88.個々の悩み
図書室は人でごった返している。
なまえは図書室に入ったその瞬間から、パンジーのお願いを聞いたことを後悔した。

「…パンジー、」
「ごめんなさい、なまえ。あなたがこういうところ嫌いなのはわかってるの…でも、教本の貸し出しはやってくれないし…」
「わかってる…だから早く終わらせよう」

図書室の奥、何年も開かれていないような図鑑がずらりと並ぶ本棚の前で、パンジーは申し訳なさそうに項垂れた。
確かになまえはこういったいつもよりも人の多い、騒がしい図書室は好きではない。
しかし、ほぼ唯一といってもいい女友達のお願いを無碍にしてまで嫌いなわけでもない。

目の前に積まれた羊皮紙と教科書には、少々辟易とするが、まあそれもいいだろう。
本当に最近は忙しく、宿題などやる暇はそう取れない。
それでもドラコやセオドールなどはうまくやっている、むろん、なまえも。
だからこそ言いだしにくかったのだろう。
宿題がなかなか終わらない、などということは。

「なんでこんなに多いのかしら…」
「OWLもあるしね」
「はあ、もう。なんでみんなはうまく終わらせられるのに私はダメなの…」
「周りが特殊なだけだと思うけど」

魔法薬学のレポートに必要な本を集めて、主要となりそうなページに付箋を貼っていく。
また、ページの重要なところに消えるマーカーペンでマークしていく。
この辺りの引用を使えば、レポートの点数は取れるだろう。

パンジーが落ち込むのは無理もない。
ドラコもセオドールもザビニも基本的に、宿題に追われている姿を見せない。
というのも、彼らはやたらにプライドが高いからである。
この前、ドラコと同室のザビニに「意外とこっちもやばいんだぜ、ドラコが発狂しそうだ」とニヤニヤしながら教えてもらった。
幼いころから英才教育を受けている彼らでも、裏でこっそりと泣きを見ているのである。
ただ、ドラコの尊厳を守るために一応、彼女の前ではこの話は伏せておこうとなまえは思っている。

その話を伏せたうえで、うまくパンジーを慰めなくてはならない。
なまえにとっては山積みにされた宿題を片付けるよりも、こちらのほうが難題だ。

「勉強ばかりできていてもしょうがないと思うけど」
「え?」
「私、パンジーみたいな女の子のほうが好きよ。隙があって」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」

パンジーは少し怪訝そうにしたが、すぐに苦笑交じりに「なまえって褒めるの下手ね」と言った。
それに関してはなまえ自身も自覚があるので、肩を竦めるほかなかった。
リドルならこういうとき、うまく褒めることができるのだろうな、となまえは背後を窺った。
彼はなまえの慣れない称賛に、肩を震わせて笑っていた。
慣れないことはするべきじゃないな、となまえは眉根を寄せた。

パンジーとしては、人を評価することが苦手ななまえの素直な感想だと受け取ったらしい。
上機嫌になったようで、羽ペンを先ほどよりも早く動かしていた。
結果オーライだ。

なまえは課題をほとんど終わらせているので、パンジーの課題に使う本を持ってくる係りをしている。
魔法薬学の次は歴史の課題がある。
それに使うための本を、歴史分類の棚に探しにいった。

歴史の本はどれもこれも分厚く重い。
高いところにある本を、なまえはそっと魔法で取ろうとした。
本はすっと本棚から抜け出て、ふわふわと降りてくる。
その途中で、誰かにその本を取られた。

「やあ、なまえ。珍しいね、図書室にいるの」
「セドリック先輩、こんにちは」
「重いね、これ…どこまで持っていくの?」

セドリックは手に持った本を怪訝そうに睨んだ。
確かに5年生の女子が持つには重い本ではあると思うが、それだけ内容が詰まっているのだからしょうがない。
大きな本ではあるが、埃っぽくないことからも、それなりに使われている本であることは一目瞭然だった。

なまえが両手で抱えて運ぼうとしていた本を、セドリックは片手で持って見せた。
なまえはその言葉に甘えて、図書室の奥のほうの席ですと答えた。

「そうだ、なまえ。今度のホグズミートはどうする?」
「あー…特に予定はいれていないんですけど」
「もしなまえが嫌じゃなかったら、カフェで勉強会はどうかな?勉強はともかく、過去問の傾向くらいなら教えられるから」

そういえば、セドリックと最後にお出かけしたのは夏休み。
一般的なカップルがどのくらいの頻度でデートをしているのか、なまえには見当がつかない。
だから自分のペースでやっていたが、不満だったのかもしれない。

ホグズミート期間は校内に生徒が少なくなる。
つまりは、寮や空き教室での練習もやりやすくなる。
スリザリンの仲間同士で教え合いをしようかという話も出ていた。
どちらを取るか、なまえには選べなかった。

「少し、待っていてもらっていいですか?」
「うん、忙しいってわかってるから」
「ごめんなさい。でも、たぶん私がいなくても大丈夫だと…」
「なまえ―!」
「大丈夫じゃないかもね…」

セドリックは苦笑しながらそういった。
その苦笑はいつもよりも少し暗い影を落としたものだったから、なまえは少し申し訳なくなった。
真っ先にセドリックを選べていたら、彼はこんな顔をしなかったことだろう。
真っ先に彼を優先できないというのは、どうなのだろう。

悶々としながら、なまえはセドリックの背中を追う形でパンジーのいる席に戻った。
セドリックは本を置いて、返事を待っているということだけ伝えて、元の席に戻っていった。
またパンジーが嬉々としてなまえに話を聞いたが、なまえはただ憂鬱そうにするだけだった。

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