ハンバーグセット、ご飯大盛りというのは女子にしては大食いである。
無難にカルボナーラを頼んだ私はそう思った。
ぱっと見、身長150ちょっと、体重50弱の女子にしては多い。
まあ、それはいい。
個人差はあるものだから。
「名前さんちゃんって、今吉先輩と知り合いなの?」
全員がドリンクバーで飲み物を取ってきて、席に戻った所で話を振ってみた。
名前さんちゃんは烏龍茶の入ったグラスに刺さったストローを咥えて、ちらと私を見た。
「うん。知り合いというか、部活の先輩。部長さんとマネだったよ」
「なるほど…」
「翔一先輩にマネの仕事を教わったんだけど…翔一先輩から聞いてない?」
翔一、というのは今吉先輩の名前だ。
今吉先輩が名前で呼ばれるのを聞いたのは初めてだった。
名前さんちゃんは不思議そうに小首をかしげていた。
私は特に今吉先輩から彼女の事を聞いたことはない。
大ちゃんを見たが、知らね、とそっけなく答えた。
名前さんちゃんはその答えに困ったようにするばかりだ。
「苗字さん、お前ちゃんと話すべきなのだよ」
「えー…やだよ、勝ち目ないし…」
「もう一勝してんじゃん!」
「私の実力とは言いがたい…」
ミドリンが苛立たしげに、…いや批判かな、とにかくむっとした様子で話しかけた。
というか、ミドリン、名前さんちゃんに対していつもこんな感じなのかな。
名前さんちゃんも名前さんちゃんでちょっとマイナス思考のようだし。
そして険悪な2人を丸め込むムードメーカー高尾くん。
何と言うか、個性的な3人組だ。
名前さんちゃんはウジウジとしている。
しかし、何か言うべき事をひた隠しにしているらしいことは分かった。
「できれば教えてほしいんだけど…」
「…えーっと…」
「苗字さんはお前らのところの部長にほぼ脅されるような形でうちのマネージャーになったのだよ。今吉翔一がいなければ、苗字さんはうちのマネージャーになってはいなかっただろう」
「どういうことだよ、それ」
もごもごしている名前さんちゃんに痺れを切らしたらしいミドリンがバッサリと言い放った内容は、ちょっと良く分からなかった。
大ちゃんが私の考えも代弁してくれている。
そもそも、脅されるというのはどういうことだ。
中学の先輩とはいえ、高校は違うし、バスケでしかつながりは無いはず。
去年、名前さんちゃんは秀徳のマネではなかった。
どのようなきっかけで…いや、定期的にあっていたのだろうか。
「それが」
名前さんちゃんが目を泳がせながら、申し訳なさそうに話した内容は今吉先輩の性格の悪さがにじみ出てくるかのようなものだった。
彼女が申し訳なく思う気持ちがよくわかる。
今吉先輩に手伝ってもらわないと成績がっていうのはどうかと思ったけれど、秀徳は学力高い上に評価が厳しいと聞く。
ギリギリの成績で入学したりすると、大変なのかもしれない。
「なるほどね…」
「で、まんまと俺らが負けたわけか」
「そういうことなのだよ。まあ、苗字さんは桃井に負けてはいない」
「だからビジュアル的に…」
ビジュアルなんてどうでもいいのだよ、と至極まっとうな突っ込みをいれられた名前さんちゃんはむくれたように、女の子にとっては重大なことなの、と返した。
身体的個人差はまあしょうがないし、それに女の子の好だって個人差があるんだから私も樹にしなくていいと思うのだが、それをいったらまたこじれそうだからやめておいた。
名前さんちゃんの事は大体分かった。
その上で。
「名前さんちゃん、この前の試合、緩急をつけてきたでしょ」
「え…うん」
「なんでそれをしようと思ったの?ってかどうやったの!?ミドリンを制すなんて赤司くんくらいしかできないと思ってた!」
