01.M
日本語の新聞を眺めながら、この間作った社会のテストをぼんやりと思い浮かべた。
内容は第二次世界大戦、枢軸国と連合国、中学1年向けの期末テストの内容だ。

WW2と省略されるその戦争は、1939年のセルビアから始まり、欧州からアジア圏、極東の祖国、日本までが参加した戦争となった。
1945年までその戦争は続き、過去最大の世界戦争と称されている。
日本は枢軸側であり、敗戦国である。
そして連合国側には、イギリス、アメリカ、中国、ロシア、フランスの五か国がある。

無論、今いる、この国は連合国の1つ。
そこに住む私は、日本人だ。
そこでの暮らしは、想像にたやすい。

「うーん」

いやはや、世知辛いもので日本人とばれた瞬間に物を売ってもらえなくなる。
それどころか、下手をすると背後から物を投げられるという世紀末。
なんでそんな状況下のイギリスに住んでいるかはさておきとして、戦争が始まってから暮らすのに困ってしまったのだ。

買い物すらままならない状態に頭を悩ませていたが、救いの手はどこにでも伸びているものだ。
物を投げられている私をちょこちょこと見かけていたらしい天使が、目の前に舞い降りたのが1年半ほど前のこと。

「僕が行くよ、名無しさん」
「ほんと、助かるよ…頼むね、リドルくん。これ、お小遣いね、好きに使っていいんだからね?」
「うん、ありがとう」

ぼろアパートの一階の窓から、ひょっこりと顔を覗かせたのは、お隣の孤児院に住む少年、トム・リドルくん。
孤児ということもあり、あまりいい格好はしていないが、その可愛らしい容姿はその洋服の汚れやほつれをいとも簡単に隠して見せる。

さらっさらで薄い黒の絹のような髪に、透明感溢れる透き通った肌、目鼻立ちは精悍と可憐のハーフアンドハーフ。
きっとこれは将来とんでもないイケメンになるだろうことが確定している少年だ。
なんで彼がここに来たのかといえば、ただ単に暇で探検をしていたら迷い込んだとのこと。

一度お菓子とお茶を出して、本棚を窓際に置いておくようにしたら、毎日通ってくれるようになった。
まるで野良の子猫を餌付けしたような気分だった。
大人びた雰囲気を纏っていたし、もしかしたらあまり友達がいないのかもなあと思って、詳しくは何も聞いていない。

「名無しさん、名無しさん」
「あ、お帰り、リドルくん君」
「買ってきたよ」
「ありがとうね。重かったでしょ、お茶飲んでね〜」

マーケットはここからすぐ近くにある。
だからリドルくんの小さな足でも20分くらいあれば、買い物は余裕だ。
イギリス、ロンドンは特に、比較的戦火には苛まれずに済むと分かっているから、少しだけの罪悪感でリドルくんをお使いに出すことができた。

リドルくんは庭に面した低い窓から家の中に入って、勝手知ったりと言わん限りに一直線に洗面台に向かった。
綺麗好きな彼は、外から家に入ったときは絶対に手を洗う。
そうしてからようやく、テーブルに着くのだ。

うちの椅子は若干高めのものを利用しているので、背の低いリドルくんはよじ登るかのように椅子に座る。
その姿はとても可愛らしいし、つい手を出して手伝いたくなるけれど、手伝うと不機嫌になるお年頃のようなので何もしない。

「ねえ、名無しさん」
「うん?」

お気に入りらしい、セラドン焼きの緑のマグカップを両手で包むように持って紅茶を飲んでいるリドルくんがふと顔を上げた。
微かに薔薇色が混ざった頬が可愛いなあ、と思いながらリドルくんの言葉を待った。

リドルくんはぼんやりと窓の外を見ていた。
今日は随分と天気がいい、雨と曇り空の多いロンドンにしては、珍しくいいお天気だ。
その珍しいほどに穏やかな日の光が、部屋の中に差し込む。

「魔法って信じる?」

リドルくんの滴るような濃い赤の瞳が、より赤さを増すかのようだった。
私的な意見を言うのであれば、信じていなかった。
ただ、ここに来てリドルくんがそういうのであれば、信じるほかないだろう。

私は社会科の教師にしては珍しく、図書館司書の免許も取っているくらいには読書好きなのである。
私がリドルくんくらいの年齢の時には、ファンタジー小説に傾倒し、たくさん読みこんだ。
吸血鬼になってしまった少年の話、箪笥を通り抜けたらエルフやゴブリンのいる世界だったなんて話、それから、養父母に育てられた小さな魔法使いの話。
…そう、最後の1つが肝心で、一番好きで、成人してからも読み進めていた本だ。

「信じるよ。リドルくんが言うならね」

トム・マールヴォロ・リドルという人を、私は知っていた。
彼に出会った瞬間、すべてを悟ってしまったくらいには。


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