Pr.探偵と大泥棒
その後は、淡々と事務内容の書類をそちらに届けるから、という話をして、お開きになった。
玖渚友といーさんが先に部屋を出て、日中や兎吊木、名前さんと式岸たちだけ残った。

「ついてかなくていいんすか」
「君は夫婦で仲睦まじく帰っていく上司についてく人間なのか、そうかそうか。それは空気が読めないことだ」

俺が気になって声をかけたら、兎吊木が厭味ったらしく答えた。
どうやら彼はこの会議を通して苛立っているらしい。
その後ろの女、日中がニヤニヤとその様子を眺めている。
どうやら、彼が苛立っているのが楽しくて仕方ないらしい。
彼女もまた、そういう性格なのだろう。

ソファーに座っていた名前さんは、ただワインを飲み、ぼんやりしていた。
会議の途中から、ずっとそのような状態だった。

「名前さん?」
「何?」
「どうした?」
「…疲れたの。たくさん人がいるところって、疲れる」

どうやら会議の雰囲気に疲れてしまったらしい。
多分それだけではないのだと思うが、深くは聞かなかった。
俺の知らない時間を過ごした名前さんは、俺の知らない成長を遂げているのだろう。
あまりそこは踏み込まないほうがいいように感じた。

「名前さん、間を取り持ってくれて本当にありがとう」
「…いいえ。私がやるって決めたことだから。お礼は、大輝君に」

話すことももう辛いらしい。
声には覇気がなく、瞳は伏せがち。

その様子を見ていた式岸が、名前さんを労わるように後ろから頬を撫でた。
名前さんはその手に縋るように、頬を寄せる。
どうやら2人はそう言う仲らしい。

「まあ、名前さんがこれだけオフラインで頑張るのも珍しいわね。疲れているなら、家に帰って休みなさいな。お礼とかそう言うのはあとでも十分でしょ」
「ありがと、ひいさん」
「式岸、言うまでもないけどちゃんと見てやんなさいよ」
「わかってる」

オフライン、というのは普通の外のことだろうか。
オンラインがネット上を指すなら、きっとそうだろう。
小学校時代、というか幼少期から生粋の引きこもりである名前さんにとって、外の世界は疲れることばかりのようだ。
普通なら考えられないことだが、名前さんだとそうなのかもしれない。
家の中にいるよりも、刺激が多いから。

ふらふらと立ち上がった名前さんを、式岸は軽々と抱き上げた。
いつもの名前さんなら、笑い飛ばした後に降ろすように言うような場面だが、何も言わず無抵抗でそれを受け入れた。

「それじゃあ、大輝くん、赤司くん、お疲れさま。あとは事務手続きだけだから、頑張ってね」
「ああ、本当にありがとう。体調がよくなったころに、改めてお礼させてくれ」
「お礼はおいしい中華のお店がいいな」
「わかった。おだいじに」
「また連絡すんわ」
「はーい」

名前さんはいつも通りのヘラリとした笑いを浮かべて、ひらひらと手を振った。
2人が出ていったのちに、日中が口を開く。

「じゃ、これでお開きってことで。お疲れさん」
「ありがとうございました」
「私何もしてないんだけど。君のお礼はそんなに軽いものなのかな?」
「…立ち合いをしていただいたお礼ですよ。父と俺の二度にわたって」
「うまいこというねえ、でもそれならごめんなさいじゃない?こんな面倒な立会いさせて」

赤司はそれに対して、手厳しいことで、とだけ返した。
謝る気はないらしい。
まあ謝ったところで、また何か嫌味を言われるだけだろうことは俺にもわかった。

「さー帰るかね」
「…おい待て、お前俺に渡すものがあるだろ」
「欲しけりゃ、家まで取りに来な」

日中が大きく伸びをして、そういったのを皮切りに、兎吊木も帰る体制に入った。
兎吊木が不機嫌そうに日中に話しかけたが、さらりと流されていた。
今まで苦戦していた、怖いと思った兎吊木の情けない姿に少しだけ気が晴れたのはここだけの話だ。



「という話らしいですわ、ディアマイフレンド」
「…どうして話の顛末を小唄さんが知っているんです?」
「こっちにも伝手がありましてよ」

赤司くんから、何とか無事事が済んだと聞いたのは、3日ほど前のこと。
集まろうとしたのだが、青峰君が仕事をサボりすぎて怒られたため集まれずにいたのだ。
今まで協力してくれた僕らにはきちんと顛末を伝えておきたい、と電話越しに言われた。
会いにいくといったのだが、断られた。
どうやら家のことでごたごたしていて、酷い状態なのだという。

