11.!
リドルくんが6年生だったころ、特に学校からの通達はなかった。
でも、考えてみたら養子縁組したことを学校側は知らない可能性が高い。
もしかしたら秘密の部屋は既に開けられている可能性もあり得る。
ないとは思いたいし、クリスマスのリドルくんを見ている限りでは、全く問題なさそうではあったけれど。

でも、リドルくんはとにかく秘密主義だ。
それは原作でもさんざん言われていたことだが、本当に秘密主義だ。

7年目の夏、リドルくんは私に行き先を告げずに、2泊3日の旅行に出た。
17歳のリドルくんの外出に、私は泣きそうになった。
17歳、トム・マールヴォロ・リドルは2度目の殺人を犯す。

それは原作でしっかりと描き出されていたものだ。
父である、トム・リドル・シニアをその手にかけ、死の秘宝を作り出す。
家ではやらないだろう、私がいるし。
だから、私の知らないところでこっそりとやってしまおうということだと思う。

「いってきます。…くれぐれも、戸締りをしっかりすること。わかった?」
「あー…はいはい。もう、これじゃあどっちが親かわからないね」
「名無しさん、うっかりしすぎだから」

去年のことを思い出しながら、深く頷いておいた。
あの時以来、リドルくんはとても過保護だ。

「明後日の夕食はこっちで食べるから」
「あ、うん。用意して待ってるね」

いつだか夕飯がいると思っていなくて慌てていたのを察していたらしい。
夕飯が必要なのは、OK、わかった。
リドルくんはそのまま、家を出て行った。

彼がいない間に、私は少し記憶を書きだしておいた。
鍵のかかる引き出しの中の鍵のつく日記帳だ…まだリドルくんは家で魔法を使えないから開けることはできない。
いつかは開けられてしまうかもしれないから、少しでも読みにくくするために日本語を、縦書きで記している。

どうしても長くこちらにいると記憶があいまいになるところがある。
4年前、リドルくんに会ったばかりの私が書いたヴォルデモートの略歴によると、6年生の時に秘密の部屋を見つけることになる。
今年、リドルくんは7年生になるから、去年のことだ。

リドルくんが秘密の部屋を見つけたとして、自分がスリザリンの末裔と知ったとして、ここにいることに思うところがあったのではないか。
リドルくんを連れて引っ越したこと、連れてきてしまったこと、その時はいやそうじゃなかったと思ったけど…そうじゃなかったのかもしれない。
隠されていただけで、彼は思うところがあったのかもしれない。

私は日記帳を閉じて鍵を閉めた。
椅子の背に凭れて、目を閉じる。
リドルくんが分からないのは、知っていたことだ。
信じよう、6年一緒にいるリドルくんだ。
もしリドルくんが闇に染まったとしても、私の育て方が悪かったか、原作の流れを変えることはもともとできなかったということだ。

この時代、この世界にいるはずのない私なのだから、もしリドルくんに殺されたら…元に戻るだけだ、きっと。

「…そろそろ夕食の準備しないと」

気が重い。
帰ってきたリドルくんになんて言えばいいんだろう。
ちゃんと笑ってお帰りが言えるだろうか。
コンソメスープにぼんやり写る自分の顔を見て、ため息しか出ない。

「名無しさん、ただいま」
「…お帰り、リドルくん」

台所に顔を出してきたリドルくんにお帰りを言うと、彼はもう一度ただいまを言って、洗面台に向かう。
いつも通りだ、いつも通りすぎて、怖いくらい。

もしリドルくんが私に隠して、誰かを殺していたとしたら。
私はどうしたらいいんだろう。

「名無しさん?」
「リドルくん、ごめんね。この3日間、どこに行ってたの?」
「…何で?」
「ごめんね、嫌なら言わなくていいから」

基本的に私はリドルくんの行動について言及したことがない。
それをしてしまうと、私がリドルくんに対して何か疑っているということになってしまうからだ。
リドルくんは嘘をつくのも見破るのも得意だ。
誤魔化すようなことを言うと、すぐにばれるし、信頼も無くすことになる。

だから私はリドルくん嘘はつかないし、無理強いもしない。
言いたくないならそれでもいい、だけどどうしても、向き合いたかった、私のために。
私が苦しいのがいやだから、リドルくんに嫌な思いをさせた。

リドルくんを疑うような言葉を掛けた瞬間に、氷を背に当てられたみたいに震えが止まらなくなった。
信じてあげなきゃいけないのに、信じてあげられなかった。
涙で視界が滲む。