「桃井、お前は俺をなんだと思っているのだよ!」
そこだ。
ミドリンはこだわりが強く、一筋縄でいく人じゃない。
それをどう上手く制御したのか。
そういえば、秀徳の先輩達だってミドリンのワガママは1日3回までという制御で精一杯だった。
ひたむきで一途なミドリンに、少し手を抜け、なんていっても通じるわけが無い。
それが戦略の一つであったとしても、首を縦に振ることは早々ないだろう。
「お願いしただけだよ、秀徳の勝利のために」
「お願い?」
「うん。勝つためにはどうしても必要だってことを言ってただけだよ」
それだけ?と思っていたが、ミドリンの顔は凄く嫌そうにゆがめられていた。
高尾君は笑いをこらえているようだ。
名前さんちゃんはきょとんとしていて、何がおかしいの?、とか、そんなに嫌だった?と左右に聞いている。
一体、何があったのか。
「苗字さんは、真性の阿呆なのだよ」
「ちょっと待って、何その称号」
「登校中も付いて周って、休み時間になれば席に寄ってきて、部活中もことあるごとに、下校中も家まで付いてきて、緩急とつけてくれと頼まれれば誰だってやらざるを得なくなるに決まっているのだよ!」
「やべーな、それ」
どうやらミドリン以上にひたむきでまっすぐな子らしいことが判明した。
名前さんちゃんは何が悪いのかわかっていないらしく、相変わらずきょとんとしている。
多分これは天然物だ。
大ちゃんが露骨に顔をゆがめた、嫌いなタイプだからだろう。
さすがのミドリンもそこまでしつこいと、そのお願いという名のわがままを聞くほかなかったらしい。
毒を制すは毒というわけだ。
高尾くんが、その状態で3日もった時点で真ちゃんもすげーけどなあ、とケラケラ笑っていた。
3日は耐えたらしい、それもそれですごい。
「真先輩に言われたんだよ、お前はとりえがないだから誰かにお願いしないと何も出来ないんだって。で、お願いするなら最初はこっそり、その人だけを頼るように。もしそれで無理ならたくさんお願いしろって。大抵はそれで何とかなるって」
「名前さんー、俺、あの人の言葉信じるの辞めた方がいいと思う」
「…それは薄々感じてるけど」
目的を遂行する為に、名前さんちゃんは自分を貶めるタイプみたいだ。
その原因を作ったのは、間違いなく今吉先輩と真先輩…恐らく花宮先輩だ。
大ちゃんは真先輩が誰だかわかっていないようだけど、ここで出てくる真先輩は確実に花宮真だと思う。
2人は同じ中学で、バスケ部において先輩後輩だった経歴を持っている。
名前さんちゃんは、今吉先輩に育てられた後、花宮先輩に育てられた。
つまり、生粋の外道に育てられた純粋な女の子ってことだ。
なんだか可哀相になってきた。
あの人達のいう事を、それが正しいと思って育ってしまったのだと思うと。
「でも、やっぱり何だかんだいい人達だよ。私のこと、何だかんだで見捨てない。助けてっていったら、助けてくれるし」
「…それって当たり前じゃね?」
「当たり前なんかじゃないよ。見捨てる人なんてたくさんいるし。2人は優しいよ。性格は、まあ、あれだけど」
性格は、と言いながら苦笑いする名前さんちゃんは心底2人を信頼しているらしい。
なるほど、あの2人はこういう純粋な子を見捨てられないのか。
性格の悪い人は騙された人が怒ったり、怨んだりしてくる事には慣れているのかもしれない。
でも、こうやってただひたむきに信じ続けて、騙され続けるような馬鹿は苦手なんだろう。
だって、騙していてもつらいだけだ。
そういう罪悪感があるから、今吉先輩は花宮先輩は優しい人だとそういうのだろう。
うーん、なんというか。
ちょっと変わった子だ。