家が半分、玖渚に持って行かれるだけで済んだ、という話だけを聞かされていた僕は、それより詳しい内部情報も含めた小唄さんの話に驚いた。
この人の本業は情報屋ではなくて泥棒のはずなのに。

「ふふ、いーさんとはちょっとした知り合いですの」
「それ、もっと早くいってください…」
「いーさんが原因だなんて最初は知らなかったでしょう、ディアマイフレンド?」
「そりゃそうですけどね」

最初は玖渚機関に、としか聞いていなかったから仕方がない。
それはそうなのだが、この人のことだからその時点で原因がいーさんにあると知っていたのではないかと思うのだ。
愉快犯的な感じがしてならない。

まあ、解決したのだから終わりよければ、だ。
長い足を優雅に組んで、ソーサーを持ち、紅茶を飲む小唄さんはどこか楽しそうだった。

「そういえば、ディアマイフレンド。あなたのお友達を調べてみたのですけど」
「はあ」
「あなた、とっても面白い人とお付き合いなさっているのね」

…そうだろうか。
間違いなく小唄さんよりは普通の友人しかいないと思うのだが、

ただ、今回の青峰君のような事例もあるし、ここ数年で人間関係が変化している人がいるかもしれない。
黄瀬君だって、気が付いたら折神家とのつながりなんて作っていた。
今回集まらなかった他のキセキ…緑間君と紫原君に関してもそのようなことがあるかもしれない。
…にしても、僕の人間関係を調べるなんて、小唄さんは暇なのだろうか。

このご時世、泥棒というのは暇な職業なのかもしれない。
捕まらなければ、または、捕まえようとする人がいなければ。

「気になりまして?」
「…どちらかといえば」

気になるかならないかで言えば、断然気になる。
緑間君と紫原君は、もともとそこまで仲が良くなかったこともあり、今どのような仕事についているのかということくらいしか知らない。
しかもそれも、人伝に聞いた話だ。
どこに住んでいるのかも不明なのである。

小唄さんは僕の回答に、血色のいい唇を歪ませた。

「ディアマイフレンド、あなた、本当に矛盾しておりますわね、最高に愉快ですわ」
「…なんとでも」

僕はもう裏社会には関わらないとあれだけ決めたはずなのに。
ちょっと触れただけで、もう欲しくなっている。
裏社会は怖いところだ、それはわかっている。
だがそれ以上のスリルが伴うことも知っている。

ジェットコースターに乗るときの気持ちに似ているような気もするが、それにたとえるなら安全装置なしのそれといった方が正確だろう。
ハイリスクハイリターン、ただしリターンは決していいものとは限らない。

「あなたのお友達、お1人は殺し名と、もうお1人はいーさんと付き合いがあるようでしたわ」
「…うわ、それは」
「どちらも直接、しかも、それなりの仲のようですの。さ、どちらから聞きます?」

想像がつかない。
緑間君は医者に、紫原君はパティシエになっていたはずなのだが。
それがどうしてこうなったのか。

小唄さんは、手に持って居たティーカップとソーサーをガラスのテーブルに戻した。
紅茶で少し濡れた唇が、さあ、どうしますの?と動く。

「…じゃあ、殺し名と関わっている人のほうから」
「了解しましたわ、ディアマイフレンド。緑間真太郎の方ですわね」

…緑間君だったか。
それにしてもとんでもない人間と付き合っているものだ。
医者という職業柄、裏社会に引っ張り込まれる可能性は低くないのかもしれない。
特に殺し名はその名の通り、殺しを生業にしていたり生甲斐にしていたりする家が揃っている。
怪我は付き物なので、医者も付き物となる。
一応、殺し名とついになる存在、呪い名に医者一族もいるが、そもそも見つけるのが難しい。

そうなると一般人の闇医者というのは、意外に需要があるのかもしれない。
…やろうと思う人は少ないと思うが。

「では、緑間真太郎の話をいたしますわね」

小唄さんの話すことが本当であるかは、はっきり言って、謎だ。
平然と嘘をつく人であるということを知っている。
だからこそ、面白いとも思うのだけど。

僕はティーポットから自分用の紅茶を注いで、小唄さんの物語に耳を傾けた。
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