19.私の知る貴方
ソーサーにカップを戻すとき、私はいつも音を立ててしまう。
かちゃん、という音が騒がしい店内だというのに、私の耳まで届く。
このテーブルだけ静まり返っているのは、偏に隣の彼氏様のせいである。

「私の知っている、赤司征十郎について話しをしようか」

不安そうな彼を、私はあえて見ない。
全く困った彼氏様である、自分で話してて自分で不安になるとは。
まあ確かに私は淡白だし、征十郎に対して恥じらいとか嫉妬とかもあまりない。
感情の起伏に乏しいのだ、私は。

私のことは置いておいてほしい。
私はただの赤司征十郎の彼女である。
それ以上でもそれ以下でもなく、私の肩書きはそれだけ。

「あなたたちが知っている赤司征十郎と、私が知っている赤司征十郎はだいぶ違うと思うから」

バスケ部の部長で、何をやらせてもそつなくこなす勝利の天才、赤司征十郎。
それが彼らの知るところの赤司征十郎だろう。
彼の欠点は?と聞いても、首を傾げるしかない赤司征十郎だ。

しかし、私の知る赤司征十郎は違う。
私が付き合っている赤司征十郎はそんなのじゃない。

「私の知ってる赤司征十郎は、恥ずかしがりやでちょっと抜けてて、不器用な人。そういうところが好きなの」
「苗字さん、ちょっと待て、そんなの初耳…」
「征十郎、私に聞いたこともなかったんだし当たり前じゃん」

彼氏様は、ちょっと戸惑い気味である。
まあ男からしたら、彼女に可愛いから付き合いだしました、なんて言われたら情けなくてしょうがないのかもしれない。
だけど事実だし。

もし赤司征十郎が、彼らのいう通りの男なら。
私はきっと付き合わなかっただろう。

「この際だし、おとなしく聞いてて」
「待ってくれ、なんか嫌な予感しかしないぞ」
「ここにいる人たち、みんな友達なんでしょ?」
「それはそうだが」

征十郎はなぜか焦っている。
何をそんなに焦ることがあるのか、別にいいだろう、いつでもどこでも完璧であろうとするから疲れるんだ。
その疲れをぶつけられて癒してくれといわれるこちらの身にもなってほしい。

征十郎の友人たち、まあ通称キセキの世代は困惑気味だ。
きっと彼らは、こんな風に慌てる元主将を見たことがないのだろう。

説明するのも面倒くさいけど、ここで話してしまうのが最もいい。
でないと、あとで征十郎に呼び出されて、なぜ俺を好きになったのかという話を延々とさせられるに違いない。

「その話、すごく気になる…!」

私の左斜め前に座る桃井さんが、目をキラキラさせながらそう呟いた。
女子って感じだ、面倒くさい。
なんだろう、その元気すぎる感じ、疲れるのだ。

そもそも、なぜキセキの世代の会合に私がいるのかという話も謎である。
流れでそうなってしまったのだが、まあそれは後で征十郎に問い詰めるとしよう。

「期待に添えるかはわからないけど…そうだ、桃井さん。桃井さんは征十郎のこと天才だと思う?」
「え…?うん、そう思うよ」
「そう。でも私はそう思わない。征十郎は天才じゃない。でも凡人ともちょっと違う」

長椅子の上の征十郎の手が、びくりと震えた。
嫌なのかもしれない、こういう話をされるのは。

しかし、私は続けるつもりだ。
いい加減、赤司征十郎は素直に生きていくべきだと思うから。

「ただ、天才ぶってるだけだよ」
「…苗字さん、言葉を選んでくれ。結構刺さるから…」
「たまにはそう言う醜態を見せるべきでしょ」
「サディスティックっすね…」

開始5分も経たないうちに根を上げ始めている征十郎をさっくりと無視。
こんなところで止められてたら何の話もできやしない。

黄瀬君が、若干引きつった笑みをこちらに向けた。
引きつっていてもなかなかに見えるから、イケメンというのは腹立たしい。
あと私はサディスティックなわけではない、ただ言うべきことを言って、自分の立場を楽にしたいだけである。

「天才の定義はいろいろあると思う。でも、天才はある才能が他人よりも抜きんでていて尚且つ他の能力よりも抜きんでていることを指すと、私は定義してる。たとえば、青峰君はバスケの才能が人よりも抜きんでていて、でも、バスケ以外のことはいまいちでしょ」
「赤司お前、これが彼女ってメンタルやばいな。毒舌すぎだろ」
「…まあ慣れればなんということはない」

どいつもこいつも話をそらすのが大好きらしい。
まあ毒舌なのは否定できないので何も言わないが。

青峰君を出したのはわかりやすいからである。
他にも、紫原君なら身体的な特徴が人より抜きんでているがやる気がない、緑間君なら努力家でストイックだが協調性が無い、黄瀬君なら要領はいいが、それ以上のことができない。
黒子くんはそもそも天才ではない…というと、また煩くなりそうだから言わないでおくが。
まあ私は彼らのことを詳しく知っているわけではないから、それが正しいのかどうかはわからない。
しかし、少なくとも私にはそのように見える。

天才の定義について、誰かが口を挟むことはなかったから問題はなさそうだ。

「征十郎は、能力すべての数値が高い。だからこそ抜きんでている部分がない」
「なるほど…確かにそうなのだよ」
「そういう意味で、征十郎は天才ではない。でも、周りはみんな何かしらの天才。そして、天才たちは才能を開花させていった。それが中二のとき」

中二の後期、キセキの世代はこぞって才能を開花させた。
そんな中で、もともと花開かせるものを持っていなかった征十郎だけが取り残された。

「征十郎はあくまで秀才だから、焦った。そして何とか、天才になろうと考えたんだと思う」

そう、征十郎は秀才なのである。
幼少期からいろんなことを犠牲にして、勉強や稽古に費やしてきた。
気になったことは何でもやってみたと、征十郎は言っていた。
それが彼にとっての遊び代わりだったと。

その結果、天才と張り合えるくらいの能力を持ちあわせたのだろうと思う。
他の人よりも多くの能力があり、尚且つそのクオリティが高かったのは興味関心との高さと向上心や努力のおかげだ。
だが、それでも間に合わなくなった。

「天才になろうと考えた結果、征十郎は何か1つ能力を削って、バスケの能力が抜きんでているように見せようとしてた…まあ無意識にだろうけど」
「…削ろうとした能力は、対人スキルですか」
「正解」

そう、天才は一つの能力に抜きんでていて、他のどこかの能力が低くなくてはならない。
黒子くんは、それに気付いていたらしい。

私は征十郎としか仲が良くなかったから知らないけれど、この天才たちの中で苦しんでいたのはきっと彼もなのだと思う。
黒子くんもまた、天才ではなく努力型だから。

隣の征十郎は、驚いているらしい。
戸惑いながらも、椅子の下で私の手を握った。
掌が少し汗ばんでいて、震えていた。
怖いのかもしれない。

「詳しく言えば、対人スキルのうちの情緒面。人の気持ちを無視して合理的に動くようにし始めたってわけ。でもこれ、やばいんだよ。だって、自分の気持ちも合理的でないなら無視するわけだから」

そう、あの頃の征十郎は見ていて危うかった。
自分の首を自分で締めながら、直走っているような感じだった。
しかも、その目的はまがい物であるように、私には見えていた。
だからこそ。

「その辺で、私は見てられなくなったの。見ていられないから、違うところに引っ張って連れて行ってしまおうって思った」

あの頃の征十郎は怖かった。
私の知っている、恥ずかしがりやでちょっと抜けてる征十郎じゃなくなり始めていた。
私のことを好きだといってくれた赤司征十郎じゃなくなり始めていた。
もともと合理的に物事をこなすことが得意な征十郎が、そこに重きを置いたら。
きっと合理的に物事をこなすけれど、人の気持ちが何もわからない天才になるだろうと思ったから。

そうなる前に、手を打った。

「だから、私、好きだって言った。別に天才になる必要性なんてないってこと、バスケ以外に見るものあれば、気付くかなって思って」

ぎゅう、と私の手を握る手に力がこもった。
まあ、これいうの、本当に初めてだから、本人はちょっと腹立つだろうけど。

つまるところ、私は別に征十郎が好きで付き合うといったわけではない。
少なくとも、その時の私は征十郎のことを数少ない友人であると思っていた。
その友人が自分の知らない人に変わっていってしまうのが怖くて、それらならばと自分の思うように変えたかっただけだ。
そこに好意があったかといえば、NOだろう。

「それ、振られたらどうるすつもりだったんすか…」
「いや、その少し前に告白されてたから」
「え…!?」
「まじか…」

ま、そういうわけで、私は随分自分勝手な女だ。
それでも征十郎はいいといってくれる。
だから、私も征十郎がどんなにかっこ悪くても別にいいと思うわけだ。
私が好きな征十郎は、恥ずかしがりやでちょっと抜けていて、不器用な赤司征十郎なのである。

だからこれでいいんだよと、硬く握られた掌をもう片方の手で撫でた。

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