ホグズミートにつくと、真っ白になった村が出迎えてくれた。
ホグワーツは雪が降っていなかったが、こちらはちらちらと雪が降っている。
グレーのコートに綿のような雪がくっつく。
「どうしようか、最初にハニーデュークスにいく?」
「…最初のほうが空いていると思いますか?」
「いや、後のほうが空いてると思うけど…品切れが出てるかも」
「最後に行きます、品切れだったらそれはそれで」
ザビニから頼まれたお菓子は、別に品切れしそうなものではない。
マイナーなものというわけでもなく、人気商品というわけでもない。
よくある商品で、ロングセラーと呼ばれるようなものだ。
恐らくなくなることはないし、無かったとしても別のものを買って行けばいい。
彼も冗談半分で渡したのだろうから、余計に後でいい。
なまえが苦々しくハニーデュークスのある方を見るので、セドリックは苦笑いをした。
彼女の人ごみ嫌いは生粋のものである。
喫茶店は落ち着いた雰囲気だった。
場所も大通りから逸れた場所にあり、人の影はない。
なさすぎて、普通の子ならびっくりするくらいだ。
ホグズミートは基本的に明るい雰囲気の村で、大抵の場所には生徒や村人がいる。
これだけ静かな場所で、しかもまともな喫茶店があるとは誰が思うだろう。
「まあここは知る人ぞ知るって感じかな?お客さんも、大体決まった人なんだ」
「なるほど」
「生徒は滅多に来ないよ…なんたって、お向かいがあれだからびっくりするんだろうね」
喫茶店の中は静かにクラッシックが流れるばかりだ。
テーブル席を2人で陣取っても、店員は何も言わなかった。
セドリックがお向かい、といって指さした先には、出窓があった。
出窓には、冬だというのに青々とした蔦がたくさん絡まっていて、あまり外は見えない。
だが、蔦の間から猪の首が書かれた看板が見える。
何やら怪しげな店だと、看板を見ただけでそう思えた。
「あそこはホッグズ・ヘッドっていうんだけど…行かないことをお勧めしておくよ」
「そんなにひどいんですか?」
「うん。自前のカップを持っていけって先輩に忠告されたよ」
「ああ、そういう感じですか」
料理がまずいとか、店主の性格が最悪とか、そういうことを想定していたなまえはなんとなく納得をしてしまった。
料理以前に、料理をするべき環境ではないということだ。
ただ、そういう店は意外とゴロゴロしているものだ、あるところにはある店。
ノクターンではそう珍しい話ではない。
ダイアゴン横町から離れるほど、ノクターンの治安や環境は悪くなる。
闇が深く濃くなっていく…人狼街なんてその象徴的な場所だ。
「行かないでおきま…」
「どうしたの?」
「いや…今、グレンジャーみたいな人が入っていったような」
「まさか。あそこは女の子が入るような店じゃないよ」
「ですよね…?」
行かないでおきます、といおうと思い、セドリックのほうを向こうとしたなまえの目の端に移ったのは、ふわふわの栗毛だった。
そんな気がしたのだ、びっくりして見返したのだが、誰もいなかった。
セドリックも見間違えだろうといっていたから、見間違えだろう、そう思うことにした。
『いや、あれはグレンジャーだったね。たぶん、透明マント。何やってるんだかね』
背後のリドルがぼそっとつぶやいた。
どうやら彼も見ていたらしい。
相変わらず何かやらかそうとしているのだろうと、リドルは楽しそうにそう言った。
彼らが何かするときは、面倒なことが起こる。
もしくは、彼らが面倒な何かにすでに巻き込まれていて、それに抵抗している。
どちらにしても、厄介事の象徴なのだ。
「さ、始めようか。何からやる?」
「ええと、じゃあルーン文字から」
紅茶が運ばれてきたので、この話は切り上げされた。
セドリックからOWLの過去問の傾向や解き方などを教わりながらも、内心はグレンジャーたちのことが気になって仕方がなかった。
今年、ホグワーツは比較的穏やかである。
アンブリッジという異質な存在がいるものの、彼女のおかげでそれ以外問題は起っていない。
アンブリッジが見張っているためグリフィンドールが静かであるため、グリフィンドールと対抗しているスリザリンもまた静かななのだ。
しかし、おそらくグリフィンドール生の一部…まあポッターたちのことだが、彼らは水面下で動こうとしている。
「なまえ、何か考え事?」
「…え?」
「いや、ぼんやりしていたから」
『意外と鋭いね、こいつ』
リドルが茶化すようにそう言った。
最近わかったことだが、リドルはセドリックがあまり好きではないらしい。
ハッフルパフだからだろうか、となまえは思ったが聞くほどのことでもない。
セドリックは怒っている風ではなく、ただ心配そうだった。
去年一年、なまえは誰にも言わずに自分に守りの呪文をかけていたという前例がある。
なまえは一人で無理をすることがあるということを、彼はわかっている。
だからこそ、小さな異変も見落とさないようにと心がけている。
なまえが何か別のことを考えながら勉強しているということは、なんとなくわかった。
それに、なまえは普段から心ここに在らずということが多い。
「さっきのグレンジャーが気になるんです。最近、グリフィンドールはやけに静かですし」
「見間違えじゃないと思うんだね」
「はい」
「じゃあ、行ってみようか」
「え?」
だから、行ってみよう。とセドリックは笑って言って見せた。
まさかそんな直接的なことをしだすとは思っても見なかったなまえは、片づけを始めたセドリックに目を白黒させるばかりだ。
勉強のキリはよかったし、問題はないが、まさか行動に移すことになるとは思っても見なかった。
なまえの背後のリドルもこの展開には驚いたらしい。
こいつ本当はグリフィンドールなんじゃない?と苦し紛れのことを言っていた。
「あ、なまえ。たぶんすごく汚れるからコート脱いだままのほうがいいよ」
「分かりました…」
素早く会計を済ましたセドリックはコートを着ようともたもたしていたなまえに声をかけた。
なまえはコートを着るのをやめ、ノートを鞄に詰めた。
こんなことになるなら、膝丈のワンピースなんてやめて似合わなくてもパンツを履いてくるんだったとなまえは内心後悔した。