青の友人
俺がその話を聞いたとき、何の話かちんぷんかんぷんだった。
いや、裏の世界とか噂でしかないと思ってた、普通に。

「とりあえず赤司がやばいって事だけはわかった」
「…1時間説明してそれだけですか」
「いや、俺そっちの世界?ってやつなんも知らねえし」

テツがあきれたようにそういったが、一般人から言わせてもらえば全く身近じゃない上に見たことも無い脅威に対してどのような反応をすればよかったのか問いたい。
俺は手元にあったグラスを一気に煽った。

テツと黄瀬が合いたいといってきたのには驚いた。
ここ最近そういった話もなく、会うのは…いつぶりだ?
前回いつ会ったのか思い出せないくらいだ。
そんな中、テツはともかく、売れっ子の黄瀬まで集まったのだから、確かに何かやばいのかもしれない。
普段ヘラヘラしてる黄瀬すら、少々怯え気味だし。

とはいえ、俺にできることはそうない。
こいつらが俺に何を期待して話してきたのかはわからないが、あいにく、そちらの世界とやらも知らないのだから。

「青峰っちならこっちのこと知ってるかと思ったんすけど…」
「スポーツに興味ないんじゃね?そっちのやつら」
「…ありえますね。身体能力に関しては人間じゃないような人たちの巣窟だったりしますし」

黄瀬が言ったのなら冗談だろうと笑い飛ばすところだが、言ったのはテツ。
テツは冗談嫌いだから、マジなんだろな。
悟りきったような遠い目が更に信憑性を増している。

ともかく、俺は手伝えそうにない。
赤司の事に関しては何とかしてやりたいが、この様子だと俺に出来る事は少なさそうだ。

「わけわかんねー話だな」
「まあ、そうっすよね」

黄瀬が困ったようにそう笑って言った。
俺ははっとした。
自分で言っておいて、その言葉にデジャヴを感じた。
“わけのわからないこと”そう、どこかで聞いた言葉だ、誰かから聞いた。
“わけのわからないことがあったら、連絡してね”?

いつだったか、相当前のことだ。
こいつらに会うよりもずっと昔の…。

「青峰くん?」

青峰くん、じゃなかった。
あいつは俺をそういう風には呼んでいなかった。
さつきが呼ぶような馴れ馴れしい感じでもない。
でも、余所余所しいわけでもなく、ちょうどいい距離感の呼び名だった。
多分、大輝くん、だったと思う。

そう、桃井と同じ、女子だ。
何で忘れていたんだ、今まで。

「なあ、ダメ元で試したい事がある」

“大輝くん、もし君が理不尽でわけわからないことに巻き込まれたら、連絡してね”
そうだ、確かあいつはそんな事を言っていた。
俺はその時、「今がそのわけわからないときだ」って思ったっけな。
今まで、そこまで“わけのわからないこと”には遭遇しなかった。
常識の範疇外の事は起こらなかったのだ。
今が、その時なのではないかと俺は直感した。

俺に出来る事はきっとこれくらいだ。
携帯のアドレス帳の中から、今までずっと使ってこなかったアドレスを開いた。
…苗字さん名前さん、あいつ、生きてるんだかな。

「ダメ元って…」
「昔の幼馴染にさ、言われたんだよ。理不尽でわけわかんねーことに巻き込まれたら連絡よこせって」
「昔って、いつの話ですか?」
「小学生の頃」
「…ダメ元どころの話じゃないっすよ」

まあ、普通に考えればそうだよな。
でも俺には変な確信があった、あいつならなんとかするんじゃないかって。
今思えば、名前さんは妙に大人びていて、そして冗談好きなやつだった。
だけど、冗談と本気の境界線のハッキリしたやつだった。

俺にあの話をした時の名前さんは、本気だった。
笑ってはいたが、本気の目だった。
例えるなら、ゾーンに入ったやつの目、真剣さと冷静さを帯びた野性的な目。
ああ、これは信じざるを得ないとガキながらそう思った。
疑いようがないし、疑うのが怖いくらい本気だった。
まあ、そんな感じのやつだ。

店員が新しい飲み物を持ってテーブルにやってきたので、その辺の話はカットするが。


「簡単に俺と苗字さん名前さんについての説明しとくか」

新しいグラスが手元に来た所で、昔話を持ち出した。
さつきも知らない、俺の幼馴染の話だ。



苗字さん名前さん、というのは俺が小学生の時のご近所さんだった。
うちの斜め後ろの3階建てのアパートの3階の角部屋に住んでいるようだった。
俺の部屋から、ちょうどそのアパートの一室の窓が見えた。
その窓は、昼間でも真っ黒なカーテンで覆われていて、何も見えない。
だが、夜になるとそのカーテンがちらっと空いて、女子が外を眺めるのだ。

俺はその様子をよく見ていた。
そのうち、向こうも俺に気づくようになった。
ただ、家とアパートは若干の距離があり、大声を出さなければ会話は出来ない。
夜中にそんなことすれば、親にばれるから、ときどき手を振ったりする程度だった。

確か、小学3年のころだったか、あいつと俺は同じクラスになった。
教室で会ったからわかったんじゃなくて、不登校だったあいつの家にプリントを届けるという状況になってようやくわかった。
その時名前も知った、苗字さん名前さんという名前だった。
家が近いから、その後もよくプリントを届けにいった。

“ありがとね、大輝くん”

いつもそういって、不器用に笑っていたと思う。
夕暮れ時で、西日が差し込むアパートのぼろい廊下で。
いつも出てくるのは名前さんで両親は見たことが無かった。

…あの時だけ、俺は名前さんの両親を見た。
自殺した両親の首吊り死体だけ。


「…首吊りですか、それは過激ですね」
「初めてカウンセリングってのやったな〜あんとき」
「小学生で首吊り見るとかトラウマもんっすよ…」
「未だにトラウマだっての」

ドラマとかでそういう描写を見ると、未だにぞくっとする。
名前さんの両親が自殺したのは、小学校6年の時。
名前さん本人が発見し、慌ててうちに飛び込んできたのだ。
そのときうちの両親が出払っていて、俺が見に行ったのが運のつき。
その後親にこっぴどく叱られ、心配もされた。

名前さんはといえば、スーツを着た若い男に連れられて、引っ越していった。
別れるときに、あの言葉とアドレスと電話番号の書かれたメモを渡された。
すぐに登録するように、そして登録したら捨てるようにと言われて、言うとおりにした。
今思えば、面倒くさがりの俺が言うとおりにしたのは奇跡だ。
逆に言えば、名前さんにはその奇跡を起こすだけの力があったということだ。

「ま、そんなわけで、そいつに連絡してみよう」
「大丈夫っすかね、それ」
「まあ、わからない人なら話してもわからないと思いますし」

黄瀬とテツは共に期待していないようだ。
俺だって期待しているわけじゃない、だけど、いけそうな気もしてる。

俺は、いまだかつて押した事の無い、名前さんの番号を押した。
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