三月兎
どうして俺がこの場に立ち会っているのかといえば、ただ単に証の護衛として最も適しているからという理由に尽きる。
まあ、地黒で背も高いから、見る人によれば護衛に見えるのかもしれない。
サングラス越しの暗い視界の中で、笑みを浮かべた白衣の男が口を開いた。

「それで、君は何がしたいのかな?」

あの笑みは本当に嫌な感じがする。
テツや黄瀬が言っていた、裏社会の人間。
俺は裏社会なんて知りもしなかったが、なるほどこれは関わりたくない。
テツが逃げようとするのもうなづけるし、黄瀬が敵に回したくないというのもうなづける。
今になって、赤司のやばさがちょっとわかった気がする。
本当に敵に回してはいけない人間はいるのだ。

とはいえ、俺は赤司の後ろに立っているだけだ。
そして、名前さんは今日も今日とて遅刻である。

「だいたい、僕はしっかりと時間を指定しているはずなんだけれどね。決まった時間以外には時間を割かないけど。このままだんまりかい?」

赤司は時間の10分前には、指定されたホテルの一室に到着していた。
そして、時間ぴったり…本当に寸分の狂いもなく、ぴったりにこの男はやってきた。

その男は赤司の対応をずっとしているらしい。
といっても2.3回くらいらしいが、赤司はよくこいつの目の前で話ができるものだ。
俺なら出来ない、少なくとも今だって俺は口を開けずにいる。

俺の事はさておき、名前さんが来ない。
赤司は何を考えているのか分からないが、男に挨拶をし、その後助っ人がいるという話だけしてだんまりを決め込んでいる。
下手な事を言えば、そこに付け入られるとか、そういうことが有るのだろうか。
とにかくあの遅刻している幼馴染が来ない事にはどうにもなら無いらしい。

待ち合わせの時刻から15分、…もっと長かったように思えるが、その頃になってようやく名前さんはやってきた。
コール音がどれだけ俺の心に安息をもたらしたかは、誰にも分かるまい。
コールに対応したのは赤司で、兎吊木は特にそれに関して興味を持っていないようだった。
しかし、扉から出てきた名前さんに対しては、大きな反応を見せた。


「こんにちは、遅れました…ってあれ、垓輔さんだったんですか」
「…なんでお前が助太刀に来てる?」

今回、名前さんはシックな黒いワンピースにヒールのないバレリーナシューズのようなものを合わせていた。
前回はラフなTシャツ型のワンピースにカーディガンだったので、今回はちゃんと話に来たのだという事が伺えた。
そして何より、名前さんの後ろには背の高い男がひとり佇み、兎吊木に睨みを利かせていた。
この男もまた、不思議な雰囲気をまとっている。
兎吊木は不気味、という言葉がしっくりとくるが、この男は単純に怖い。

無愛想であるとか、体格であるとか、そういう点におけるものではない。
ただ、ただ、怖い。
恐らく非常に強い人間なのだろうと思う。
名前さんはその男の前でケロッとして、兎吊木の質問に答えていた。

「恩人の友達の頼みだからね」
「ほぼ他人だな」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか、垓輔さん。自分以外はみんな他人ですよ」

にこにこと笑ったまま、名前さんは赤司の隣に座った。
赤司の後ろに立っている俺の隣に、名前さんが連れてきた男が立った。
隣に立たれるだけで、ぞわっとする人間なんて初めてだ。

男はちらとも俺を見ないし、赤司の方も見ない。
ただ、兎吊木のほうを睨んでいる。

「大体、何で式岸がいるんだ」
「お前みたいな変態のところに名前さんひとりで行かせるわけないだろ」
「あれ、きいさん、垓輔さんがいるって知ってたの?」
「日中が忠告をくれたからな」

分からない話がトントンと進んでいく。
赤司も少々困惑気味ではある。
分かったことは、俺の隣にいる男が式岸という名であり、名前さん、兎吊木、式岸は面識がある。
また、日中という人物が名前だけ出てきた。
俺にはもうさっぱりわからない。

名前さんはきょとんとした様子で俺の隣の式岸を仰ぎ見た。
式岸は、名前さんの額を小突き、前を向かせた。
どうやらこの2人はかなり仲がいいらしいことだけは分かった。
そして兎吊木というやつが変態であると評価されるということも。
しかし、そんなことはどうでもいい。

「で、名前さんは何しにきたんだい?」
「赤司くんを許してもらおうと思って」
「無理だね。謝る相手すらわかってないのに、どうして許される?」

さて、赤司は前途多難な模様だ。
そもそも、問題を起こしたのは赤司ではないというし、謝る相手も手探り状態。
俺から言わせて貰えば、手探り状態のままで行動するのはどうかと思うんだが、赤司のことだ、それくらい考えていただろう。
考えた上で行動した方がいいと判断したのだろう。
そうだとすると、赤司が相当焦っている事は分かる。
焦った赤司がいろいろと間違いを犯していると考えることは、自然だ。

最初から間違えだらけだったわけだが、また間違いが出てきたらしい。
これ、赤司ひとりで動いていたら大変な事になってただろうな。

「あれ、友ちゃんじゃないの?」
「彼女が何か言われて怒るのは彼女じゃない」
「あー…それは確かに。となると、いーさんか。なるほど、それで終止ご機嫌斜めなんだ、兎吊木さん」

今更だが、本当についていけない。
また知らない人が出てきた。
赤司をちらと見たが、わかっていないようだ。
ただ、兎吊木をじっと見ている。

「いーさんなら何とかなるかな…?私、あんまり面識無いけど」
「あいつは何も無いぞ」
「何も無くても何か有ると思いますので。じゃ、兎吊木さん、ありがとうございました」

名前さんが楽しそうにそういってソファーを立った。
隣で戸惑っている赤司の手を引き、ちらっとこちらを見て。
爛漫という言葉が似合うような笑顔で、部屋のドアに向かった。


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