02.白い月
苗字さん名前さんは、俺が初恋を感じたその時と、殆ど変っていなかった。
無論、身体的な成長はあった。
だがその身に纏う雰囲気や、あの涼やかな目元などは何一つ変わっていないように見えた。
だからこそ、あの時と同じように、また俺は彼女に声をかけるのを躊躇った。

きっかけは皆無。
その理由は様々あるが、一番大きな理由は苗字さんがあまりにも閉鎖的な人間関係築いているという点にあった。
部活は文芸部らしいが滅多に顔を出すことはなく、美化委員に関してもやることしかやらず、やらなくていいことは全くやらない。
友人関係もほぼ皆無で、基本的に学校にいるときは本を読んでいるようだった。
それは、記憶の中にいる小学生の苗字さんとさして変わらない。

だからこそ、俺が勇気を出して苗字さんの前に出ていくほか、解決策はない。
無いのだ。

「すまない、黒子を呼んでもらえるか」

俺は、ようやく、それこそであって5年近くたつ今になってようやく、苗字さんに話しかけた。
きっかけがないから、より自然な方法で、明日からすぐにできるような内容を考えた。
おかげさまで今日は寝不足である。
その結果がこれだ。

苗字さんは黒子と同じクラスだった。
俺がバスケ部の主将をやっていることは周知のことだろうから、こうして黒子を呼び出すのは変なことじゃない。
そして、呼び出す際に、廊下側の扉付近の机にいる子に声をかけるのも、不自然なことではない。

声をかけられた苗字さんは、読んでいた本から顔を上げた。
ちらりと俺の顔を見て、すぐに教室内を見渡した。
ちなみに、この教室に黒子がいないことは知っている。
監督が別件で呼び出しているからである。
苗字さんは、2度ほど教室内を見て、ようやく俺のほうに向きなおった。

「いないみたいだけど」
「そうか…」

初めて、といっても過言でないくらいに聞いたことのない苗字さんの声は、小さいものの凛としていて聞き取りやすかった。
冬の冷たい朝によく似た、鋭さを孕んでいた。
俺はたまらなく、その声をもう一度聞きたくなった。

しかし苗字さんはそれだけ俺に伝えると、また本に目を落としてしまった。
シャットアウト、俺と話す気はさらさらないらしい。
ここまで清々しいと、嫌われているのかとすら思える。

「…何か伝言でもあるの?」
「ああ…いや、大したことじゃないから大丈夫だ」
「そう」

いつまでも苗字さんのそばから離れないから不審に思われたのだろう。
もう一度、気だるげに本から顔を上げた苗字さんは、少しだけ首を傾げた。
耳たぶに軽くかけていた黒髪が零れ落ち、白い肌にちょっとだけかかった。
その白と黒のコントラストの眩しさと言ったらない。

苗字さんともう少し話していたくて、黒子への伝言を任せようかとも思った。
しかし、よくよく考えたら、そんなものを頼んだら苗字さんと黒子が話すことになる。
ただでさえ人と話さない苗字さんが、俺じゃない誰かと話すことが俺は許せない。
ずるい、という幼稚な思いがこみあがる。
そういうことがあって、伝言を任せるのはやめた。

苗字さんは、もうこれ以上話すことはないといわんばかりに、もう一度髪を耳に掛けた。
白くなだらかな曲線を描いた耳にかじりつきたくなる気持ちを抑えて、俺は教室を出た。
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