ぶいえす ぐらまらす!
まさかこんな事になるなんて。
スコアは10点ほどの差でこちらが負けたことを示していた。
相手は秀徳、ミドリンだ。

そもそもミドリンと大ちゃんはバスケのスタイルの相性が悪い。
といってもお互いに悪いわけではない、一方的にミドリンが大ちゃんと相性が悪い。
奔放でアドリブの効く大ちゃんと、基本と法則に忠実なミドリン。
秀徳と桐皇が公式戦をするのは初めてのことだった。
しかし、こちらだってミドリンが相手なのだし、油断していたわけではない。
それでも、10点の差が付いた。

その原因は、ミドリンの動きに自由さが見られたから。
ミドリンらしくいうのであれば、動きに緩急が見られた。
まさかミドリンがそんな柔軟な手を打つようになるなんて思いもよらなかった。
成長性を考えて動くのが私だけど、読みきれなかった。

更に、その原因を考えるたところ、たどり着いたのは向こう側のマネージャー。
セーラー服の腰に秀徳のジャージを巻いていた子だ。
あの子は去年はいなかった。
今年、練習試合を見に行った時もいなかった、いつから入ったのだろう。

「気になる!」
「何がだよ」

試合に負け、敗退が決まってしまった大ちゃんは退屈そうにそういった。
今日は部活が休みなので、大ちゃんの部屋に乗り込んだ。
練習外だと相変わらずだらけている。

「秀徳のマネージャーさん!あの子、絶対去年はいなかったし、今年偵察しに行った時もいなかったのに…」
「そういや、そうだな。あいつ、同中でもないだろ?」
「うん。どこの子なんだろって思って…すごいよ、あのミドリンに緩急をつけさせるんだもん」
「それな。あの堅物、どうやって説得したんだか」

大ちゃんも気になっていたらしい、ちょっと意外。

さて、あの子のことだ。
私はまず、中学時代の卒アルを開いて彼女を探してみた。
帝光中学校は結構学生数の多い学校だ。
話したことの無い生徒もいる。
その可能性にかけてみたのだが、違った。
ということは、別の中学だ。

もしかしたら中学時代にマネをしていたのかもしれないと思ったが、さすがに全中のビデオを見るのはきつい。
そうするくらいなら、直接会いに行った方が早い。

「うん、決めた!会いに行く!大ちゃんもくる?」
「…行く。暇だしな」

退屈なのだろう、大ちゃんはのろのろと立ち上がった。
お互い一応制服に着替えて、家を出た。
もう夕食前くらいの時間だし、そろそろ練習も終わるだろう。





目の前の件の子は、驚愕を顔に浮かべたまま突っ立っている。
体育館と校舎を繋ぐ、コンクリートの渡り廊下。
彼女は校舎の中からやってきたらしく、赤い上履きを履いていた。
試合中はポニーテールに裸眼だったが、今日はお下げ頭に重そうな黒縁眼鏡をかけている。
セーラー服と良くあっているスタイルだが、黒縁眼鏡は余り似合っていない。

「こんにちはー」

挨拶をしてみるとマネージャーさんは、はっとしたように渡り廊下を走って体育館に向かった。
脱兎の如く、である。

「…み、緑間くん!高尾くん!ヘルプ!スパイだ!」
「スパイじゃねーよ」
「苗字さん、うるさいのだよ!」

体育館に飛び込んだと思えば、慌ててミドリンと高尾くんを呼び出した。
大ちゃんがあきれたように突っ込みをいれたが、多分聞こえていないだろう。
体育館の中からミドリンが返答していた。
ミドリンはちょっと怒っているようだ…まあ、練習の邪魔されるの嫌いだったしね。

体育館を覗くと、苗字さんと呼ばれた子はすでに反対側のドアから外に出て行ってしまっていた。
長いお下げだけが、ちらとドアの向こうに見えただけだ。

高尾くんは爆笑しているし、ミドリンは苛立った様子でこちらを見ていた。

「来るなら事前に連絡ぐらい入れるのだよ」
「あはは、ごめんね。でももう練習も終わる頃かなって」

タオルを手にミドリンは私たちのほうに、高尾くんは逃げた苗字さんさんのほうにと二手に分かれた。
どうやら部活は少し前に終わっていたらしく、ミドリンと高尾くんだけが練習をしていたようだ。
その練習内容についても気になるところだけど、今回は目的が違うので我慢。

「それで、何の用なのだよ」
「マネージャーさんの事が気になってねー」
「苗字さんの事か?今吉翔一に聞けばいいだろうに、何故来たんだ」
「え?」

どうしてここで今吉先輩の名前が出てくるのだろう。
知り合いなのだろうか。
でも、今吉先輩は今回の試合を見に来ていたし、試合前にも会った。
…そういえば、試合前、今吉先輩はなんかご機嫌だったような。

大ちゃんのほうを見てみると、怪訝そうに眉根をしかめていた。

「今吉とどういう関係だよ」
「同じ中学で、彼の元でマネージャーを始めたらしいが…まあ、詳しくは本人に聞け」
「大丈夫だって!いけるって!胸では負けてるけど!」

ミドリンが面倒くさそうにそういっている後ろで、高尾くんがなんだか良く分からないことを大声で話している。
その手には、苗字さんさんの腕が掴まれている。
彼女は逃げようともがいているようだけど、まあ、勝ち目はない。

というか、胸では負けてるってなんだろう。

「胸以外にも勝てる所無いから!」
「試合は勝っただろう…」
「無理、私の全てにおいて貧相な顔面が晒される…」
「バカなのか、お前は」
「バカっていわないで、余計バカが露呈されるから」

高尾くんに引きずられる形でこちらまで来た苗字さんさんは視線を落とし、手をもじもじと絡ませている。
どうやら恥ずかしがりやなようだ。
ミドリンのあきれたような言葉に、ちらっと上目遣いで彼を見た。
眼鏡は微妙だけど、顔立ちは可愛いと思う。
本人はそう思ってはいないようだけど。

「こんにちは、苗字さんさん、でいいのかな?」
「こんにちは…苗字さん名前さんです…桃井さんと青峰くんですよね、はじめまして」

ミドリンの後ろに隠れるように立っている苗字さんさんに、改めて挨拶をすると、今度はきちんと返してくれた。
おどおどしているようではあるが、ただの人見知りらしい。

「ねえ、ミドリン。立ち話もなんだし、一緒にご飯食べに行かない?」
「遅くならないなら別に構わないが」
「高尾くんと苗字さんさんもどう?」
「私は…」
「大丈夫だって、俺も真ちゃんもいるしさ」

目を泳がせた名前さんちゃんをなだめるように高尾くんが後押し。
うん、いい仕事してる。
結局名前さんちゃんは首を縦に振った。
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