14.屋上階段にて
いつだか苗字さんが話していた、新作のお菓子。
紫原が持っていたのでどこで売っていたのか聞いたところ、一箱くれた。
食い意地の張っている紫原から食べ物をもらうということは、奇跡に近い。
驚いて彼を見たが、赤ちん珍しいからね、というばかりだった。
何が珍しいというのだろう、紫原の考えることは意外と難解だ。

せっかくもらったのだから、苗字さんを誘って昼にでも食べようと思った。
数か月前には考えられないことだ、彼女を呼び出して一緒に昼食など。
この数か月で随分近づくことができたと、我なりに嬉しく思っていた。

それで、完全に気を抜いていた。
勢い余って告白するなんて、本当にどうかしていた。
だが苗字さんはそれを困ったようにしながらも受け入れて、歩み寄ってくれた。
全く情けないことだ。

「恋は盲目って本当なんだなあと思って」
「少し違うような気もするが…」
「ニュアンス的に」

苗字さんは昨日のことをどう思っているのだろう、それが気になって仕方がなかった。
1日置いて、昼休み。
昨日と同じ場所で、苗字さんと待ち合わせをして少しだけ、聞いてみた。
苗字さんは何とも思っていないようで、相変わらず涼しげな顔で感想を述べた。

屋上に繋がる踊り階段にある、使われていない机に苗字さんは腰かけている。
床につくかつかないかくらいで、彼女のつま先がゆらゆらと揺れていた。
先ほど開け放った、少し高い位置にある窓からはセミの鳴き声と明るい声が聞こえてくる。
とても穏やかな空間で、自然と肩の力が抜けていくような感覚が心地よい。

「でもまさか、赤司くんがそんなポカミスするなんて」
「幻滅したか?」
「ううん。おんなじ人間なんだなって安心した」
「失礼だな」

媚びるような女子の甘い声ではなく、だからといって投げやりな声でもなく。
苗字さんの声は、流れる川のように自然で涼しく、心地よい。
話し方も、ただ自分の思っていることを零していくような感覚。
それらが嘘偽りない本音であろうことがすぐに分かる。
彼女はきっと、嘘が苦手なのだろう。

彼女が冗談交じりに、同じ人間といってくれるのが嬉しかった。
優秀な赤司ではなく、ただの赤司征十郎と話してくれているような気がして。
俺が笑いながら怒ると、彼女も可笑しそうに笑った。

「それにしても、苗字さんは人と居るのを嫌がると思ったんだが、そうでもないんだな」
「赤司くんと話すの好きだから別にいいよ」

苗字さんは小さなランチバッグの中からお菓子を取り出して、こちらに開け口を向けた。
こちらは開いた口が塞がらない。
慌てて手で覆って、もう片方の手でお菓子を断った。
いや、まさかそんなことを言ってもらえるとは思いもよなかった、嬉しすぎるだろう。
顔、赤いかもしれない。

彼女はお菓子を断った俺に小首を傾げ、お菓子を口に放り込んだ。
俺の様子がおかしいことには突っ込まないらしい。

「赤司くん、もう戻った?」
「…戻った。もらっていいか?」
「どうぞ」

どうやら彼女は俺の扱いにだいぶ慣れたらしい。
なんだか悔しいような気もする。
惚れた弱みか、苗字さんに振り回されてばかりだ。

苗字さんが差し出したお菓子は鈴カステラだった。
趣向がどこか古めかしい。
ほろりと甘いが、緑茶が欲しくなる。
鈴カステラといえば、ずっと昔に祖母と食べたきりだ。

「そういえば」
「うん?」
「夏って大きい大会があるんでしょ」
「…部活か?」
「そう」

2つ目の鈴カステラをもらった拍子に、ふと思い出したように苗字さんが言った。
苗字さんにとっては、夏の全中も“大きい大会”らしい。
ちなみに大会だけで大きな会だから二重になっているが、まあそれはいい。

俺らは全中に費やしている時間や労力が大きいから、苗字さんの言い方は新鮮だった。
運動部でもない限り、そういう話には疎いのかもしれない。

「帝光中のバスケ部は強いんだって、親戚が言ってた」
「常勝をモットーにしてるからな」
「ふうん、大変だね」

どうやら苗字さんの親戚にはバスケに詳しい人間がいるらしい。
ただ、苗字さん本人はそこまで興味がないようで、どこか他人事だ。

窓の外の青空を、苗字さんは眺めていた。
そこに何が見えるのだろうと思って俺も見たが、青の絵の具をぶちまけたようなつまらない青空が広がるばかりだった。
白い雲も、空を飛ぶ鳥もいない。

苗字さんはもう何個目かわからない、鈴カステラを小さな口に放り込む。
甘いものが好きみたいだ。

「赤司くん、それって楽しい?」
「?ああ、バスケは好きだし楽しいよ」
「そう、ならいいんだけど」

苗字さんはいつの間にかこちらを見ていた。
パッと目が合うと、アーモンド型の瞳の先が緩やかに下降していく。
どうやら人と目が合うとそらすタイプらしい。

「まあ、頑張って」

眼をそらしたまま、苗字さんは小さな声でそう言った。
外からのセミの鳴き声と明るい声にかき消される前に、俺の耳に入った。
不意に窓から強い風が入ってきて、苗字さんの髪を揺らす。
赤く色づいた耳が、黒髪の隙間からちらと見えた
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