15.カラフル
狡い手を使ったな、と我なりに思う。
桃井が黒子に気があるのは、わかりやすかった。
それに、桃井は真面目だから任せられた仕事はしっかりと行ってくれる。
黒子とともに勉強させるというのは、彼女を誘いこむための甘言。

本当は、あの馬鹿たちのせいでこちらの用事ができないことに腹が立ったからこうしたのである。
彼女に押し付けた、というのがゆるぎない事実だ。

しかし、桃井、許してほしい。
俺とて一応、恋をしている。

「お疲れ」
「ありがとう。待たせてすまなかった」
「平気」

人気のない小さなカフェが待ち合わせ場所だった。
苗字さんはすでに制服から私服に着替えている。
一度帰宅してから来たのだろう。

緑色のカーディガンに白のワンピース姿だ。
長い黒髪は簡単に編まれて右側に流されている。
私服を見るのは初めてで、新鮮だった。

テーブルの上には、白いマグに注がれたココアと途中まで解かれた数式が書かれたノート。
きっとこのノートの表紙は相変わらず何も書かれていないのだろう。

「赤司くん、何飲む?」
「ああ…コーヒーでいいかな」

苗字さんがメニュー表を差し出してくれたので、ちらりと目を通した。
コーヒーの種類が多い店だ、とりあえずコロンビアにしておいた。

「じゃあ、始めるか。数学からでいいな」
「うん」

早い話、俺は苗字さんと2人で勉強がしたかったのだ。
だというのに、赤点筆頭候補の青峰と、青峰ほどではないものの赤点を取りかねない黄瀬、数学の苦手すぎる黒子…うちの部のレギュラー陣は問題児ばかりで手が離せない。
意外と成績のいい紫原は教えるのに向かないし、緑間は青峰や黄瀬となぜか喧嘩になる。
結局俺がテスト期間中つきっきりになるというのが、定例だった。

今までは別にそれでも困らなかった。
彼らの面倒を見ながらでも首位は取れたし、皆で勉強するあの雰囲気は嫌いではなかった。
しかし苗字さんという存在ができてからは、話が別。
普通に好きな人と勉強をしたいと思うようになり、勉強会が嫌になってきたのだ。

1週間あるテスト期間は、貴重な部活休みでもある。
苗字さんと一緒に帰ることもできるし、長話もできる。

そう言う理由があって、申し訳ないが今日一日は桃井に彼らを任せてしまった。
明日からはきちんと、部活の勉強会に出るつもりだ。
それで許してほしい。

「数学が苦手なのか?」
「ううん、どちらかというと国語のほうが苦手…あと英語」

苗字さんは閊えることなく解き進めている。
正直、何の問題もない。
一緒に勉強しようといったものの、そこまで成績が悪いわけではないから教えることは少ないようだ。
数学に限っては、下手をすれば緑間よりも解答スピードが速い。

普通、勉強をするなら苦手なものから進めるだろうと思ったのだが、苗字さんは違うらしい。

「なら英語をやろう」
「…本当に苦手だから、あんまりやりたくない」
「それじゃあ意味ないだろ」
「たぶん、赤司くん、呆れると思う」

どうやら相当自信がないらしい。
苗字さんはバツが悪そうに、ココアのマグカップを両手で包むように持って口元に運んでいた。
様子を見ないことにはどうにもならないので、英語の問題集を出すように促した。

苗字さんがいう通り、英語は悲惨だった。
しかし1時間ほどやれば、ある程度はできるようになった。
単語の暗記はできているので、あとは文法をうまく当てはめるようになることだ。
それなりの数を解いていけば、克服できそうではある。

「英語さえできればもっと上位を狙えるな」
「まあ…」

苗字さんは疲れたらしく、新しいココアを注文していた。
無気力にノートを閉じて、ため息をつく。
本当に英語が苦手らしい。

ノートの背表紙は、黄色のテープが張ってある。
数学ノートは青のテープが張ってあったから、今日かによって色を使い分けているのだろう。

「赤は何の教科なんだ?」
「…ああ、ノートの背表紙?」
「そう」

数学が青、英語が黄色。
他に教科は、国社理が残っているが、どれが赤なのだろう。
というか、赤を使ってもらえているのかが疑問だが。

苗字さんは可笑しそうに笑って、さあなんだと思う?と聞いてきた。
彼女は質問を質問で返すことが多い。

「国語」
「違う」
「…使っていないというのは」
「ない」

私的に、国語が赤、社会がオレンジ、理科が緑だと思ったのだが違うらしい。
使っていないということはない、となると、あとは社会か。
理科に赤を使うというのは、あまり考えられない。

視線を上げると、苗字さんが意地悪そうに笑ってこちらを見ていた。
…これはひっかけで理科かもしれない。

「社会か」
「違う」
「理科」
「違う」
「話が違うぞ、使ってないじゃないか」

国語、社会、理科…すべて言ってみたがハズレ。
使っているといっていたのに、これでは話が違う。
一応、教科には家庭科や音楽も含まれているかもしれないが、ノートは使わない。
苗字さんはやはり意地悪そうに笑っている。
どうやら何か引っ掛けがあったらしい。

釈然としない気持ちをコーヒーと一緒に呑みこんだ。

「ごめん、赤はこれ」
「…?」
「何でもノート。全教科対応」

一頻り笑い終えたらしい苗字さんが、鞄から取り出したのは他のノートよりも一回り小さな、B6のノートだった。
苗字さんの顔の前に掲げられたノートは、他のノートと同じ茶色い表紙。
背表紙のあまりが表紙の右端に貼られていて、それは臙脂に近い赤をしていた。

「なるほど、まとめ用のノートか」
「そういうこと。オールラウンダー」

納得はしたが、こんなの分かるわけがない。
ちなみに、国語が緑、社会が水色、理科が紫らしい。
曰く、買ったノートは5冊セットで背表紙が寒色系統の色のみのものだったらしい。

苗字さんはノートをテーブルに置いて、楽しそうにパラパラとめくって見せた。
数学、理科、社会、国語、英語…それぞれがノートの中に混在していた。

「赤司くんみたいでしょ」
「は?」
「うちのバスケ部のレギュラーは虹色なんだって聞いたから。纏めるのは赤司くんかなって」

青、黄、緑、水色、紫…確かにうちのレギュラーたちの名前の色だ。
意外だった、苗字さんはあまりバスケ部に興味がないと思っていた。
このノートのセットを見た時、彼女はバスケ部を思い出したのだろうか。
そして、その中に赤がないから買い足した。
赤は、まとめのノート。

苗字さんは俺にあまり興味がないと思っていた。
興味関心が薄いとばかり思っていた。
だが、違った、彼女はきちんと俺を見ていてくれている。
楽しそうに笑ってノートを捲る苗字さんがどうしようもなく、好きだった。

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