赤の苦悩
俺がテツヤから連絡を受けたのは、ちょうど3日前の今頃。
そのときもテツヤと涼太、大輝の3人で飲んでいたらしい。
今日は、そのメンバーに加え、俺と真太郎が加わっていた。
敦ははずせない用事があると欠席している。

「今回集まってもらったのは他でもない、俺の不始末のせいだ。申し訳ない」

そう、今回、過去にキセキと呼ばれた仲間が集まったのは、俺のせいである。
赤司家が独断で玖渚に喧嘩を売ったというのは、今や裏社会では有名な話である。
誰もがその話を聞くと、馬鹿なことを、と嘲る話題である。
酒のつまみにはもってこいだろう。

しかし、一つ言わせて貰えば、まあいいわけであるが、俺が売ったわけではない。
喧嘩を売ったのは、赤司家の頭首である父であり、そこから独立している俺はノータッチだった。
事後連絡のみ受けて、愕然としたのだ。
なんて馬鹿なことを、と息子の俺ですら思うのに、父はその時全く意に介していなかった。
理由は、相手が若いから。
あほらしすぎて、絶縁すら考えた。
しかし、母のいた家を捨てるわけにも行かず、結局俺だけが尻拭いに奔走しているのである。

尻拭いに奔走していた俺に連絡をくれたのがテツヤ率いる3人組だった。
裏社会の事を知らないと思っていたのだが、テツヤと涼太は関係があったらしく、そこから心配して動いていてくれたらしい。
持つべきものは名誉でも地位でも金でもなく、信頼できる友であると、心の底から思った。

「おー気にすんな。よくわかんねーけど」
「青峰はなんでいるのだよ」
「それが、青峰くんが今回のキーパーソンなんですよ」

重苦しいのはあまりよくないとは思っていたが、大輝は軽すぎだ。
1人食事を楽しんでいる模様である。
悪いことではないし、俺は気にしないが、真太郎の気に障ったらしい。

怪訝そうに大輝を見る真太郎に対し、テツヤが困ったようにそういった。
曰く、大輝は裏社会を全く知らないがキーパーソンらしい。

どういうことかと問い詰めると、テツヤも首をかしげた。

「それが、青峰っちの幼馴染が裏社会で顔を利かせてるらしくて…」
「そうなのか?」
「俺は知らないけどな。ま、あいつが言うならそうなんだろ」
「いったいどういうことなのだよ」

真太郎は機嫌を悪くするばかりだ。
気持ちはわからないこともない、何の為に集められたのかが明確にならないのは気になる。

あいつ、というのが大輝の幼馴染というわけなのだろうが、その人を知らない俺らから言わせれば信憑性にかける。
そして、その人はどうやら遅刻してくるらしい。
ますます真太郎の機嫌が悪くなる。
話が話なので個室の食事処を取ったのが間違いだったか、少々空気は悪い。

どうしたものか、と思っていると店員がやってきた。
どうやら遅刻していた大輝の友人がやってきたらしい。

「送れてごめんなさい、初めまして」
「おー、名前さん!久しぶりだな」
「大輝くん、久しぶり。遅れてごめんね、ちょっと前の仕事が長引いちゃって」

店員に入れるように指示すると、その後ろから小柄な女性が顔を出した。
年齢は俺たちと同じくらい…まあ大輝の幼馴染なのだし、同い年の可能性が高い。
ただ、年齢の割には童顔で背も低いため、年下に見える。

名前さん、と呼ばれた女性はまず全員に向けて軽く頭を下げ、謝罪した。
この動作だけでかなりまともな人間であることが伺える。
今までこういった一般的な所作でさえ行わないような人々との話し合いが続いたから、少しほっとした。
ほっとしたと同時に、この女性が一体なんの力になるのかと不安にも思った。

女性は大輝を見るとぱっと傍によって、嬉しそうに笑った。
本当に20代相応の女性のようだ。
大輝の隣に座って、女性はこちらを見た。

「ええと、自己紹介から入ったほうがいいかな?胡苗字さん名前さんと言います」
「赤司征十郎だ。今回はわざわざ来てもらってすまない」
「いえいえ、お礼は私じゃなくて大輝君に。はっきりいって、大輝君に呼ばれなかったら、私来なかったから」

