02.Y
トム・マールヴォロ・リドルです、と自己紹介されたとき、私は頬をひっぱたかれたかのような痛みを感じた。
別に死ぬほど痛いわけではないが、ショックは強い。

別にリドルくんが悪いわけではないし、ショックを受けていても仕方がないとは分かっていたけれど、人並みにショックを受けた。
もう1年ほど前に切り抜けた部分ではあるけれど、こう、面と向かって言われると、進んでいるんだなと実感する。

「…意外にそういうの、信じるんだ、名無しさん」
「私、結構そういうの好きだけどな」
「ふうん…」

繊細そうな睫毛に縁取られた瞳が、ぱちくりされる。
意外と言われたが、そんなに現実主義者に見えただろうか。
ファンタジーは大好きなんだけれど。

馬鹿にされると思っていたのだろうか、リドルくんはつまらなそうに…いや馬鹿にされると思っていたなら、そんなにつまらなそうな顔をするだろうか…とにかくつまらなそうにマグカップの中の紅茶を一気に飲み干した。

「じゃあさ、僕が魔法使えたら、どう?」
「どう…っていわれても」
「すごいと思う?それとも怖いと思う?」
「うーん…」

別に怖いとは思わないのだ、意外と。
私はトム・マールヴォロ・リドルの将来を知っているものの、特にそれを恐れることはなかった。
というのも、目の前にいるのは小さくて可愛い少年のトムだからなのだろうけど。
怖いとは思わないし、だからといってすごいとも思わない。

でも、あえて言うなら。

「魔法が使えたら、素敵だろうなあ」
「なにそれ…」
「だって、お買い物行かなくてもお取り寄せとかできちゃうんじゃない?魔法で」
「…夢、ないね」

はあ、とため息をついて、リドルくんはマグカップを離した。
夢がなくてもいいと思う、特にリドルくんの場合は下手に夢を抱かない方がいいとすら思ってしまう。
いや、抱いてもいいのだけど、お願いだからマグル生まれを殺そうとか、そういう物騒なことを考えないでほしい。
今のところ、リドルくんには特にそういった残虐な一面は見受けられない。
私のところに来ている間は猫を被っているのかもしれないけれど。

ただ、ビスケットを出すとすぐ手を出してくるだとか、紅茶はたっぷりミルク派だとか、甘いものを食べると頬が赤くなるとか、まあ今のうちは本当に可愛いし、演技ではないと思う。
これで演技だったら、本当に敵わない。
10歳の時からこんな子役顔負けの演技派だったら、それこそ、世界は彼に乗っ取られるだろう。

「私は夢なんて見る歳じゃないからねえ」
「まだそんな年じゃないでしょ、名無しさん。知ってるよ」
「四捨五入したら30歳だけどね」

シシャゴニュー?と首を傾げるリドルくんが可愛い。
四捨五入の概念は英国にはないので、へんてこりんな呪文の聞こえたことだろう。
round up on 5 and round down on 4、と伝えると、ああ、と納得した顔をした。
ちなみに、私は26歳で通している。

リドルくんは手を伸ばして、テーブルの真ん中にあるティーポットを取ろうとした。
危ないので先回りして、私がポットを取って、彼のマグカップに注いだ。
前に注ごうとしてポットを倒したのを、私は忘れていない。

「リドルくん、思ったんだけど」
「何?」
「魔法が使えるとしたら、かなり便利だよね?ほら今のだって、魔法を使ってたらポットがこう、ふわふわーっと浮いて、カップに紅茶が注がれる、とか。夢がなくても素敵じゃない?」
「…確かに、便利だね」

便利、と言い換えられてしまった。
でも便利なだけでも、随分といいものだ。
戦うための魔法じゃなくて、生活するための魔法だけで生きていければ。
ただ、ここにきても私にはその才能は開花しなかったのだけど。

リドルくんはじっとティーポットを見ていた。
ポットを睨んだからと言って浮いたりするわけではないと思うけれど…まあやってみる価値はあるのかもしれない。
私はその姿を見守りながら、お湯を沸かしに台所に立った。
リドルくんが浮かそうとしているそのポット、今は中身がカラなのだ。

「…浮かない」
「きっと最初はそんなものなんじゃない?練習を重ねればうまくいくとか」
「練習って何をすればいいの?」
「さあ…?」

今はマグカップを睨むばかりのリドルくんがその方法を来年から学び始めることを、私は知っている。
ただただ純粋に、穏やかで楽しい学校生活が送れたらいいなと思う。

でもその一方で、作通りの展開になったら、きっとここには来なくなってしまうんだろうな
と寂しくも思う。
寂しく思っている場合ではないこともわかっているけれど。

prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -