20.君と俺
私が征十郎と付き合いだしたのは、そういう、ある意味不純な理由である。
征十郎が私を好きになった理由はわからない。

「苗字さん、今はどうなんだ」
「なにが」

2人きりになって、征十郎はそう切り出した。
今日はうちでご飯を食べていくつもりらしい彼は、私の隣でジャガイモの皮をむいている。
女子顔負けの手際である、まあピーラーを使っているが。

征十郎は昼にキセキの世代の前で昔話をされたおかげで、少しご機嫌ななめである。
しかし思うところもあったらしく、否定も何もせずに、まあそんな感じだと話を締めくくっていた。

「だから、俺のこと、ちゃんと好きなのか」
「好きだよ。でなきゃ家に呼んだりしない」
「…そうか」

安心してほしい、私はちゃんと征十郎が好きだ。
もともと人付き合いが苦手な私が、唯一きちんと向き合おうと思った人だ。
最初こそそう言った不純な気持ちだったが、その気持ちの根底には、もともと征十郎が好きだって言う思いが籠っていたからだし。
それに気付くのが少し遅れてしまったけど、気付けたので問題なし。

みじん切りにしていた玉ねぎをバターを敷いたフライパンに移した。
征十郎がジャガイモを剥き終えたようだったので、フライパンの前に移動させた。
ジャガイモを茹でてもらい、フライパンの玉ねぎをきつね色にしてもらう仕事は征十郎に任せた。
それを炒めてもらっている間に、私はまな板を洗って、ニンジンときゅうりを薄切りにする。

「どこが好きなんだ」
「いわゆるギャップ萌えってやつ」
「…なんだそれ」

フライパンを振らずに、きちんと木べらで玉ねぎをかき混ぜる。
そうそう、フライパンを振ると温度が下がっちゃうからね。

征十郎は冷静を装っているが、内心恥ずかしいのだろう。
横目で見る彼の頬が赤いのはフライパンからの熱ではないと思う。
そういうところもギャップ萌えなんだけど、まあそれは分かりにくいから言わないでおく。

私は薄切りにしたニンジンときゅうりをボウルに放り入れて、冷蔵庫で冷やしていたひき肉と卵、牛乳、パン粉を取り出した。
玉ねぎは透き通り始めている。

「自信家と思えば、意外とそうでもなくて、恥ずかしがりやだし心配性だし。気遣いができるようで抜けてるし」
「褒めてないだろ、それ」
「人に褒められるようなところよりも、そう言う人間味あふれた部分のほうが私は好きなの。あ、あとあれね、当たり前のように努力してるとことか。征十郎って、勝利は基礎代謝みたいなこと言っていたけど、あれってどっちかって言うと努力は基礎代謝って話じゃない?」

玉ねぎはいい感じにきつね色になりつつあり、征十郎は更に顔を赤くしている。
もう隠しようがないくらいだ。
こういうところは本当に可愛いと思う。
可愛いというと少し拗ねる、そういうところも可愛いけど、やりすぎると機嫌を悪くするのでやめておこう。

まあ私は、人並み以上に征十郎が好きなのだ。
普段は滅多に言わないけれど、いおうと思えば、こうしてたくさんの好きを伝えられる。
というか、寧ろ嫌いになる部分がなかろうよ。
あえて言うなら、頑張りすぎるところとか?自分をよく見せようとする癖とか?
まあそういうところひっくるめて可愛いし好きなんだけども。

ひき肉に卵、牛乳、パン粉を混ぜて捏ねる。

「…玉ねぎ、こんなものでいいか」
「ああ、うん。上出来」

いい感じに火の通った狐色の玉ねぎを冷蔵庫で冷やしておいた平皿に平たく乗っけてもらった。
肉をこね始めちゃったから少ししか冷やせないけど、冷蔵庫へ。
征十郎には代わりに竹串を握らせた、ジャガイモの様子見をさせるためである。

本当は私も不安ではある。
何たって面倒くさがりで天邪鬼で、それこそ七面倒くさい女だからだ。
自覚はあるが、治すのが面倒くさい。
治せ、といわれたら努力はするかもしれないけど…どうだろうか。
治せって言ってきた時点で、少し萎えるのは目に見えている。

征十郎を好きになる女の子なんて、それこそ星の数だけいる。
その星の中から私を選んでくれたことに、不安を覚えるくらいに。
昔に聞いたことがある、私は征十郎の初恋の相手だったと。
でも、私は悪い意味で見た目と中身のギャップがあるし、思っていた人間とは違っていたことだろう。

