89.羽を伸ばす
スリザリンの談話室の暖炉の前。
緑色ベルベッドのソファーが対になって並んでいる一角で、ドラコは一つ溜息をついた。

「まあ、なまえが我がまま言うのも珍しいからな」
「たまにはいいんじゃね?」
「なまえは欲がなさ過ぎ」

ドラコがため息とともにそう言うと、ドラコの目の前にいたザビニが続いた。
そして、ドラコの隣にいたノットが少し怒ったように付け加える。
なまえは3人の言葉に、苦笑いしかできなかった。

セドリックとのデートとスリザリン生の勉強会を天秤にかけ、その上で選べなかったなまえは結局スリザリン生たちに休んでいいかと聞くことにした。
ただしパンジーに言うとうるさくなるので、彼女には秘密だ。
ダメだといわれたら諦めるつもりだったが、意外と彼らはあっさりと了承してくれた。
その理由が、これである。

「そう?」
「そうだろ。普通の女子は勉強より遊びを取る、間違いない。ってか俺もそうしたい」
「ブレーズ、お前は遊びすぎだ」
「わかってるっての。今回は真面目にやってんだろ」

ザビニは前々からふらっとどこかに遊びに出てしまう、スリザリンにしては奔放な性格だ。
恐らく、OWLに対してもそこまでの熱意は持っていなかっただろう。
今年は自分の身に危険が降りかかるとそう予感しているから真面目にやっているようだが、普段通りならこうはならなかっただろうとなまえも思っていた。

ザビニ曰く、普通の女子は勉強よりも彼氏との付き合いを優先するだろうとそういうのである。
しかしなまえは5年のスリザリン生の中でも優秀で、勉強会においても重要な人になりつつある。
自分の代わりがいない状態で。必要とされているというのに、行かないというのは罪悪感がある。

「僕がなまえの彼氏なら落ち込むぞ、その対応」
「…やっぱり?」
「当たり前だろう」

ドラコにまで言われてしまったなまえは、ようやく考えを改めた。
背中を押すように、選んでくれたら嬉しいだろうな、とそう言った。
言ったあと、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまったが、なまえには彼の言いたいことが伝わった。

「わかった。悪いけど、セドリック先輩とホグズミートに行ってくる」
「おう、お土産頼むぜ〜」

ザビニはへらりと笑って、羊皮紙の切れ端をなまえに手渡した。
呆れたようなノットの視線を無視して、よろしくな〜と笑って席を立って部屋に戻っていってしまった。
その羊皮紙には、お菓子の名前が書いてあった。

ノットの呆れ顔となまえの困惑顔をみたドラコも、メモの内容を理解したらしい。
あの馬鹿、とつぶやいてなまえが買う必要はないといってくれた。
ドラコはザビニを追いかけて、部屋に繋がる廊下に向かって行った。
慌ただしい2人を見送って、ノットとなまえは顔を合わせて苦笑した。

「久しぶりに羽を伸ばせばいい」
「そうだね」

羽を伸ばす、といわれて、確かに最近忙しく遊ぶことすら忘れていたからちょうどいいと思えた。



チェック柄のワンピースの裾が膝元で揺れた。
雪が深いから、長いスカートは失敗だったかもしれない。

「失敗だったかな」
『いや、短いと寒いだろう?』
「まあ…パンツ似合わないし」

寒いからと長いスカートを履いたが、雪のせいで少し汚れてしまいそうだった。
だからといって、パンツスタイルは背の低い童顔のなまえには似合わない。
リドルは苦笑しか返してくれなかった。

ホグズミートに向かう汽車に乗るため駅に集まっている生徒たちは、一様に鼻を赤くしている。
それくらい、今日は寒かった。
ベッドから出るのがとても難しかった。

「なまえ、見つけた!」
「おはようございます、セドリック先輩」
「おはよう。今回は人が多いね…大丈夫?」
「大丈夫ですよ」

今回、ホグズミートに行く人が異常に多い。
なぜなのか、と考えた時に思いつくのは、校内の殺伐としたルール順守の雰囲気である。学校内で男女が寄り添いあったり、馬鹿騒ぎしたりすることが、アンブリッジによって禁止されたのが大きな原因なのではないかとなまえは考えていた。
そう考えれば学校外でのびのび過ごしたいと思う人が多いのも頷ける。
ただ、学校内で目に見えていちゃついたり、大騒ぎしたりするのはルール以前に常識としてどうかと思うが。

まあ、この人ごみもセドリックの後ろについていれば安心だ。
セドリックの後ろをとことこついて行けば、はぐれることももみくちゃにされることもない。

「それにしても、勉強会はよかったの?」
「はい。みんな「たまには羽を伸ばして来い」って送り出してくれました」

電車の中で、セドリックは心配そうにそう聞いてきた。
なまえが真面目で、頼まれたことはきちんとこなそうとする人だと知っているからだ。
彼自身、自分が我がままを言ったという自覚があった。
OWLの大変さは一昨年身を以て痛感している。
また、今年の勉強会はOWLのことだけではないだろうことも。

わかってはいたが、どうしてもなまえを誘わないといけない気がしていた。
そうでもしないと、彼女を繋ぎ止めることなんてできない。
そう思ってのことだった。

なまえはそんなセドリックの心境を知る由もなく。
ただあったことを淡々と話すのみだった。

「そうなんだ、よかったよ」
「はい。でも、お菓子の買い出しは頼まれました」
「あはは、いいね。ハニーデュークス行こうか」

ハニーデュークスと聞いて、なまえは少しだけ顔を曇らせた。
儲かっているはずなのになぜかめちゃくちゃ狭い店内は、たくさんの生徒で溢れかえることだろう。
甘いお菓子が好きななまえでも、あの苦行を乗り越えてまで欲しいとは思わない。
ただ、今回は頼まれてしまったので仕方がない。
頼まれたことは断れない、それがなまえの性分だった。

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