猫の後悔

スバルは、ブラック家の猫だ。
だからか、スリザリン寮の談話室の中で最も暖かい、暖炉の前のソファーのサイドテーブルに特等席がある。
サイドテーブルには果物籠とオリーブグリーンのクッション、黒い毛布が設置されていて、スバルはしょっちゅうそこで昼寝をしていた。

小さく、毛並みの整ったスバルはスリザリン寮内でも密かな人気がある。
触っても、おちょくっても、スバルはマイペースでにゃあと鳴くだけというのも、人気の秘訣かもしれなかった。
スバルは今日も、そこでのんびりと昼寝をしていた。
昼寝というにはもう遅い時間で、他の生徒たちは丁度夕食に出ているような時間だ。
静かな談話室に、1人の生徒が戻ってきた。
スバルはピクリと耳を動かして、辺りを見渡し、そこに生徒がいるのを確認したが、確認しただけでまた目を閉じてしまった。
警戒心と野生が欠如したスバルにとって、人間は危害を加える生物という認識がない。
誰か帰ってきたんだな、という思い程度しかなかった。

「…」
「にぃ?」
「あ、いや…違うんだ」

ただ、その生徒は他の生徒とは少しだけ違うようだった。
スバルが見るに、生徒たちには大きく3パターンの人種がいる。
1つはスバルを見てすぐに駆け寄り、撫でまわす人、1つはスバルを見てもすぐに無視をする人種、1つはスバルを見てあからさまに避けていく人種だ。
だからこそ、スバルは少し驚いた。

今、スバルの傍にいる生徒は、スバルに触ろうとしているのかいないのか、じっと見ているだけだった。
いつもと違う反応に、逆にスバルは気になった。
何をしたいのか、何をしてくるのか。
不安になってちらりとその生徒を見上げた。

生徒は慌てて手を上げて、危害を加えるつもりはないというアピールを始めた。
別に危害を与えられるとは思っていなかったが、では何をしたいのか。
スバルは完全に目を覚ましたし、この生徒が何を考えているのか、考えることにした。
生徒は男子で、飼い主のレギュラスよりも少し年を取っているように見えた。
スバルやレギュラスと同じ黒い髪をしている。

くん、とローブに鼻を近づけると、変な匂いがしてびっくりしてスバルは飛び上がった。
嗅いだことのない、刺激臭ともいえる匂いだ。

「あっ…やっぱりだめだな…、猫には匂いがきついか…」
「シャァー!」
「…すまない、寝ているのに邪魔をしてしまったな」

スバルは滅多に怒らない猫だが、流石にこの刺激臭には堪えたらしい。
全身の毛を逆立てて威嚇をすると、男はあっさりと身を引いた。
慌ててローブを脱いで畳んでいたが、スバルは怒ったままだ。

男はしゅんとした様子で、スバルから離れて行った。
スバルはその男の後姿を見送ってから、身体を舐めまわした。
まだ変な匂いが付いているような気がして気持ちが悪い。
顔も丁寧に洗って、くしゅん、とくしゃみをする。
水浴びはあまり好きではないが、今ならしてもいい気がする。

スバルはしばらく匂いを消すためにウロウロしていた。
ウロウロしていると、先ほどの男のことを徐々に冷静に考えられるようになった。
あの男は変な匂いこそさせていたが、別にスバルに敵意はなかったはずだ。
うっかり威嚇をしてしまったが、人間に敵意を見せたことがレギュラスにばれたら、どうなるだろう。
敵意のない人間に牙をむいてしまった、そう思うと、スバルはとても不安な気持ちになった。

「にゃあ…」
「あれ、スバル。寝てなかったのか?」
「珍しいこともあるなー?ってか、元気なくね?腹減ってんの?」

ウロウロしていると、レギュラスとバーティが帰ってきた。
いつもなら彼らに駆け寄るスバルだが、先ほどの一件で気落ちしてしまっているようで、控えめに彼らの足元をうろつくばかりだった。
バーティの口ぶりは軽いが彼なりにスバルを気遣っているようで、スバルの近くにしゃがみ込んで手を振っている。
ただ、スバルはバーティをちらと見ただけで、近づこうとしない。

レギュラスもスバルの初めての様子に戸惑ったらしい。

「スバル…?どうした?」
「にゃあ」
「こういう時に、動物言語が分かればいいのになあって思うよな、ほんと」
「…うにゃ」

レギュラスがスバルを抱きかかえると、彼女はおとなしく彼の腕に納まった。
いつも通りの体温だし、どこか怪我をしているということもないようだ。
ただ、元気がない。
部屋に戻ってバーティがおやつを目の前に持ってきても、スバルは飛びつかなかった。
いつもなら強請って煩いくらいなのに、とレギュラスが零した。

スバルもスバルで、自分のせいでレギュラスやバーティの機嫌が悪くなっているのではないかと気が気ではなく、余計に元気をなくすばかりだった。

レギュラスが膝に乗せて、額を撫でてやるとスバルは少し目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
別にレギュラスが嫌われただとかそういうことではないらしいことを察したバーティは、恐らく今回のことについては時間が解決してくれるだろうと判断した。

「まあ、怪我とかないならいいんじゃないか?たぶん、なんかよくないことがあったんだろ」
「そうかな…、スバル、本当にどこも悪くない?」
「にゃ」

いつもよりもハリのない鳴き声ではあったが、スバルは鳴き返した。
3日経っても様子がおかしいようであれば考え物だが、とバーティは思いながら、必死にレギュラスを励ました。
何よりこの猫を愛して止まないレギュラスだが、スバルもスバルでレギュラスが大好きだ。
レギュラスが元気にならないことには、スバルも元気になるまい。

「…お前ら夫婦かなんかかよ…」
「え?」
「いや、仲良すぎってだけ」
「にゃ?」

2人して同時にバーティを見るものだから、彼は苦笑いしかできなかった。

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