そういえば、苗字さんの両親は仕事で忙しいという話を聞いたことがある。
今日は彼女の両親はきているのだろうか。
「そういや、テツって借り物競争だったんだろ?」
「ああ…そうです」
「あれ、今年大変だったらしいけど、お前何さがしたの?」
「アンパンです。こしあん限定で」
「うっわ、なんだそれ」
昼時、結局俺らはいつもと変わらず部活のメンバーで集まっていた。
かなり自然な流れで、集まるかという話になっていた。
両親が来ている奴もいるそうだが、さすがに中学生になって家族と食べるのは恥ずかしいらしい。
苗字さんはどうしているだろう。
彼女の両親も忙しいといっていたし、もしかしたら来ていないのかもしれない。
まさか、1人で食べているとかないよな。
少し心配になってあたりを見まわしたが、彼女の姿は見えなかった。
あの日陰の席は満席になっていて、苗字さんを探すのは難しそうだった。
食事を摂っていた青峰が、そういえば、と思い出すように行ったのは午前中最初の競技、借り物競争である。
先ほど苗字さんと話していた内容。
あの時の苛立ちが、ふっと戻ってきた。
「でも僕はまだいいほうだったみたいです。中には“6歳児”とかあったらしいですから」
「うっわ、ピンポイントっすね〜」
「ただその人は、誰かさんの妹を連れてきたらしいですよ。ね、緑間君」
「えっ緑間君、妹さん来てるの?見たい!」
桃井の言葉は「煩いのだよ」と一蹴された。
そういえば緑間には歳の離れた妹がいるということを聞いたことがある。
黒子が笑いながら、「可愛かったですよ、一番乗りだって大喜びしてました」という情報をくれた。
黒子は借り物競争に出て、結構その様子を見ていたらしい。
もしかしたら、苗字さんの連れてきた人も見ているのではないか。
「ベタなものとかはなかったのか?」
「ありましたよ。“花柄のハンカチ”とか“黒のキャップ”とか…」
「その辺簡単すぎじゃね?差がありすぎだろ…」
「それらは全部観客席まで行かないとないのでそうでもなかったみたいです」
なるほど、グランドにはない物ばかりだ。
といういか、借り物のほとんどが観客席まで行かないとない物ばかりだったのだろう。
それで借り物競争はあんなに時間を取っていたのか。
まるで体育祭の目玉みたいな時間を取っていたから疑問には思っていたが。
黒子の答えからは俺の聞きたい話は聞けなかった。
見ていないのか、それとも、聞き方が悪かったのか。
「一番楽なお題とかなかったの〜?一番早く済んだお題とかは?」
「…最短で借り物を済ませた人の借り物は難易度高そうなものだったんです。僕と同じ時に出てた女子だったんですけど、すごく不機嫌そうにしていたので気になって、後々聞いたら“好きな人だった”って」
そういえば、紫原は簡単そうという理由で借り物競争に立候補していた。
しかし、身体の大きさから綱引きと玉入れに充てられたのだが、結果オーライだったみたいだ。
紫原の質問で、俺の聞きたい答えが出てきそうになった。
まさか苗字さんと黒子が同じレーンだったとは思いもよらなかった。
「うっわ、ベタっすね〜。その子、誰連れてきたんすか?」
「保健室の先生だったみたいです。“具合悪いときにお世話してくださるので好きです”、って言って納得させたらしいです」
「あーうまい切り替えしっすね、保健室の先生ならグラウンドにいるし、女の人だから勘違いされることもない」
なるほど、確かにうまい。
面倒くさがりの苗字さんにはピッタリの相手である。
さて問題は、うまくやれたのに、なぜ苗字さんは不機嫌だったのか。
おふざけでも“好きな人”を聞いてくることが嫌だったのか。
あまりそういう、小さなことを気にする人ではないと思っていたのだが。
「でもなんでそんなに不機嫌だったんだよ。いいお題じゃねーか」
「確かに。どう思う、桃井」
なんとなく青峰と同じ思考回路というところに情けなさも覚えるが、同意しておいた。
こういう女子の気持ちは女子である桃井のほうが詳しいだろう。
桃井は、うーんと少し悩んだようだが答えを決めたらしい。
「たぶん、恥ずかしかったんじゃないかな。2パターンあると思う。1つは好きな人がいたとき。これは恥ずかしいから、連れて行きたくても連れて行けなくてもどかしくて、イライラしたって場合。2つ目は好きな人を好きだって自覚していなかったとき…これはレアケースだと思うんだけど、“好きな人”ってお題を見た時に、思いもよらなかった人がふっと脳裏によぎって、恥ずかしくなったってケース。気付きたくなかったのに、よくも気づかせたな!って場合」
「女子はなんでんなことで怒るんだよ…意味わかんね」
「自分のこともよくわかってないのかって、自分に怒ってるだけだよ」
なるほど、分かりやすい。
ただ、苗字さんが前者であるのか後者であるのかの判断はつかない。
後者だった場合を期待し、尚且つその相手が俺であることを祈るほかない。
苗字さんは、今どこにいるのだろう。
聞いてしまいたい気持ちと聞くのが怖い気持ちとが織り交ざって変な気分だ。
きっと彼女と他愛のない話をすれば、治ると思う。