遅刻癖の白兎
そんなこんなで何がなんだか分からない、嵐のような会談が終わった。
はっきりいって、やはり青峰くんを会談に連れて行くのは失敗だったと思うワンフレーズだった。

「よく分からいんですが、何とかなりそうなんですね?」
「俺も驚いているんだが…かなり順調だな」

ただ、赤司くんすら理解が追いつかないレベルの会談だったらしいので、仕方がない。
どちらにしても、僕はボディーガードというには余りに貧相だから、付いていくのは無理だ。
話の内容はさておき、会談は丸く収まったらしい。

会談の話をざっと聞いて一番に思った事は、兎吊木と対談し続けていた赤司くんに同情するほか無いという点である。
まさか、兎吊木が対談相手だとは思っても見なかった。
確かに、兎吊木は玖渚機関の人間だと聞いていたが、こんな所でつながりが出来てしまうとは。
彼が話しているのを聞いてしまったときの事を思い出して、背筋が凍る思いだ。
そして、あの変態と真っ向から対話が出来る、青峰くんの幼馴染、名前さんさんに敬礼したくもなる。

「赤司くん。いーさん、という人間に心当たりはありますか?」
「いや…ないな。俺が会った玖渚は当主だけだ」
「…そうですか。僕は、あるんです。その人の本名はほとんどの人間が知らないのですが、いーさんとかいーちゃんとか“い” のつくニックネームで呼ばれている男性です」

赤司くんは驚いたように僕を見た。
ちなみに隣にいる黄瀬くんは、驚きのあまり箸でつまんでいた刺身を落とした。

いーさんと出会ったのは他でもない、小唄さんつながりである。
いつだか戦争に巻き込まれたとき、実はその中心付近にいーさんがいたという話だ。
僕自身も彼に合ったことがあるが、あの人はなんというか、人種が違う。
殺し名、呪い名も人種が違うと思ったが、それともまた違うように感じた。
ともかく、変わった人だった。

しかし、僕の知る彼はそう怖い人ではない。
基本的に穏やかな口調であるし、どこにでもいそうな感じだ。
だからこそ怖いのだが。
あの世界において、普通があそこまで怖いものだとは。
…それは僕の主観だから、さておき。
戯言遣いと呼ばれる彼は、玖渚友の夫であり、最愛の人だ。

玖渚を怒らせた原因は、彼を愚弄したことにあるのだろう。
彼はそれを気にしなくても、彼を愛してやまない妻は怒り心頭といったところか。

「まあ、何とかなるとは思いますが…覚悟した方が良いですよ」
「どういうことだ?」
「僕の知る限り、あの辺りの人達はかなり性格が悪いです。かなりメンタルやられます」

彼は裏社会においてそれなりの地位を確立している。
それは玖渚というバックを無しにしても、だ。
彼は非常に特異な存在である、殺し名とも繋がりがあるし、何より、果て無き赤とコネクションがある。
彼女が気に入る相手に一筋縄でいく相手がいるわけがない。

僕自身は直接いーさんと話したことはない。
しかし、話しているところは見たことがある。
末恐ろしいとしか言いようが無く、彼との対話を楽しんでいた小唄さんには勝てないと思った。

「…心しておく」
「そうしてください…で、結局どうするんです?玖渚にまた出向くんですか?」

赤司くんは神妙な面持ちでうなづいた。
脅しているようにも聞こえるだろうが、それくらいの覚悟はしておいたほうがいい。

今後の予定を聞いてみると、赤司くんは少し困ったように、今日聞くんだと答えた。
どうやらこの場に名前さんさんが来る予定らしい。
しかし、またも遅刻しているのだとか、…1時間ほど。

名前さんさんの遅刻癖には毎回頭を悩まされる。
まあ、無理を言って助太刀をしてもらっている以上、強くは言えないが。
名前さんさんが来る気配はない。
とりあえず、食事を済ませてしまおうと各々手元にある食器に手を伸ばした。


名前さんさんがやってきたのは僕らが着てから1時間半後のことだった。
今回はロングスカートにカーディガンを着て、前回よりも更にラフになっていた。

「ごめんねー、遅れました」
「お前、本当遅刻癖がすごいな」
「普段時計なんて気にしない生活してるからさ」

相変わらずふわっとした笑みを浮かべては、自然と青峰くんの隣に腰掛けた。
今回は飲み物を注文し忘れたらしく、面倒くさがって青峰くんの頼んだ瓶ビールを空いているグラスに注いで勝手に飲み始めていた。
発言通りの自由人である。

ビールを飲み、苦いねえ、と当たり前の感想を述べてから、名前さんさんは赤司くんをみた。

「そうそう、次の会談は来週だってさ。いーさんがちょっと今週忙しいんだって」

まるで友人との飲み会の予定を立てる幹事のような軽さで言ってのけた。
来週と言っても、今日は水曜日。
日にちによっては相当早い可能性もあるということだ。
赤司くんも驚いているようで、来週?と聞き返した。

名前さんさんは不思議そうに小首をかしげて、そうだけど?と返した。
どうやらこちらの意図は伝わっていないらしい。

「だって早い方が気が楽じゃない。このままスピード感もって流されてったほうがさ。心の準備なんてしない方がいいよ」
「…それもそうか」
「そうそう。あんまり硬くなってると崩されちゃうからね」

名前さんさんは笑いながらそういったが、目が笑っていなかった。
崩される、ということがどういうことなのか、具体的には分からない。
しかし、それが危険を帯びたものであると言う事は分かった。
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