすることもできない。

「今年の冬は雪がすごかったけれど、遊んだりした?」
「してない。だって寒いし」
「えーもったいない…」
「まさか、名無しさんは遊んだの?」
「うん。孤児院のお子様と少しね」

今年は冬が厳しかった。
とにかく雪が良く降って、雪かきが必要なほど積もった。
イギリス全土で比較的雪が多かったとニュースでやっていたし、どこにあるのか分からないホグワーツでも雪は多かったと想像した。

リドルくんは眉根を顰めながら話していたから、きっと雪も寒さもすごかったに違いない。
リドルくんは寒いのが苦手だ、冬生まれだけど。
私も寒いのは苦手だけれど、あまりにたくさん積もったからと、せっせと雪だるまを作った。
物珍しそうに見ていた孤児院の小さな子供たちも途中から手伝ってくれて、かなり大きな雪だるまができたのだ。

その時のことを思い出すと、自然と笑みが零れた。
リドルくんはそういう子供っぽいことをしたがらなかったから、新鮮だった。

「ふうん…」
「来年はリドルくんも作ってみたら?意外と面白いよ」
「名無しさん、子供っぽい」
「…それは言わないの」

呆れ顔のリドルくんだが、少し拗ねているようにも見えた。
…もしかして、他の子と遊んでいたから拗ねてるのかな。
子供っぽいのはどっちだ、と思ったが笑うだけに留めておいた。
可愛いところがあるのだ、リドルくんは。

たっぷりと砂糖を入れたミルクティーをもう一杯、リドルくんに手渡した。
小さな手がマグを包むように握る。

「ねえ、名無しさん」
「何?」
「…僕、ここにいちゃダメ?」

ちらりと覗くように、伺うように、リドルくんこちらを見ていた。
普通にびっくりした。

「別にいいよ。…でもちょっと狭いけど」
「本当?」
「うん。私もリドルくんがいてくれた方が助かることもあるし…リドルくん1人くらいならなんとなかるし」

お買い物もリドルくんに頼めるなら、普段の食費や雑費が少なくて済むだろうし、一番時間がかかっていた買い物をしなくて済むようになったら、少し仕事を増やしてもいいと思う。
日本人という点については物凄く嫌な思いをすることはあったけれど、仕事には困らない。
翻訳はしたことがなかったが、英語も日本語もできるように勉強しておいたかいがあったというものだ。

そんなこんなで、私は11歳のリドルくんを夏の間だけ預かることになった。
…筈だったが。

「私たちで預かっている子供を…?そうなると養子縁組をしてもらわないと」
「…あ、養子縁組」
「ええ。トムはもう学校に通っていますし、夏しか戻ってこない子を預かりたい、と言われましても困ります。そうしたいなら、養子として迎えては?」

孤児院の院長さんに正論をぶつけられて、はっとした。
言われてみればその通りではある。
曰く、日本人ということで偏見はあるかもしれないが、養子縁組は大歓迎。
別に国籍は問わないとのことだった。

正直、国籍自体が私には存在しないが、孤児院側としては厄介払いができそうと思っているようで、てきぱきと話を進めてくる。

「ちょっと、リドルくんと相談しま…」
「僕は養子縁組でもいいです」
「…あ、はい」

リドルくんも乗り気のようだ。
えっと、本来であればリドルくんは今後、マグルが大嫌いになってしまう可能性が高いのだけど、いいのだろうか。

うーんと思案顔をしていたが、まあなるようにしかならないだろう。
リドルくんがマグル嫌いになって反抗期になったら、そもそも家に帰ってこなくなるかもしれない。

「じゃあ、養子縁組します。いいかな、リドルくん?」
「はい、よろしくお願いします…!」

将来のことはいろいろ不安が残るが、珍しくリドルくんが綻ぶような笑顔を見せたので、これでよかったのだと思えた。
もし反抗期が訪れたら、それこそ叱ってやろうかな。
ヴォルデモート卿を叱るマグルなんて、それはそれでとても面白そうだった。

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