04.始まらない物語
結局苗字さんの本の趣味に関する話ができていないと気づいたのは、部活後のことだった。
黒子が鞄の中に文庫本を仕舞っている、そのしぐさでようやく気付いた。
明日こそは、図書室に行って話をしてみよう…。

いや、ちょっと待て。
こう、頻繁に話しかけに行っていいものか。
今までほとんど付き合いのなかった男に突然頻繁に話しかけられたら、大抵の女子は引くだろう。
これは、少し期間を置くべきなのだろうか。

「赤司?」
「ああ…すまない、少し考え込んでいたみたいだ」
「最近多いな。何か悩みでもあるのか」
「いや…」

着替えの手が止まっていたからか、隣の緑間が不審そうに声をかけてきた。
いつも通りの答えを返すと、納得と心配の織り交ざった返答が来た。

大したことではないといいかけて、辞めた。
俺にとってはかなり重大なことだから。
曖昧な返事をしたせいか、緑間の眉間には深い皺が寄った。

「最近、お前は様子がおかしいのだよ」
「そうか」

緑間に気付かれるということは相当なのだろう。
だが俺は、おかしくならざるを得ない。
彼女と話をするまでは…いや、彼女と話をしたところで、このおかしさが改善されるのかは甚だ疑問ではある。
話すようになったら、きっと俺はもっと彼女がほしくなるだろう。
彼女を得るために、もっと試行錯誤を繰り返すことになるだろう。
そうなったら、もっと俺はおかしくなる。

でもきっと、そうなるころにはもう、おかしい俺が当たり前になるのかもしれない。
そうなってしまえば、こうして緑間が声をかけてきて、俺が返答に困るということはなくなる。
それでいいのだ。

「…何かあるなら相談するのだよ」
「ああ、ありがとう」

緑間は気恥ずかしかったのか、そのあとは黙々と着換えていた。
相談する、ということは何度か考えた。
それこそ、桃井が初恋の話題を切り出したときに言うのも悪くはなかった。
だけど、相談するにはあまりにも自分の努力が足りていない。

声をかける程度のことができていない状態で相談しても、答えは一つ。
勇気を出せ、それだけだ。



とにかく、である。
苗字さんに話しかけたいのだ、俺は。

家に帰って、軽くシャワーを浴びて部屋に籠った。
普段ならここで、教科書を開くなり参考書を開くなりするわけなのだが、今日はただベッドに腰掛けるだけだった。
それだけでは少々手持無沙汰だったため、文庫本も手に取った。

この本、苗字さんは好きだろうか。
これはいつだか黒子にお勧めされて読みだした、最近出た本である。
純文学ほど重くはなく、ライトノベルほど軽すぎない。
その適度な重さを持った本である。
苗字さんのイメージからすると、純文学を読んでいるような気がする。
だけどそれは見た目だけしかしらない、俺の想像上の話である。

本当の苗字さんは、どんな性格なのだろう。
無口ではあるが、心の中ではどんなことを想っているのか。

よく人は、俺にどうして思っているのことが分かるの?と聞く。
それは、あれだ、君たちの口が軽い、もしくは顔に出やすい、もしくは行動に表れているから、である。
しかしそれを言っても、人は納得できないようである。
自分には到底できないことだから、それができる人はすごいと思うらしい。
俺はそうは思わない、あくまでこれは分析だ。
分析のベースとなる情報は、そこら辺に転がっている。
それを発見力と分析能力、その2つが人よりも優れている、ただそれだけのこと。

苗字さんのように、無口で無表情で行動に感情が伴わない人には全く役に立たない。
俺は、苗字さんが何を考え何を想っているのか、全く分からないのだ。
いざというときに使えない能力なんてくそくらえである。
いや、この能力が悪いのではない、すべては勇気のない俺が悪い。
話さえすれば、もう少し苗字さんに近づくことができれば、何も問題はない。

だが、その一歩を踏み出すことが、とてつもない難関に思えてくるのだからどうしようもない。

とにかく、明日はどうしようか。
偶然を装って図書室に行ってみようか、きっと苗字さんは小学生の時と同じように、図書室の隅で読書をしているに違いない。
昨日もあったのに、今日も会うなんて不審に思われるかもしれない。
でも、それでも、俺は苗字さんがどんな本を読んで、どんな風に感じているのかを知りたかった。
手の中にある文庫本は開かれることなく、明日もとあった場所に戻されるために、鞄に仕舞われた。
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