薔薇園の猫
雨の日のことだった。
兄は、雨なんて大嫌いだといっていたけれど、レギュラスは雨がそんなに嫌いではなくて、大きな蝙蝠傘をさして外に出るのが意外と好きだった。
母に、風邪をひくからよしなさい、と言われていたが、レギュラスはそれでも外に出た。
父の黒い蝙蝠傘に大粒の雨が当たる低い音だとか、水気を帯びた空気の匂いだとか、いつもならわからない植物の暗い緑だとか。
そういうのが好きで、濡れたら飲まなきゃいけないシロップを我慢して飲むのくらいでそれらが楽しめるなら、と彼は雨の降る外に出る。

その日も雨の日で、レギュラスは母の言いつけを破って6月の暗い空の下に出た。
頭上には大きな蝙蝠傘の黒が広がっていて、なんだか少し安心する。
兄のシリウスは、俺はいかないぞ、と拗ねて部屋に籠ってしまった。
本当に雨の嫌いな人だとレギュラスは苦笑して、1人玄関を出た。

レギュラスは裏のバラ園に向かった。
6月のバラ園は雨の匂いに負けないくらい華やかな香りを放っていて、彼のお気に入りの場所だ。
レギュラスは雨水で花びらを濡らしたバラたちを眺めるのが好きだ。
変わった子ね、と言いながらもバラを育てている母が少し嬉しそうにするのも好きだった。

レギュラスはいつも通り、バラでできた小道を抜けて、くるっと庭内を一周しようと思っていた。
しかし、その途中で彼は見つけてしまった。

「ミィ…」
「え…猫?」

バラの植木の中から、小さな鳴き声がした。
雨音の中でもその小さな声を聞き逃さなかったのは、奇跡だと思った。
それくらい雨は酷かったし、子猫の鳴き声は弱弱しかった。
その場にしゃがみ込んで、レギュラスは植木の中を覗きこんだ。
どうやら雨が当たらないよう、植木の奥に、子猫は隠れているらしい。

猫は丸めていた身体を起こして、もう一度弱く鳴いた。
寒いから弱っているのかもしれない。

「おいで」

雨に濡れることなど気にせずに、レギュラスは傘を地面に置いて、膝をついて、腕を植木の中に突っ込んだ。
植木の中にある穴はとても狭くて、腕を入れると中を見ることはできない。
しかし子猫はレギュラスの手に怯えることなく、その手をチロリと舐めた。
レギュラスの手から手首にかけて、温かな塊が乗った。

引っ張り出してみると、小さな黒い子猫が乗っかっていた。
レギュラスを見上げる丸い瞳は満月のようで、レギュラスはその目に魅入ってしまった。
小さな身体にはたくさんの傷がついてて、恐らくはバラの棘で怪我をしてしまったのだろうとレギュラスは推理した。
それ以外の大きな傷はないから、弱っている原因は冷えと飢えだろうと彼は判断した。

レギュラスの小さな両手で掴めてしまうくらいの子猫を、彼は大切に片腕に抱いて、傘を手に取った。
傘をさしてみたはいいものの、もう既に取り返しがつかないくらいにレギュラスはずぶ濡れになってしまっていた、
これはお母様に怒られるなあ、と思いながらも、レギュラスは嬉しそうに小さな黒い子猫を腕に抱いて家に戻った。

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