征十郎は少し渋い顔をして、戻ってきた。
どうやらジャガイモはまだ火が通っていないらしい。

「玉ねぎ、入れるか?」
「うん。入れたら手を冷やして、成形ね」
「わかった」

今日の夕飯はハンバーグだ。
付け合わせにポテトサラダとポトフを作る予定でもある。

大会が終わった征十郎は実家に帰ると言って東京に残った。
彼は1日で実家に飽きたらしく、それ以来私の家に来て遊んで、ご飯を食べてから実家に帰る生活をしている。

私の実家には、私しかいない。
現在、両親は長期の出張に出ていて、家に帰ってくることはないからだ。
それを知った征十郎は次の部活練習が始まるまで東京にいると言い張ったのだ。
最初のうちは窘めようと頑張ったが梃子でも動く様子がなかったので諦めた。

私は家にいる間、本を読んだりパソコンを弄ったりするばかりで、特に征十郎に構ったりすることはない。
征十郎からあれしようとかこれしようとか言われて、ようやく重い腰を上げるくらいだ。
正直、高校生らしからぬ恋愛である。
私は征十郎が好きだから、征十郎に言われたら基本的に承諾する。
買い物に行こうとか、外食しに行こうとか、本当はちょっと面倒だなあと思っていても、まあ征十郎とだからたまにはいいか、という考えになる。

私から何も言わないのは、ただ単に、怖いだけだ。
征十郎が私よりも他を優先するかもしれない。
合理的で他者を顧みない征十郎がどこかにいると、私はしっかり自覚してしまっている。
それは今顔を隠しているだけで、征十郎のある側面なのだから、いつ出てきてもおかしくない。
あるとき、私を優先してくれなくなったら?私よりいい人を見つけたら?
いやもしかしたら、そもそも征十郎は私のことを都合のいい女としてしか見ていない可能性だってある。
それを考えてしまって、怖くて我がままなんて言えずにいる。
無論、征十郎がそんな人なわけないと思う自分もいる、だけどどこかでそれらが引っかかってもいる。

ぺた、ぺたと張り付く肉塊を丁寧に形成していく。
見た目だけきちんとしておかないと。
肉塊からハンバーグという料理にするために。

「何か聞きたいことがあるならいったらどうだ」

ぽつり、と征十郎がそう零した。
相変わらず彼は人の気持ちを察するのが上手だ。
私が何か言いたいってわかっていて、それを促すように話しかけてくれる。
できた人、私にはもったいないくらい。

小判型にしたハンバーグの中央を窪ませて、大きな2つのハンバーグと薄いハンバーグが4枚出来上がった。
さすがにジャガイモももう茹で上がっているだろうから、火を止める。

「…うーん」
「苗字さんはいつもそうだ。思っていることを口にできない」
「まあ、そうだね」
「昔の俺みたいだ」
「そう?」

すでに用意してあったポトフの材料が入った鍋を、ジャガイモの鍋と交換した。
その隣のコンロで、フライパンを温める。
征十郎はジャガイモをガラスのボウルに移し替えて、軽くつぶし始めた。
言われなくてもポテトサラダが作れるくらいには、家庭的な男になってくれている。

征十郎のいうことは、まあ的を射ている。
私が思っていることを口にできないのも、それが昔からの癖なのも。
昔の俺みたい、という言葉の真意は掴めないが。

夕食はこれで作り終えた。
あとは運ぶだけだ。

「俺は苗字さんが好きだ」
「…うん」
「表の部分じゃなくて、きちんと内側まで全部見て、俺の悪いところまで好きだって言ってくれるのは、苗字さんだけだしな」
「そうかな」
「代わりはいない」

征十郎は断言した。
ここまで言われると、本当にうぬぼれてもいいのかなと思える。

ありがと、と小さく返すと微笑まれた。
いつの間にか、攻守逆転していたらしい。

征十郎はポトフの器を、私はハンバーグの盛られた皿を両手に、テーブルへ向かった。
あっという間に並べられた夕食を目前に、征十郎は苦笑して付け加えた。

「それに、完全に胃袋を握られてるしな」
「あ、それは信憑性あるね」

食事は三大欲求の1つだ。
それを握っているとなれば、結構重大なことだろう。
でも、そちらのほうが信憑性あるってどうなんだろう。
それを考えるとなんだかおかしくて、一頻り2人で笑った。

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