91.知らないところで
ホッグズ・ヘッドはまさにノクターンの奥のほうの飲み屋といった風貌だった。
ボロボロの看板に、猪の首…しかも断面からは血が流れおちているというデザイン。
ドアの取っ手はさび付いていて、開けるとギギギと油の足りないブリキを無理に動かしたみたいな音がした。

確かにコートを脱いでおいて正解だと、中に入ってそう思った。
足元は埃や砂利でざらざらしているし、テーブルや椅子も汚れている。
つんとした匂いが漂っていて、食事をする気は失せる。
客のほとんどが顔を隠していて、いったいどんな人間なのかわからない。
もしかしたら人間でないのかもしれない。

セドリックは来たことがあるのだろう、慣れた様子で奥に進んでいく。
進むたびに埃が舞うので、なまえは口元にハンカチを当てた。
一番奥の席の前で、ピタリと動きを止めた。
なまえもそれに倣って足を止める。

「ハリー?なんでこんなところに…」
「セドリック!それはこっちの台詞だよ!」
「僕は偶然だよ、グレンジャーがこんなところに入ってくのを見たから、どうしたのかと思って。なかなか出てこないから心配になったんだ」

セドリックはなまえを隠すように、壁のほうに後ずさった。
話しぶりから考えるに、グリフィンドール生が集まっているらしい。
スリザリンであるなまえがこの場にいると知られると面倒だと判断したようだ。

『グリフィンドールだけじゃないね。ハッフルパフ、レイブンクローもいる…年代もバラバラ。なんかの集会みたいだ』
「ディゴリーにも声をかけたわ、断られたけど」
「…もしかして、闇の魔術に対する防衛術の先生になってくれって話?」

リドルは、なるほどね、とつぶやいた。
なまえにもようやく状況が掴めてきた。
どうやら、ポッターたちはアンブリッジや闇の陣営に対抗するために、こっそりと防衛術について学ぶことにしたらしい。
その先生役を探していて、セドリックに声をかけた。

しかし、セドリックは去年の一件の後、危険なことはしないと決めていた。
それをすればなまえが黙っていないし、何より去年の一件は両親に迷惑を掛けてしまった。
そういう理由からセドリックはその誘いを蹴ったのである。

「セドリックは臆病だからな」
「何とでもいうといいよ。僕は僕の守りたいものを守るだけで手いっぱいな小さい男さ」

セドリックとポッターの間には軋轢が生じていた。
原因は去年の一件について、セドリックが口を噤んだからである。
ポッターは例のあの人が帰ってきたと声高に言ったが、セドリックは何も言わない。
世間はポッターを嘘つき呼ばわりし、セドリックに関しては無関心だった。

セドリックはあの日のことを話せば、ゴシップになることをよくわかっていた。
また、そうなれば両親に迷惑がかかるとも。
彼はただの17歳の青年で、ポッターのようにダンブルドアという絶対的な味方がいるわけでもない。
一般家庭で、父が魔法省勤めで保守派ということを加味すれば、セドリックがあの日のことを話すということはデメリットしか生まない。
それを考えて、セドリックは口を噤んでいる。

ポッターもそれが分かっていないわけではない。
だが自分だけがこんな目に合うことに苛立ちを隠せずにいるだけだ。
簡単に言えば、八つ当たりだった。

「僕は何も言わないよ。ここで見たことも今まであったことも何もかもね」
「それは助かるな」
「でも、気を付けたほうがいい。特に、君らのやっていることは諸刃の剣なんだから」

セドリックは、もう何も言うまいと思っていた。
ポッターがやっていることは立派だ。
しかし、それを誰もができるかといえばNOだ。
だからこそ、ポッターは尊敬されるのだろう。

しかし、彼がやっていることは、アンブリッジに付け入る隙も与えている。
彼女はこういった集会を禁止している、これは彼女のルールで言えば違反行為。
ただでさえポッターはアンブリッジに目を付けられているから、ばれれば相当絞られることだろう。
また、その違反のつけは、彼らのほかにも及ぶことになりかねない。
寮監であるマグコナガル先生がいちゃもんをつけられる可能性もある。

しかし、そんなことを言っていられないのも事実。
彼らがこうして集会を開くことが間違いであるとは言えない。
こちらに火の粉が飛ばない程度に勝手にしてくれ、というのがセドリックの考えだった。

「でも、防衛術を学ぶのはいいことだと思うよ。今後、絶対に必要になる」
「わかっているさ。だからセドリックにも協力をして欲しかった」
「それに関しては申し訳ないと思っているよ。でも方法なんていくらでもある」
「嘘、あの学校ではもう防衛術なんて教えてもらえないわ」

教えてもらえないことはない。
防衛術は基本的にどの先生も学んでいるんだから、聞けば教えてくれるだろう。
現にスリザリン生の一部はスネイプ先生に教えてもらっている。
先生から教わることは禁止されていないのだから、それでいいのだ。
そして、さすがのアンブリッジも教授の部屋には侵入できない。

忙しい教授の時間を割いてもらうことは気が引けるが、どこの教授もこの状況に危機感を持っているから嫌がることはない。
それに彼女たちは気付いていない、自分たちで何でも解決しようとする姿勢が裏目に出ていた。

セドリックは自分の言ったことを詳しく説明することなく、踵を返した。
なまえが見えないように、わざと壁側を振り返って、彼女に前を歩かせた。
そのあとは振り返ることなく、店の外へ出た。
冷たい空気がとても心地よい。

「相変わらず危なっかしいことをするなあ」
「ですね」

なまえはコートに清め呪文をかけながら、苦笑した。
セドリックに壁に追いやられたせいで、ワンピースは煤けている。
彼はそれに気付いて謝りながら清め呪文をかけてくれた。

帰りに空いているといってもそれなりに人の入っているハニーデュークスによって、ザビニに頼まれたお菓子を買った。
1つ品切れしてしまっていたが、その分いい情報を手に入れられたからチャラになるだろう。
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