猫と災難
スバルはレギュラスが大好きだし、彼も自分が大好きなんだろうだと思っている。
だから基本的に、彼が困るようなことはしないし、彼の言いつけはしっかりと守る。
しかしスバルは、おっちょこちょいだった。

「にゃん」
「…ちょっとこれ誰の?」

背の高いその人は、スバルを見下ろすように立っていた。
スバルは困ったようにその人を見上げる。

談話室に飛んでいたちょうちょを追いかけて遊んでいたスバルは、うっかり人が来ているのに気づかずにぶつかってしまった。
無効も足元の黒い塊に気が付いたらしく、慌てて足を引っ込めたため、スバルに怪我はない。
ただ、スバルは驚きすぎてその場から動けなかった。

「誰のって聞いてんの」
「レギュラスの飼い猫だ、ベラ」
「は?」
「別に猫くらいいいだろ」

ベラは冷たい目で黒い塊を見下ろした。
彼女はこういった、小さくて弱くて大して役にも立たない愛玩動物が大嫌いだ。
過去に妹がそれを飼っていると聞いたとき、同じ屋根の下にそんな獣がいるのが耐えられなくて捨てたくらいには。
隣のロドルファスは長年の付き合いで、ベラのその性格をよく知っていた。
愛玩動物が好きでも嫌いでもない彼は、ベラの機嫌を損ねず、尚且つ、勘違いされがちな彼女を庇えればそれでいいと思っていた。

ロドルファスは猫など気にするな、とベラに促したが、そうはいかない。
ベラは役に立たない愛玩動物の中でも、とにかく猫という生き物が嫌いだ。
役に立たない上に人に従わない個体が多い猫に道を譲るなど、もってのほか。

「邪魔」
「あー…ベラ、猫に言葉は通じないだろ」
「だから嫌なのよ!」

スバルは賢い。
だから猫語でなくても、大抵の人間のあまり難しくない言葉なら理解できた。
スバルは後ろ向きに下がって、道を開けた。
怒鳴る女性は、彼女の実家のブラック婦人を彷彿とさせた。
この人は、私が嫌いな人なんだということも、スバルには分かっていた。
だから、怒らせないように逃げるのが一番だ。

後ずさりし始めた猫を見てロドルファスは驚いた。
どうやらレギュラスの猫はある程度の知能を持ち合わせているらしい。
ただ、それはベラには通用しないらしい。

「むかつく」
「ほっといてやれ…レギュラスの猫だし」
「そんなの関係ないわ」
「おい猫、逃げたが勝ちだぞ」

むかつくという言葉とともにスバルを見下げ、睨み続けている。
スバルは逃げようとしているのだが、身体がうまく動かなかった。
蛇に睨まれた蛙のように、じっとしている。
怯えから威嚇するようなことがないのが救いだとロドルファスは思った。

ただベラはスバルの視線だけでも気に障るらしい。
その辺りはブラック婦人と同じである。
ロドルファスは何度かスバルに対して逃げろと言ってくれている。
逃げ道も与えてくれている、スバルのすぐ後ろは男子寮への階段だ。
スバルはずりずりと後ろ脚を動かして、逃げようとしていた。
ただ、ベラに睨まれている状態だとうまく動けないらしい。

談話室の中は緊張感に包まれていて、誰もがベラトリックス・ブラックと小さな黒猫の様子に釘付けだ。
残念ながらベラトリックス・ブラックに口出しできるほどの地位の人間がいないため、見守るだけに過ぎない。

「っ、」
「ってか、ベラ。お前、スラグホーンに呼ばれてただろ」
「…面倒だけど」
「ほっとくと面倒だぞ。行ってこい」

談話室のどこかで、誰かが本を落とした音が響いた。
スバルはその音で飛び上がり、すぐに後ろの男子寮へと逃げて行った。
どうやら音がきっかけで、身体を動かすことができたらしい。
その隙にロドルファスが話題を変えて、ベラを談話室から出した。

ようやくいつも通りの雰囲気が戻ってきた談話室で、1人の男子生徒が本を持って寮に戻って行った。

「…お前まだここにいたのか。早く部屋に戻った方がいい」
「ぴゃあ、ぴい」
「どうした?」

寮に戻ろうとして、階段の隅で座って鳴いている猫を見つけた。
先ほどまでベラに睨まれて動けずにいた、レギュラス・ブラックの子猫。
以前、籠の中の彼女に触ろうとして、威嚇されたセブルスはあまり近づきすぎないようにスバルを見た。

