13.恋は盲目
昼休み、屋上の前の踊り場。
私は珍しく赤司くんとお菓子を食べていた、前に食べたいといっていたお菓子を手に入れたからどうだ?と誘われたのである。

「にしても、赤司くん、私のことよくみてるよね」
「まあ苗字さんが好きだからな」

赤司くんと一緒にいると、私は結構お喋りになる。
今回の話の内容は、数日前の体育祭のことだ。
100m走を走ることになってしまった私だったが、偶然にも2位を取れた。
赤司くんはそれを見ていて、褒めてくれたのだ。
褒められて嬉しいとは思うが、よくもまあ私なんて見つけたものである。

私は背の高い女バスの隣にいたし、その反対隣では陸部の女子がストレッチをしていた。
間に挟まれた私はあまり目立たなかっただろう。
なのによく見ていたな、と思って聞いてみたら想定外の返事が返ってきた。
え、冗談だよね?と思って彼を見たら、顔を真っ赤にしてフリーズしていた。
どうしたんだ、赤司征十郎、お前そんな顔を赤くして恥ずかしそうにそんなこという人だったっけ。

「えっと…」
「…悪い」
「いや、何が…」

フリーズした赤司くんを動かすために何か言おうと思ったが、うまい言葉が見つからなかった。
もともと話し上手でない私が、彼にうまいフォローを入れられるわけがなかった。
赤司くんはフリーズから復活するも、バツが悪そうに赤い顔をそらすばかりで、どうしたらいいのかわからない。

私は赤司征十郎という人間を、天才で要領のいい人間であると評価しているわけではない。
一般的にそういわれる赤司征十郎ではあるが、私の前に現れる赤司征十郎はそうではない。
なんたって、図書室の本棚からチラチラとこちらの様子を伺うような、恥ずかしがりやだ。
だから、顔を赤くしている赤司征十郎に疑問はないし、違和感も意外とない。
だが、まさかそんなことをぽろっと言ってしまう人ではないと思っていたのだが。

「…苗字さんが好きなんだ、昔から。一目惚れの初恋で」
「うん」
「だから、付き合ってほしい」
「あー…」

マジか、こんな展開、現実にあり得るのか。
赤司くんは赤い顔をそのままに、でも真っ直ぐと私を見据えた。
本気なんだろうことは理解できる。

まさか、小学校時代から好きだったのだろうか。
そうだとしたらちょっと申し訳ない、私は人付き合いも苦手で話そうともしなかったから。
赤司くんと話し始めて、彼が話し上手で優しいことはわかった。

ここだけの話、体育祭で“好きな人”といわれて、ぱっと頭に浮かんだ男の人は赤司くんだった。
でもきっと、その“好き”は赤司くんのいう“好き”とは違うと思う。
“好き”にもいろいろな意味合いがある、しかし、大抵の場合は恋愛に絡めて考えられることが多い。
あの借り物競争の時はそれで腹が立ったのだ、恋をする人の心を弄ぶようなお題に。

閑話休題、兎に角彼が真剣であればあるほど、私はそれに応えるのが難しくなる。

「私たち、今年に入って話し始めたばっかりだよね」
「まあ、そうだな」
「…さすがに今すぐ付き合うっていうのは、ちょっと」

譲歩して、友達である。
私は恋人を作れるほどの人間ではない。
人と話すのだって苦手で、相手のことを思い遣る気持ちにかける私に彼氏なんて早い。
そんな理由で振るのは申し訳ない、ただ私が人並の情緒を持っていないばかりに赤司くんを傷つける。

今思い返せば、昔からなんかそれっぽいのかなとは思った。
まさかこんな盛大な事態のフラグだったとは。
ああ、あのときへし折っておくべきだったか。

「まあ、それもそうか」
「うん」

実質振られたようなものだと思うのだが、赤司は少しすっきりとした顔をしていた。
言えただけで満足だったのかもしれない。

女子かよ、と脳内でツッコミを入れて、私はその辺にあった机に腰かけた。
スカートに埃がつくのは嫌だと思ったが、意外と綺麗だったから遠慮なく。
その辺にある放置された机にもかかわらず埃が少ないのは、ここが誰かによって使われているということを示している。
誰も来ないことを祈りたい、赤司とこんな、屋上に繋がる廊下の踊り場で、2人きりで、なんてとんでもないことだ。
いろいろな勘違いを生みそうだし、様々な憶測が飛び交いそうだし、嫌な噂が流されるかもしれない。

「じゃあ、友達からでどうだろうか」
「それって今と変わらないよね」
「…そうだな」

目の前の赤い麗人は、私以外の他者に向ける冷静さを持って私に話しかける。
先ほどまで私に向けていたあの気恥ずかしいような初々しい視線とは違う。
まだ戸惑ってはいるようだけど、でも、本気になったのだろうことがひしひしと伝わる。

「私、メールとかあんまりしないけどアドレス交換してみる?」
「いいのか?」
「うん。番号も教えておくけど…ご存知の通り、私あんまり話し上手じゃないよ」
「構わないよ。ありがとう」

ポケットにあったルーズリーフの切れ端にアドレスを書いて渡すと、嬉しそうにそれを受け取った。
恋をしている人は可愛くなるというけど、それは男女関係なく起こる事象らしい。

赤司くんは自分の携帯を取り出して、私のアドレスをその場で登録し始めた。
慣れたように携帯をフリックする指は、よどみなく動く。

「俺の番号とアドレスも送っておいたから」
「うん、届いた。登録するね」

メールにはシンプルにアドレスと番号、定型文が乗っていた。
それらをアドレス帳に登録した。
私のアドレス帳に貴重な友人が登録された。

さて、アドレスは交換したが、私は本当にメールをしない。
用事がない限り、こちらから連絡する必要性が無いからだ。
他の女子は他愛のない話題、例えば何してる?とか○○テレビみてる?とか連絡し合うらしい。
何してようが人の勝手だし、それを知りたいとも思わない。
ただ、それらを削るとメールなんてしようがない。

「メールって普段何してる?」
「送られてくるのがほとんどだな。でも、緑間とかとは好きな本の話とかする」
「あー、なるほど。趣味の話」
「あまり気を張ることでもないよ。話をするように短文でもいいのがメールのよさだから」

なるほど、そういえばメールの内容なんて1文くらいだ。
私だってお母さんにメールする内容は“夕飯いる?”とかその程度である。
友人間でもそれは変わらない、“○○って本読んだ?”と話しを振るだけで、きっと赤司くんはうまく返してくれることだろう。

なんとなくメールができるような気がしてきたから、赤司くんはすごい。
落ち着いた状態で物事考えているとき、彼は問題なく天才である。
私相手の場合、彼は冷静さを欠いていたのだろう、ついでに客観性も。
対象を見ることに夢中になり、近づくことにいっぱいいっぱいになり、話しかける時もどこかふわふわして。
だから会話の中で告白してしまうなんてポカミスを犯した。
恋というのは恐ろしいものである、なんたってあの赤司征十郎から冷静さと客観性を奪わせるのであるから。
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