06.雨宿り
雨に降られた。
天気予報では降水確率は0%といわれていたのに、結構な雨量である。
現在時刻は下校時刻をとうに過ぎており、人はいない。

普段なら部活の仲間と雨が降るなんて聞いていないという話で盛り上がるだろう。
しかし、今日は期末テストの1週間前であり、部活は全面停止。
俺は委員会の仕事があり、1人残っていたためにこんな目にあっている。
いい加減、頼まれごとを断ることもすべきだとそう思った。
いや、断ってはいるがいかんせん頼まれる率が高すぎるのである。

さて、どうしたものだろうか。
雨脚は強く、止む気配はない。
大粒の雨が屋根を叩く音が煩いくらいだ。
職員室にいって、忘れ物の傘を借りてこようか。

いつまでも玄関にいても仕方がない、時間の無駄だ。
ベールが掛かったように見える外の景色は、当分変わりそうにないのだから。
億劫だが、職員室に行こう。

「…赤司くん?」
「苗字さん、どうしたんだ、こんな時間に」
「忘れ物を取りに」

変わらないと思っていた外の景色に、ぽつりと白い影が浮かんだ。
赤い傘を携えた白い影は、苗字さんだった。
彼女もまた俺の姿に驚いたらしく、玄関の中に入らず、雨の降る外に立ったままだった。

用事を聞きつつ、俺が一歩後ずさって苗字さんを中にいれた。
苗字さんは赤い傘を丁寧に閉じて、手が濡れるのも躊躇わず、留め具で綺麗に傘をまとめた。
スクールバックとは違う、小さなトートバックからハンカチを取り出して手と肩を軽く拭いて、こちらをそっと見た。
黒い瞳が、じっとこちらを見た。

「赤司くんはここで何を?」
「ああ、雨が降るとは思っていなかったから足止めを食らっているんだ」
「突然降ってきたからね」
「俺も行くよ。職員室に用があるから」

苗字さんは下駄箱にローファーを入れずに、その場に放置した。
上履きを履く気もないらしく、白い靴下が汚れるのも気にせず、廊下に向かった。
面倒くさいのだろう。

苗字さんはちらりと俺の方を振り返って、すぐに前を向いた。
特に問題はないらしい。

「忘れ物はなんだ?」
「数学のノート。今日、課題あるから」
「ああ…どちらにしてもテスト期間だしな」
「まあ、テスト期間ってだけなら別の科目やればいいだけなんだけど」

前を歩いていた苗字さんの隣に追いついて、ようやく話ができた。
苗字さんは横に並んだ俺をちらとだけ見て、すぐに前を向いてしまった。
少しだけ濡れた毛先は、苗字さんが歩くたびに跳ねていた。

苗字さんは学年順位10位内をうろうろしている。
5位以内には滅多に入らないが、10位から下にいることもない。
そうすることは逆に難しいような気がするのは俺だけだろうか。
ともかく、苗字さんは課題のため、成績のためにわざわざ学校に忘れ物を取りに来たらしい。
どことなく浮世離れした印象が、少し崩れた。

「数学の先生、うるさいから」
「升田か…確かにな」

数学の教師は俺のクラスと苗字さんのクラス、どちらも同じである。
升田という若い教師で、数学とは関係のない話を頻繁に持ち出す癖がある。
それを楽しみにしている生徒もいるが、俺はそうでもない。
また、升田は提出課題に煩い。

持ってくるのは当たり前のことなのだが、提出された課題に不備があるとネチネチと小言を言うのである。
今日の課題の出来がどうとか、提出率がどうとか…いいから授業を始めろと何度思うことか。
升田は同じ話を繰り返す癖があり無駄が多いから、面倒事や煩いことが嫌いな苗字さんは嫌がりそうである。

「…どうでもいいんだけど」
「うん」
「増田って苗字、数学にぴったり。数学のマス、四則演算の加法、正方形4つ」

非常にどうでもいいが、苗字さんは升田の漢字を増田だと勘違いしているらしい。
増ではなく升なので、正確には加法ではなく油分け算であるが、まあそれはいい。

苗字さんは自分で言ってちょっと可笑しかったのか、くすくすと笑っていた。
笑いのツボがいまいちわからないが、全く問題ない。
貴重な苗字さんの笑顔が見られたのだから。
唇に寄せられた掌の白さ、優しく細められた瞳。
普段、表情の変化が乏しい苗字さんだからこそ、とても眩しく見える。

これは升田と数学に感謝である。
ああ、最近いろんな人に感謝をしている気がする。
いいことだな。

「私、ノート取ってくるから」
「ああ、待ってるよ」
「…?職員室は」
「あとでいい」

教室のある廊下につくと、苗字さんが少しだけ速足で2組のほうへと向かって行った。
待っていると答えると、苗字さんは振り返って不思議そうに俺を見た。
言うか言わないか迷ったが、たぶん、教室には鍵がかかっていると思うのだ。
今日は部活もなく、下校時刻もすでに過ぎているから、当直の先生がカギをしている可能性が高い。
そうなると結局、職員室に行かなければならなくなる。

案の定鍵がかかっていたらしく、苗字さんはすぐに戻ってきた。

「わかってたでしょ、赤司くん」
「開いてる可能性も無きにしも非ずだったからな」

恨みがましそうにそういうが、開いている可能性もあったから確認の必要はあったと思いたい。
苗字さんとともに、暗い廊下を歩く。
渡り廊下を渡って、職員室のある棟に向かった。
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