穴に飛び込む
電話はツーコールだけ機械的な音を放ち、その後すぐに高い女の声に変わった。

『わあ、もしもし?大輝くん?』
「よ、久しぶり、名前さん」
『わー、すごい。本当に掛かってきた!』

電話越しの声は、少しだけ子供っぽく聞こえた。
あれから10年以上経っているわけだが、なぜ子供っぽくなっているのか。
そこは大人びるところだろうが。

だが、10年ぶりとは思えないほど、自然な感じだった。

『私にかけてきたってことは、わけがわからないことに巻き込まれたの?』
「おう、巻き込まれたってか…俺のダチがよく分からないことになってて、その力になれないかって話」
『世はそれを巻き込まれたって言うんだと思うけど』

意地悪そうな口調は、昔の無口な名前さんのイメージを一新させた。
でも考えてみれば、昔からパソコンの明りを使って影絵を作り、幽霊だと思い込ませてきたこともある。
小学生のいたずらにしては手の込んだもので、すっかり俺は騙されて魘されたものだ…いや、それはいい。

名前さんはわけのわからないことの詳細を聞いてきた。
俺の理解できた範囲で話をしたのだが、名前さんにはきちんと伝わったらしい。

『その赤司くんって友達を助けたいんだね?』
「おう、中学からの仲間なんだ」
『その人に連絡は取れる?次、いつ玖渚の関係者と会うのか聞いて、それからかな。それに私も同行するから』
「お前も来んの?」

えっ、と今まで無言だったテツが声を漏らした。
隣の黄瀬も驚いているようで、どういうことなのか、とテツと話し合っている。
俺としては10年近く会っていない幼馴染の話を鵜呑みにし、一度の顔あわせも無いままに同行するというその軽薄さに少々腹が立った。
腹が立ったといっても、怒鳴るとかそういうのではなく、友人として無警戒すぎやしないかと注意したいというような気持ちだ。

こちらの意図など伝わっていないのか、それとも興味が無いのか、どちらかはわからないが、名前さんはあっさりと、うん、と返してきた。

『恐らく、赤司くん?が会ってるのは、怒らせた本人じゃない。それどころか、親類の可能性すら危ういよ。多分、もっと下の人。そこから上の人に掛け合うのだって大変なんだから。私はそれを手伝うんだよ。あとは、赤司くん次第じゃない?』

なるほど、赤司は相当立場の高い人に喧嘩を売ったのか。
名前さんの言う事は確かに納得がいく。
しかし、その立場の高い人に掛け合えるとは、一体名前さんはどんな出世をしたのか。

『ま、そういうことだから、赤司くんに話を聞いてみてね。日程がわかったら連絡して。私、基本的に相変わらず引き籠もってるから電話はいつでも出るよ〜』
「名前さん、お前まだ引き籠もってんのか」
『便利な世の中だよね、引き籠もっててもそれなりに仕事があるんだからさ。あ、そうそう。私は大輝くんがいないと出ないからね。覚えといてね』
「まじか。了解、俺の日程も合わせるわ」

小学校のころから変わらず引き籠もっているらしい名前さんに呆れ半分、驚き半分だ。
筋金入りの引き籠もりらしい事はよく分かった。
名前さんはじゃあね、といって電話を切った。

俺が携帯を耳から話すと、テツと黄瀬が堰を切ったかのように話かけてきた。
そして、わけがわかっていない俺が名前さんとその他大勢の架け橋にならなきゃいけないのは面倒くさい。

「一度全員で集まる機会を作るべきだな…」
「ってかマジでその子何者なんすか?玖渚の上に掛け合うって相当っすよ?」
「知らね。でも、あいつは嘘言うやつじゃねーよ。とりあえず、名前さんと顔合わせしとく」
「可能性はもうそこしかなさそうですしね…彼女が誰であろうととりあえずは信じるほか無いですよ、黄瀬くん」

黄瀬はかなり疑っているようだ。
そりゃそうかもしれない、俺は名前さんに会った事があるから信用できるが、普通は出来ないだろう。
柔軟なテツでさえ、少々疑いは晴れないみたいだしな。
でも、それしか方法がないらしいから、仕方が無いという様子だ。

まあ、なんであれ、名前さんと会う機会を設けられたのはいいことだ。
なんであれ、忘れていた幼馴染を思い出せたのは嬉しいことだ。
俺としてはそれだけでもう収穫があったといっていい。

黄瀬とテツが携帯をいじる中、俺は一人新しい酒を頼んだ。
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