名前さんはそういって、にっこり笑ってみせた。
今までの愛想のいい笑みとは違う、どこか狂気を感じる笑みに内心、ぞっとした。
父と共に行った玖渚の家のものとよく似た笑みだった。
彼女は裏社会の人間なのだとよく分かった。

さて、彼女に恐れおののいている場合ではない。
せっかく来てもらえたのだから、話だけでも聞いてもらうとしよう。
名前さんがこの部屋に来る前に注文していたらしい飲み物が手元に届いてから、話を始めた。

「それで、玖渚機関のことなんだが」
「うん。話はちょっと聞いたけど…赤司くんだけなら何とかなるかも」

いったい誰から話を聞いたのだろうか。
少なくとも俺はこの話を実家以外でしていない。
テツヤたちが調べたとはいえ、詳しくは知らないだろう。

俺が黙っていると、名前さんは首をかしげた。

「どうかした?」
「いや…誰からその話を?」
「君のお父さんがヘマしでかした時に傍にいた同僚からだよ」
「ちょ、ちょっと待って、それって」

黄瀬がぎょっとした様子で口を挟んだ。
俺の目の前にいるテツヤも少々困惑気味で名前さんを見ていた。
名前さんはその様子をおかしそうに見ていた。

「私、一応玖渚の技術畑の人間だから。まあ立会いとかは別の同僚がやるけど…ほら、私が立ってても何も怖くないでしょ」

玖渚の技術畑、というとその種類は多くある。
しかし、俺の父が玖渚に喧嘩を売った相手は玖渚直という、玖渚家当主である。
喧嘩を売った父は謝りに行くべく、玖渚家の本家へといったらしい。
今思えば通してもらえた事が奇跡に近かった。
そこで話し合いがもたれたらしいが、決裂したという話を聞いている。
その場の話し合いに立ち会っていた人が同僚と考えると、幹部に非常に近い人間であると言える。

玖渚における技術畑のトップは、当主の妹が管轄する直属の技術者集団だ。
まさか、と思い聞いてみると、どうやらそこに配属されているらしい。

「というか、赤司くんは直様に喧嘩を売ったと思ってる?」
「違うのか?」
「間違ってはいないけど…真相は違う。直様の前で友ちゃんを貶めるような発言をしたんだって。だからそもそも赤司くん、謝る相手が違うかな」
「…初耳だな」

父はそのような話をいっさいしなかった。
もうはっきり言って、あの人のために俺が奔走するのも無駄な気がするくらいだ。

目の前の名前さんは話し終えるとグラスを傾けた。
意外と酒豪らしく、おかわりを頼んで、ぱくぱくと食事を取っている。
こうしてみれば普通の女性なのだが、人は見かけによらない。

さて、名前さんの観察は置いておいて。
喧嘩を売った相手を間違えて謝罪をしていたという点については、大問題だ。
失礼どころの話ではない、忙しい中時間を割いてくれている相手方に対しての侮辱に近い。
ここからどう巻き返すのか、という問題がある。
名前さんは上の人間に話をつけてくれるといっていたが、どうなのだろうか。

「名前さん、次の会談が来週なんだが…」
「ああ、うん。付いていくよ。誰がくるのかなあ…、ちょっと楽しみかも」

名前さんはのんきなものである。
こちらとしては、人生が掛かっているといっても過言ではない状況で、あまりに状況が悪すぎて逆に冷静になるくらいなのに。
やはり暮らしている世界が違うと、こうも違うのか。

まるで空を飛ぶ鳥を地べたから見ているかのような気分になる。
こちらは全力で前に進んでいるのに、鳥はそれをあっという間に抜かしていく。
内包する感情は、羨望と虚無感と嫉妬、だろうか。
上には上がいる、社会に出てからそれをよく痛感する。

まあ、そんなところを気にしていても仕方が無い。
とにかく自分に出来る事を出来る限りやって、最善を尽くすのみだ。
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