ぶいえすはとつぜんに
夕暮れどきのコーヒーショップ。
もうショップ店員さんとも顔見知りだ、いつもこの時期に来ては長居する3人組としてショップ内では話の種になっているだろう。
今年ももうこんな時期なのね、なんて話しているのかもしれない。

私は相変わらず真っ赤に染まったテスト用紙と真っ白なノートをテーブルの上に置いて、シャープペンシルを握りしめて固まっていた。

「お前さ、中学3年間何やってたんだ?」
「…いや、人並みに勉強は…」
「名前さん、人並みじゃあかん。名前さんはプラスアルファやらんと間に合わんて」

何気に酷い。
まあ、確かに人並みじゃあ間に合わないことは確かなのだが。
なぜ私は今何も馬鹿なのか。

というか、数学なんて式が立っていれば、あとは計算機でできるじゃないか。
プロセスに拘らず、答えにだけ拘る現代の教育に何の意味があるのだろう。

「もう嫌…この前もクラスメイトに失笑されたんですよ…先生にはめっちゃ怒られるし…平均点下げるな!って…」
「あ?んなもん俺が教師でも怒る」
「うぇっ…もう怒ってるし…」

後期の中間テストで散々な結果を残した私は、次の期末で同じような点数を取ったら留年を覚悟しろといわれて、慌てて2人に連絡を取った。
前期の中間期末では一度赤点を取り、夏休みに補習を受けたこともあり、二度目はない。
留年は嫌すぎるので、2人に泣きついたところ、2人ともすぐに来てくれた。
持つべきものは頼りがいのある先輩、間違いない。

翔一先輩は受験生ということもあり、自分の自習セットも持ってきていた。
赤本の表紙に某有名大学の名前が書いてあった気がして、気が遠くなった。

「ま、とりあえずいつも通り、100マス計算からな。テストの復習はその後。それが終わったら問題集解くこと。最後に100マス計算」
「…まだやるんですか、100マス計算」
「お前の場合、そこがネックだからな」
「せやで。さ、とっとと始め。目標は1分」

携帯のストップウオッチ機能をスタートしたのを見て、私はあわててシャープペンシルを握りしめた。

100マス計算は中学以来だ。
というのも、この3人でテスト勉強するときは必ずやっていた。
準備体操みたいなもので、絶対にこれを最初と最後に行う。
テスト前も、必ず10分休みにクラスメイトの部員が苦笑しながらストップウオッチを持ってやってくるくらいだった。
不思議なことに、理屈はわからないが、そうすると確かに数学の点数は上がるのだ。

先輩たちが卒業したのちも、同い年の部員が誰かしら100マス計算の紙とストップウオッチを持ってくるのだから恐ろしかった。
そういえば、秀徳に入ってからは一度もやっていなかったなと思いながら、100マスを埋めた。

「うーん、ちょい遅いな。サボってるからやで」
「…すいません」
「まあ、これからもう一度慣らしてけばええ」

準備運動にケチを付けられたが、全面的に私が悪いので素直に謝る。
今度から自習の一環として自主的にやろうと思う。

そのあとは黙々と例題を解き、分からないところは真先輩に聞く。
タイムキーパー役の翔一先輩は適度に休憩を挟むようにして、といういつも通りのテスト勉強会。
ちなみに真先輩も翔一先輩も各々自習している。
自習の癖がついてくれたら、私ももう少し手のかからない後輩になれるだろうか。

翔一先輩がきりのいいところで休憩にしようというので、私はシャープペンシルを手放して、マグカップの取っ手に手を掛けた。
ちなみに中身はとうの昔に冷めている。

「そういえば、名前さん。来年からマネやるん?」
「え?やりませんけど…」
「なんや、もったいない。せっかく育てたんやから、ちょっとは活躍したらどうなん」
「ええー…でもまだ真先輩現役じゃないですか…」
「俺はもう引退だっての。うちは2年で部活動は全面停止だからな」

真先輩はマグカップを手にしたまま、そういった。
初耳だ、てっきり真先輩は来年も出場すると思っていた。

どうやら霧崎第一では、たいていの人が2年のうちに部活をやめて勉強に力を入れるらしい。
真先輩曰く、部活で好成績を残すのは推薦を取るため、もしくは内申点を上げるためなんだとか。
彼はきっと後者が重要なのだと思う、大学に進学したあと奨学生としてやっていくためには今から努力が必要なのだろう。

ということは、来年からは2人が大会に出てくることはない。
その点に関しての後ろめたさはなくなったというわけだ。

とはいえ、本当に私が秀徳さんに必要かといえば別にそんなこともないだろう。
高尾君も緑間君もいい人だけど、所詮はただのクラスメイト。
彼らに特に特別な感情もないし、バスケが大好きという思いもない。
マネになる理由がない。

「なんで突然そんなこと言いだしたんです?」
「んー、ただ単に青峰と桃井を楽しませたいだけやな」
「ええ?私にはそんな力ないですよ」

青峰君と桃井さんというのは確か桐皇のエース君とマネさんだ。
その噂は、今はバスケに関わっていない私の耳にまで届くくらい。
その人たちに対抗する手段として私を選ぶなんて、なんて命知らず。
過信するのもほどほどにしてほしい。

私は冷めきった白いマグカップをソーサーに戻して、隣のスコーンにフォークを指した。
隣の真先輩が私の鞄から財布を取り出して、マグカップを2つ持ってカウンターへ、…っておーい、私の財布かよ。

「ちょ、真先輩…」
「桃井は俺育てとらんからな。俺が育てた名前さんとどっちが強いかなって」
「ポケ○ンじゃないんですから、戦わせないでください…ってか真先輩、私の財布返…」
「安心しい、花宮もそこまで外道ちゃうわ」

いや、真先輩ならやりかねない。
そう思ったが、まあ真先輩を信じる心も大切だと自分に言い聞かせて、カウンターにいる真先輩から眼を離した。

さて、眼の前の翔一先輩は私をマネにして、桃井さんとバトルさせたいらしい。
私は勝負事があまり好きではないし、勝ち目がない勝負なんて余計に好まない。
どう考えたって桃井さんのほうが強い、見た目的に。
遠目に見ただけだが、美人さんだしスタイルもいいしで、真面目に勝ち目がない。

「ふはっ…見た目じゃ敵わないからな。面白そうだからやれ」
「真先輩、アンタ言っていいことと悪いことをいい加減覚えてくださいよ」

真先輩は片手に持ったマグカップを私のソーサーに乗せた。
財布は鞄に戻してくれたらしい。
私としては財布の中身が非常に気になるところだが、ぐっと堪えて反撃。

見た目じゃかなわないのは私だってわかっている。
だからといって、バスケで敵うとも思えない。
彼女は4年現役、一方の私は1年のブランクに赤点すれすれのテストを抱えている。
無理だ、絶対無理。

「テストに関しては俺らで見たるわ。だからやってみ?」
「ええー…」
「面白そうだし、そうしろ。ってかマネやんねーなら俺は勉強会降りる」
「えっそれは困る!」

真先輩何言ってくれるんだ、というか真先輩は後輩居ないだろうし楽しみもないだろう。
しかも悪いことに、翔一先輩までそれええな、とか言いだした。
困る本当に困る。

こちらとしては必死だ、先輩たちがいないと卒業が危ぶまれる。
彼ら以外に教えてくれる人などいないのだから。

「…わかりました。でも断られたらやりませんよ」
「それでええよ」

その話をして、休憩は終了。
なんだか疲れる休憩だった。

とにかく、今は期末のことがあるので、マネの話はそのあとにすることにした。
その日も7時過ぎまで勉強をして、その後、先輩たちが最寄り駅まで送ってくれた。

定期を出そうとして、その頃になって、真先輩に誘拐された財布のことを思い出した。
定期で構内に入って、ちらっと財布を見たら、1円たりとも減っていなかった。
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