彼はもとより猫好きだが、学校に来てから薬学に興味を持って、身体に薬品の匂いが染み付いてしまった。
そのせいで鼻のいい動物は彼に懐かない。
スバルもそうで、少し触ろうとしたところものすごく嫌がられてしまった。
今回、セブルスが持っていた本を落としたのは、言わずもがな、わざとだ。
結果、スバルは逃げることができたようだが、どうしてまだこんなところにいるのか。

意外と、スリザリン寮には猫嫌いが一定数いる。
その中のトップがベラトリックス・ブラックであり、それを助長するような輩がいる。
それは女子よりも男子が多かったりもする。
家柄ではレギュラスに叶わない男子の先輩たちが、彼が溺愛している猫に手を出す可能性は低くない。

「ほら、早く戻れ」
「ぴゃああ」
「…なんだ、動けないのか?」

レギュラスとともに居る時の少し大人びた鳴き声ではなく、幼猫のような鳴き声にセブルスは困惑した。
完全に座ったまま、金色の丸い目がセブルスを見ている。
抱っこして連れて行け、ということなのかもしれないが、セブルスにとっては先日のことがある。
抱いた瞬間にまた匂いで威嚇されるのではないかと思ったのだ。

ただ、冷静に考えるとたかが猫に威嚇されただけでたいしたことはない。
精神的に悲しくはなるが、その程度だ。
セブルスは意を決して、スバルを抱き上げた。

スバルはその人が、以前自分が威嚇してしまった人であることを理解していた。
彼の周りはこの間と同じヘンテコな匂いが充満していたし、スバルを見ているだけで何もしないのも同じだった。
彼が伸ばした腕に、スバルはしっかりとしがみ付く。
ヘンテコな匂いがさらに強くなったが、慣れてしまえばどうということはないようだった。

「あれ、スネイプ先輩?」
「スバル…?」

スバルを抱いて、下級生の部屋のある階に向かっていたセブルスにまず声を掛けたのはバーティだった。
自分たちの部屋の近くでウロウロしているセブルスに最初に気が付いたのはレギュラスだったが、持ち前の人見知りで声を掛けられなかったため、バーティが出てきたのだ。
レギュラスは先輩の腕に抱かれている自分の猫を見て、つい声を出してしまった。

バーティが、先輩に挨拶するより先にそれかよ、と横腹を肘で突いたため慌ててレギュラスは挨拶をした。
別にセブルスはそんなことで気を悪くすることはない、スリザリン寮で混血として2年を過ごしており、このくらいはよくあることだと思っている。
釈然としない思いがないわけではないが、そういう気質の寮であると半ば強引に納得したのが去年のこと。
指摘されて挨拶をするレギュラスはいい方だ。

セブルスは挨拶をしてなお、スバルから目を離さないレギュラスに彼女を受け渡した。
スバルは先ほどの出来事もあってか、レギュラスのローブの中に潜り込んでしまったようだ。
よっぽど怖かったらしい。

「スバル?どうした?」
「その猫、さっきベラトリックス・ブラック先輩の前に出て行ってしまって、怖い思いをしてた」
「え?!ベラ姉様のところって、スバル、大丈夫?何もされてない?」
「よく無事だったなあ…スバル」

ベラトリックスと出会ってしまったと聞いたレギュラスは、慌ててスバルをローブの中から引っ張り出して、彼女の身体をぐるぐると見渡した。
きょとんとしているスバルを、バーティはほっとしたように見た。
スバルはくりくりとした大きな目をじっとセブルスの方に向けている。

スバルは、過去に自分が威嚇して嫌な思いをさせたのに助けてくれたセブルスが不思議でならなかった。
お礼を言いたいが、それもできそうにないから、にゃあにゃあと鳴いて、レギュラスに代わりにお礼を言ってもらおうとした。
しかし、いつもより良く鳴くスバルをレギュラスは不審そうに見ていて、その意図には気付いていないようだ。

「にゃあ」
「とにかく気を付けたほうがいい。では」
「にゃあ、にゃーあ」
「スバル?どうしたんだろ…」

スバルは珍しく意思の疎通ができないことにもどかしさを感じて、彼の腕から無理やり飛び出た。
そのまま床に着地して、セブルスの足元にすり寄って喉を鳴らして甘えてみた。
セブルスは突然のことに驚いたようだが、スバルを一撫でして、自室に戻って行った。

スバルは去っていくセブルスの背中を見届けてから、レギュラスの元に戻った。
レギュラスは一連のスバルの行動の意図が理解できなかった。

「スバル?」
「まあ、俺らがいないときにでも遊んでもらってたんだろ」
「そうかもね…」

バーティはスバルを抱き上げて、なあ?と尋ねた。
スバルは肯定するようににゃあん、と鳴いた。
ただレギュラスだけは、思案顔で俯いていた。
prev next bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -