ぶいえす せんぱいず!
高校1年になってそんな事を思い出した。
いやあの頃の私は可愛かった、見た目の問題ではない、気持ちの問題だ。
あの2人を本気で信頼していたし、かっこいいお兄さんのように思っていた。
いや、今だって彼らを信頼しているし、尊敬もしているとも。
だが、あの後完全に私がいいように使われていることとか色々感じてしまった。
ある意味大人に成るための通過儀礼であると、私はそう思っている。

どうして3年前の事を思い出したのかといえば、あの時と大体同じような状況に陥っているからである。
右隣にはモスグリーンの森模様のマフラーを巻いた翔一先輩、左隣には全身真っ黒なコーディネートの真先輩。
挟まれた私ははねるように歩くどころか連行される宇宙人状態である。

「あの、いい加減離して下さいよ、マジで」
「俺な、ほんまショック受けてんねん。何で教えてくれへんの」
「いや、本当にすいません、それは謝るんですけど…私の数学力ですよ?番号なんて覚えてるわけないじゃないですか」
「お前救いようのない馬鹿だな、高校まで来りゃ済む話だろうが」
「…そんなことでわざわざ行かないです」

クラスメイトに夏の大会が熱かった!と仰々しく語られ、ちょっと気になってWCを見にきたところを捕まった。
中学時代、仲の良かった先輩達は2人とも別の高校へと進学していった。
私はその波に乗って、2人からの勧誘に流されることなく自分の志望校へと進学した。

そこでちょっとしたアクシデントがあった。
携帯を壊したのだ、その上データが飛んだ。
そのため、私は中学卒業と同時に中学時代の友人のほとんどとも離別してしまったのである。
2人もそのうちに含まれている。

WCの決勝を見に来たところ、準々決勝負けした真先輩とそもそも初戦負けした翔一先輩に捕まったというわけだ。

「それで、名前さんはマネしとらんの」
「しとらんですよ。勉強付いていくだけでいっぱいいっぱいです。高校選び失敗した感半端ないですね、既に」
「お前、中学のときも同じこといってたけどな」

確かにそんなことを言ったかもしれない。
…多分言っていただろう、1年の前期期末テストで赤点すれすれだったのだから。
秀徳高校はそれなりの進学校だから、勉強についていくのが大変だ。
中学も進学校だったから慣れてはいるが。
慣れているからといってうまくいくわけではない。

そんな状況で、元々バスケが好きなわけでもない私がマネをやるわけもない。
バスケ部のクラスメイトと仲が良いから、頼まれたらやるかもしれないけれど、少なくとも今年は断るつもりで居た。
私はスポーツなんてほとんどやった事はないし、勝ち負けに燃えるタイプでもない。
そんな甘ちゃんな私は仲の良かった先輩達と勝負するなんてことはしたくなかった。
青は藍より出でて、なんてことになったら気まずすぎる。
まあ、そうなるとは限らないけれど。

秀徳には緑間くんというキセキの世代がいるけれど、桐皇にも同じキセキの世代、青峰くんがいる。
真先輩のところには誰も居ないが、真先輩自体が無冠の五称とか言われていたからトントン…だろうか。
うちのところとは不戦敗したらしいけど、真先輩。
ある意味潔いいなあと思いながらも、ふっと真先輩を見た。

「なんだよ」
「…いや、変わらないなあと思って」
「は?」
「名前さんは花宮が不戦敗したことをいっとるんやろ」

真先輩は昔から勝てない試合には挑まない。
どこぞの暗殺一家のような考えの持ち主だ。
彼にとっての勝ちというのは若干他の人とは概念が違うが、どちらにしても秀徳には勝てないと感じたのだろう。

それにしても、翔一先輩の心理掌握術も相変わらずだ。
私が言いたいことを全てわかっているのではないかと思うくらい。
サトリなんて妖怪扱いされていたが、本当にそうなのではないかと思ってしまうほど。
私も先輩に心理掌握術を習ったが、まあ彼には及ぶまい。

「お前もほとんど変わってねえだろうが」
「そういう淡白なとことかやな」

そういう、というのはどういうことなのだろう。
そう思ったけれど、面倒だったので聞くのをやめた。
こういうところも淡白と称される所以なのかもしれない。

背も低く足も短い私の歩幅に合わせ…はしないものの、歩く速度は合わせてくれる2人に挟まれて、私はとろとろ歩く。
時々木枯らしが吹くけれど、左右に2人がいると寒くなかった。

そういえば、秀徳の人には会わなかったな、と思っていたのだけど、出口でたむろしているオレンジジャージの一群を見つけた。
それにしても、オレンジってどうなんだろう、いつも思うけれど派手。

「…え、名前さん?」
「あ、高尾君。みなさん、おつかれさまでした」
「マジか、見に来てくれてたのか!冗談半分だった!」
「…たとえ本当に冗談半分だったとしても、それ本人の前で言うなよ」

その中の一番チビが声をかけてきた。
一番チビといっても170後半はあるんだとこの前抗議してきた高尾君、クラスメイトのひとりだ。
どうやら私の左右2人を見てギョッとしたらしいが、それも一瞬だった。
まあ、普通のクラスメイトだと思っていた女子が左右に男侍らせてたら驚きもする。
こちらとしては目立つような気がしていたが、彼がこちらを見た時に二度見していたし、もしかしたら目立つ2人の影に隠れている私は目立たずにすんでいるのかも知れない。

さておき、彼は物怖じもせずに、相変わらずの明るい声を寒空に響かせて、小走りでやってきた。
高尾君のいいところは壊してくれていい空気をさくっと壊してくれる点にある。
KY、空気を読みすぎる人だ。

「まあ、お疲れ。私にはそれくらいしか言えないんだ、ボキャブラリ不足を許せ」
「おー別にいいよ。応援してくれてさんきゅ」
「いいえ」

高尾君がこちらに来たのを皮切りに、ぞろぞろと秀徳のメンバーがやってきた。
それを見てすっごく嫌そうな雰囲気を出しているのが真先輩。
それを見て楽しそうにしているの翔一先輩、性格悪すぎ。

秀徳のメンバーさんたちは、真先輩を見ては眉根をしかめている。
真先輩は今1人だし、これだけ大勢の人にこんな目で見られたら私なら死ぬ。

「あ、オイコラ」
「貸せ、すぐ返す」
「それを先に言ってください」
「あー、秀徳さん気にせんでね、俺ら同中のバスケ部やねん。名前さんがマネで」

真先輩はすごく嫌そうな顔をしながら、私の上着のポケットに手を突っ込んだ。
いきなりポケットをまさぐられた私はびっくりして飛びのこうとしたが、隣の翔一先輩に暴れないように固定された。

いやいや意味わからんと思いながらもじっとしていると、真先輩は私の携帯を取り出して勝手にいじり始めた。
さくさくっと慣れた手つきでフリックしているらしい。
アドレス帳に自分のアドレスを入力しているのだろうとこがわかったので、何も言わないで置いた。

秀徳さんが一連の流れを見てかなり険悪ムードになっていたので、それを緩和するように翔一先輩が一言添えた。
その一言で一気に雰囲気が変わるのだから、彼の発言力、ありすぎだろう。

秀徳の部長さんと翔一先輩で何やら話し込んでいるうちに真先輩が私に携帯を手渡した。
画面には花宮真、と書かれたアドレス帳が開かれている。
ここでふと違和感を感じた。

「…あれ、ちょっと待って。真先輩なんでパスロック…」
「0715。もう少し頭ひねれよバァカ」
「…忘れてください…もう代えるんで」

そう、ホーム画面に入る前に私はロック画面を設定していたはず。
4桁の数字を入力するだけだけど、相当難しいはず。
私は真先輩の前で携帯を弄っていないから、手の動きでわかったというわけではない。

…確かに私のパスワードは2人にとってはそう難しいものではないかもしれない。
というか、パスを解除されたということはパスの数字が何を意味しているかも理解されたわけで。
そう思うとめちゃくちゃ恥ずかしい、なんであんなパスにしたんだ私。

「次は1293にしとけ」
「しませんし、今ここで公言されたらロックの意味ありませんから…」

1293っていったいどんな計算をしたらそうなるんだ。
私が設定していた数字は0715…確かに足し算は安直だが、1293はどこから出てきた。

真先輩はそれだけ言って、踵を返し、何も言わずに去っていった。
まあさすがにこの場にいるのは気まずかったのだろう。
ってか私も一緒に行けばよかった。
隣の翔一先輩がおかしそうに笑っているので、私は顔から火を噴く勢いだ。

「なんや、名前さん。可愛いとこあるな」
「煩いです」
「はー、ツンデレやなあ」
「ほっといてください」

真先輩が私のパスロックを暴露してくれたおかげで、翔一先輩までもパスロックの数字の秘密に気付いた。
真面目に恥ずかしい、携帯を買ったばかりの頃の私をぶん殴りたい。
こんなことで笑ってくる奴らを思ってパスを作るのなんてやめろと諭したい。

私は居たたまれなくなって、秀徳のメンバーのほうに身を寄せた。
これ以上からかわれたくない。

「あとで花宮からアドレス聞いとくわ」
「そうしてください」
「俺なんてはあと受験だけやし、そこまで切羽詰まっとらんから赤点とりそうやったら言うんやで」
「…うぃっす。ありがと」

翔一先輩はあっさりと身を引いた。
アドレスは真先輩から聞くことにしたみたいだった。
全く本当に災難だった、このあと高尾君とかにいろいろ聞かれるんだろう。

またな、とひらひら手を振る後姿にちょっとだけ罪悪感を覚えたのも本当だ。
今度3人であったときには、また勉強を教えてもらおうと思う。
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