クリスマス休暇に、リドルくんは珍しくうちに帰ってきた。
学校で秘密の部屋が開けられたから、自宅待機になったのかと身構えたが、違った。
曰く、クリスマスパーティーに誘われすぎて疲れたらしい。
私の思惑通り、リドルくんは天使から神懸ったイケメンに進化した。
そりゃ、女の子はほっとかないだろう。
「発情期の猫に囲まれてる気分だったよ…フェロモン代わりの香水がきつすぎる」
「…女泣かせだね、リドルくん」
私がリドルくんに恋する乙女だったら早々に泣きそうな一言をリドルくんは零しながら、クリスマスツリーを飾りつけていた。
リドルくんが帰ってくると知って調子に乗って買ってしまった品である。
帰ってきたリドルくんに馬鹿じゃないの、と呆れられたのはいい思い出だ。
置き場に困るという現実を突きつけられて愕然としたのも、いい思い出ということにしたい。
オーナメントを丁寧に取り付けてくれているリドルくんの後ろで、私は簡単なクリスマス料理を作っていた。
戦争が激化して、あまりいいものは作れそうにない。
というかリドルくん、学校にいた方がいいディナーにありつけていたと思うんだけど。
「できた。どう?」
「うん、綺麗だねえ…やっぱり買ってよかった気がする」
「…この後が大変だろうけど」
あまり大きくないとはいえ、ワンルームにこれは置き場に困るのも確かだ。
まあそのことは、今は考えないでおく。
コテージパイとコンソメのスープ、それからシュトーレン。
シュトーレンはリドルくんが学校から持ってきたもので、この中では一番上等なクリスマス料理だ。
リドルくん、帰ってきてくれて嬉しいけど、絶対学校の方が良かったと思う。
「メリークリスマス、リドルくん」
「メリークリスマス、名無しさん」
でも私としては、久振りのクリスマスだ。
今まで自分一人だけの時は、クリスマスなんて祝わなかった。
1人だけでお金をかけて少しいい料理を食べても嬉しくも楽しくもないから。
リドルくんは珍しく、学校の話をよくしてくれた。
オリオンくんがパーティーに誘ってきたこと(断ったらしいけど)、学校のテストのこと、今年の雪模様まで。
珍しいなと思ったけど、面白い話だったからずっと聞いていた。
昔に見た、映画の光景が脳裏に浮かぶ、ホグワーツという魔法を学ぶお城。
「いいなあ。私も学生に戻りたい」
「名無しさんの学生時代ってどんなだったの?」
「え…うーん、普通だよ。…普通すぎて言うことないくらい」
「ああ…」
本当はホグワーツに通ってみたい…いや通うまで行かなくてもいいから、一度行ってみたい。
動く階段に、絵画、ゴースト、大広間の空。
見てみたいなあと思うけど、私は魔法を知らないマグルだから言わないでおく。
リドルくんも私と話すときは魔法のことは一切言わないし。
私の学生時代は、今からもう15年位前のことだ。
ちょっとぼんやりとした思い出になり始めている。
何かに打ち込んでいたわけでもなければ、劇的な恋をしたわけでもない。
ただ普通の女子大生として勉学に励み、時には遊んで。
他人から見たらつまらないかもしれないけど、それなりに楽しい日々を送っていたと思う。
「名無しさん、彼氏とかいなかったの」
「え、そういう話する?」
「嫌なら話さなくてもいいよ」
シュトーレンにフォークを突き刺しながら、にっこり笑ってそういうリドルくんは意地悪そうに見える。
というかそのセリフ、前に私が言ったやつだ。
まあそうか、リドルくんは私の養子になってしまったわけだし、いつか私も姑になるときが来るかもしれない。
その時に私に旦那がいれば楽だろうからなあ。
こっちでの戸籍、他の人のと取り違えられているからあんまり出せないから、正式な結婚は無理だろうけど。
伝えるか伝えないかくらいだが、どちらにしても問題はなさそうだ。
私が恥ずかしい思いをするかどうかくらいの問題だ。
「私は結構早い段階で渡英してる。今は日本人を相手にするのも大変でしょ。そういうこと」
「ああ、うん。想定はしてた」
「リドルくんが成人して、尚且つ戦争が落ち着いたら、そのとき考えるよ」
少なくとも、結婚するつもりはない。
ここ10年近く姿が変わらない私が、1人の人と一緒になることはできないだろうから。
そう思うとリドルくんが成人して家を出たら、ものすごく寂しいことになるんだろうなと漠然と思う。
でもリドルくんにそれは伝えない、多分いらぬ心配をかけることになるから。
「ふうん、もし結婚するとしたらどういう人がいいものなの?」
「うーん、長引かせるね」
「いいから」
「えー…安定してのんびり過ごせればいいかなと思うけど」
それだけ?と不審げに聞いてくるリドルくんだが、そこまで高望みできるような歳でもなければ、結婚に夢を見るような歳でもない。
安定した職に就いていて、普段の日々をまったりと過ごせればそれでいい。
お金が足りなかったら私も稼ぐ努力をするし。
リドルくんはそれだけ?と首を傾げた。
もっとお金とか、自由とか、そう言うものを求めると思っていたのだろうか。
そこまで高望みできる顔でもないし、性格だって料理だっていたって普通なんだから、これくらいが限度だと思う。
「リドルくんはどうなの?相手の人に求めるもの」
「特にないけど…自分が好きになった人を絶対に離さない」
「わお…肉食」
ああ、あの母あってこの子ありだ。
確かリドルのお母さんって惚れ薬盛って相手の人を振り向かせたんだよね。
リドルの場合だと、全力で行けば落ちない女の子は早々にいないのかもしれない。
でも束縛とかきつそうだな、リドルくん。
リドルくんのお嫁さんになる人、周りからの視線も痛そうだし、リドルくんなしではいられないようにされそうだな。
未来のお嫁さんにこっそりと同情した。
そのクリスマスツリーは夏の間、オーナメントを外した状態で観葉植物として部屋の中に置いておいた。
私の仕事机の隣に置いてあるその木は、若干違和感はあるものの、意外と部屋に溶け込んでくれた。