「ごめん、ほんと、ごめん、忘れて」
「父に会いに行ってた。一応、見つけることができたから。でも、僕には名無しさんだけでいいと思ったから帰ってきた」
「え…?」

リドルくんがあっさりとこの3日間どこに行っていたのかを話したから、驚いた。
隠そうともしていないらしく、リトル・ハングルドンに住む、トム・リドル・シニアという自分の父に当たる人間に会ってきたと話し出した。
そこまでは、私の知りえる知識と同じだった。

ただ、会ってみたが、歓迎されるわけもなかったし、探されてもいなかったからどうでもよくなって帰ってきたそうだ。
帰ってきたら私が暗い顔をしていて、今にも泣きそうで、しかも泣き出したから慌てたという。

「気になったから調べに行ったけど…まあ厄介者扱いだったし、もう自分の親族はいないと思うことにする」
「そっか…ごめん、変なこと聞いて」
「いや別に、変ではないと思うけど…名無しさんは何がそんなに不安だったの」

リドルくん自身は血のつながった家族のことをもう気にしないことにしたみたいだ。
原作では憎んで、殺して、それでも足りずにマグル全体に憎悪を向けていたトム・リドル。
目の前にいるリドルくんは憎悪の欠片もなく、ただただ淡々としていた。
いつも通りだ、だからこそちょっと怖い。

零れた涙を適当に拭って自分の意見を言おう。
隠していても、いいことはない、より信頼を失うだけだ。

「私、本当の親じゃないし、リドルくんいい子だけど、どこかでストレス溜め込んで何かしてるんじゃないかって、思っちゃって…。リドルくんを信じてあげられない自分も嫌で…ほんとごめんね」
「ああ…そういうこと。じゃあ僕はちょっと非行に走っても良かったってことだ」
「走らないに越したことはないよ…だから信じてあげられなかったって、」
「分かってるよ、大丈夫」

冗談っぽくそういうリドルくんは苦笑いしながら、席を立ち、タオルを取ってきてくれた。
リドルくんはちっとも怒っていないように見える。

私は受け取ったタオルで顔を拭いて、リドルくんに向き直った。
間違いなくリドルくんは16歳の少年で、昨日、自分と母を捨てた父に会いに行ったわけだ。

「むしろ、ストレス溜め込んでるの名無しさんの方じゃない?」
「それは自業自得だからいいの…」
「僕がいなかったらこんなことにはならなかった?」

笑ってそんなことを言うのだから、余計に悲しくなってきた。
そんなわけがない、リドルくんがいてくれなかったら、きっと寂しかっただろう。
この世界に来てから何とか仕事をしているが、生きる意味は何もなかった。
リドルくんが来てくれて初めて、私には働く理由と生きる理由ができたんだ。

今までリドルくんが私に与えてくれた影響について、あまり考えることはなかった。
だけど、考えてみたらこんなに夏が楽しみなのも、料理が楽しいのも、仕事を頑張らなくちゃと思えるのも、全部リドルくんのおかげだった。

「リドルくんがいなかったら、寂しくて死んじゃってた。リドルくんがいてくれて良かった」

リドルくんがいなかったら、こんなに悩むことも何もなく、そのうち生きるのをやめていたかもしれない。
悩んでも、苦しんでも、リドルくんがいてくれてよかった。

リドルくんは目を丸くして、すぐにふいと横を向いてしまった。
それが、彼が照れているときの仕草ということをよく知っている。

「名無しさんはさ、やりたいこととかないの?」
「え?」
「僕には夏の間に遊びに行けっていう割に、自分は何もしてないから」
「ああ…うーん、昔は出掛けるのが好きだったけど、今は流石に無理だから。あとはガーデニングとか好き」

確かに私は仕事以外に何かをすることがない。
別に趣味がないわけではないが、このご時世、好きなことができるわけでもない。
だから今のところは仕事一筋で頑張ろうと思っているのだ。

ただ、ガーデニングは前のアパートでちょっとだけやっていた。
植木鉢程度のものだったけど。
リドルくんは納得したのか、そっか、と呟いた。
戦争が終わったら、少しは遊びに出られるかもしれない。
実はイギリスに来るのは初めてだから、国内旅行だけでも相当楽しめると思ってる。

「リドルくんは今のうちに遊んでおいた方がいいよ」
「なんで」
「仕事が始まったらなかなか遊ぶ暇もないんだから」

17歳のリドルくんは、もっとたくさん遊んでいいと思う。
恋愛だってリドルくんなら選り取り見取りだろうし、それも楽しんでいいと思う。
無理にとは言わないけど、楽しく穏やかに過ごしてほしい。

たくさん遊ぶんだよ、と声を掛けたけど、リドルくんは、気だるげにはいはい、と答えるだけだった。

prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -