18.グッバイ、ハロー
バスケ部は相変わらず雰囲気が悪かった。
個人プレイが横行し、青峰紫原のほかに緑間も才覚を現し始めた。
正直、紫原に勝てたのは、ほぼ偶然だった。
あの一時だけ、俺はガタが外れて勝てたようなものだ。

もう、バスケ部をどうにかしようという気は薄れていた。
俺の上…つまりは監督の方針が完全に決まった。
勝てれば何でもいい、そんな風に。

「で、征十郎も何もしないことにしたんだ」
「…逃げだということはわかっているよ」
「難しいね」

勝ちに拘ることが逃げであるということはわかっている。
黒子はどうしてもこの状況に納得がいかないらしく、一人苦しんでいる。
俺はそれから逃げ出した。

今、俺にとってバスケは楽しいものではなくなった。
やらなければならないから淡々とこなすだけだ。
勉強や日々の暮らしと同じように。

「まあ、そのうちまた楽しいと思える時が来るんじゃない?」
「そうだといいが」

バスケをしていると、まるで切り替わるかのように冷徹な自分が顔を出す。
それに気付いてからは、バスケをすることに恐怖さえ覚えるくらいだった。
いつか、苗字さんの前でもそうなってしまうのではないかと思うと、兎に角恐ろしかった。

ただ、ここで投げ出すわけにはいかない。
まもなく3年目の全中が始まる。
どんな形であれ、チームを勝たせなければならない。
それが俺の役目だから。

「本当は」
「本当は?」
「征十郎は一度バスケをやめてしまえばいいと思う」

斜光が女子にしては背の高い苗字さんの影を、更に長くしている。
苗字さんは自分の影を蹴るように、わざとらしく足を前に振り上げた。
少しむくれたような声だった。

バスケをやめるということは考えたこともなかった。
ただバスケをやめるということは、本当にすべてから逃げることになってしまう。
俺はこのチームの行く末を、きちんと見届けなければならないと思う。
いや見届けたいと思う、きちんと見届けて、自分がしたことの重大さを思い知るべきだ。

きっと、俺らのバスケはいろんな人を傷つける。
止めなくてはならないこともわかっている。
それでいて止めないのだから、その罪はきちんと背負いたい。
今は何を言ってもエゴにしか聞こえないが。

「続けるよ、俺は」
「さいで」

苗字さんは呆れたように、肩を竦めてみせた。
彼女はもうきっと、俺の前でバスケの話はしないだろうな、と漠然とそう思った。

「いつかもう一度、征十郎が純粋にバスケを楽しいと思えるようになったら。その時は私も誘ってね」
「…そうだな、そうする」

そんな日が本当に来るのかは、甚だ疑問だった。
どうしても今のバスケのつまらなさと負けることへの恐怖が勝ってしまって、そんな明るい未来は想像もできなかった。



それが、去年の夏の全中前の話だ。
なぜ今それを思い出したのかといえば、現在進行形で俺はバスケをしていて、今まさに負ける寸前だからだろう。
バスケをしているときに、こうして苗字さんのことが好きなこの自分が出てこられるとは思ってもみなかった。

苗字さんと別の高校に通うようになってからは、バスケだけではなく学校生活でも、俺は俺という感情を消してしまっていた。
ときどき、苗字さんと電話するときだけ、こっそりと出てくるような存在になっていた。
しかし、黒子に追い詰められた今になってようやく俺は、元の俺らしさを取り戻し始めた。
ただ純粋に、この試合に勝ちたいと思うようになった。
チームのためでも、父からの教えのためでもなく、ただ自分のためだけに、この試合は負けたくない。

「今まですまなかった。もう一度力を貸してくれ」

そのためには、チームメイトの力が必要だ。
俺一人では黒子には勝てないだろうから。

苗字さんは、どうしているだろう。
この試合を見てくれているだろうか。
試合が始まる前に、頑張れというメールが来ていたが、本人は来ているのだろうか。
もしきているなら、ぜひともあと3分のこの試合を見ていてほしい。
そう切に思う。




卒業して、1年が経とうとしていた。
夏の大会は、相変わらず征十郎率いる洛山が圧勝したらしい。
私は見に行かなかった、征十郎も来なくていいとそう言ったから。
冬の大会も、見に行かなくていいかなと思っていた。
だけど、親戚のバスケ馬鹿に誘われて、見に行くことになった。

見に行くということを征十郎に伝えるか迷った。
でも、言ってもしょうがないから、と軽く応援のメールだけ入れておいた。

「化物にしか見えへんわ」
「化物なんて失礼な。あれが征十郎だよ、馬鹿一」
「は?」

最初のうちは、見ているのが嫌だった。
征十郎は、プレイ中はやはり私の知っている人じゃなかった。
でも試合の途中で躓き始めて、ここにきてようやく私の知っている彼が姿を現した。
よもや、バスケ中に征十郎が出てくるなんて。
ずっと逃げ続けるとばかり思っていたのに。

隣に座る親戚のバスケ馬鹿を小突いて、怒っておいた。
あっちが本当の征十郎なんだから、化け物なんて言ったら怒る。

それに、誠凜ばっかり応援されてずるすぎ。

「おかえり、征十郎!頑張れ!」

これはもしかすると、近いうちに私もバスケをすることになるかもしれない。
少し楽しみだな、と思った。


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