85.新学期
結果として、かなりいい方向に転がった。
人狼街への襲撃は中止、なまえは死喰い人にはならない。
その代わり、なまえには別の任務が背負わされた。

『まあ、悪くないよ。…まあこれから何を言われるかが問題だけどね』
「んー…そんなもの?」
『むしろ、これ以上を望む方が問題だ。好条件のまま生きて帰ってこられたんだから』

なまえは不服なのか、ベッドの上で足をバタバタさせた。
綺麗そうな真っ白なシーツから、少しばかり埃が立つ。

普通なら喜んでしかるべきだ。
オリュンポスに帰ってきた時に、飛びあがって大喜びしたコレットのように。
いつもは無欲だというのに、こんな時ばかり欲張りななまえにリドルは苦笑を漏らした。

『別に連れてこいって強制されているわけではないからね。あくまで学校内にスパイが欲しいだけさ』
「私、友達少ないけれど」
『…まあ。学校内部に密通者がいるってだけで御の字だから』

なまえの友達が少ないという言葉にかける言葉もなく、リドルは話をそらした。
確かになまえは友好的な性格というわけでもないし、どちらかといえば閉鎖的な人間関係の中で生活している。
ヴォルデモートが言ってきた、『内通者を作れ』という任務に適しているかといえば、答えはNOだ。

彼自身、なまえがどのような人間であるのかをそう知らずに呼び出したからそうなったのだ。
まあ期待する気持ちもわかる、若干15歳にして愛の魔法を完璧に作って見せ、尚且つこのノクターンで暮らしているとあれば。
また、自分の過去を引きつれてくるわけなのだから、それなりに使えると思ったのだろう。
大体あっているが、なまえの性格を考えると部下として使うには難しいのだ。

『まだ好きにしてても平気さ。あいつも地盤を固めている段階だし』
「そう。でもこの一件があるし、警戒はしておく」

なまえのように自分を顧みず、ごく少数の人だけを大切にする閉鎖的な人間は。
守る人が少ないだけに、かなり警戒心が高い。
万が一をすべて潰していく慎重派。
変なところ…具体的には自分自身に関係することに対しては抜けているが、それ以外はほぼ抜け目がない。
その抜けたところはできる限りリドルがカバーする。

なまえがこれ以上を望まない限り、彼女は間違いなく鉄壁の守りを持っているのだ。
その守りの中にいれば、危険なことはそうそう起こらない。
ただし、守りの中にいれば、の話だ。
なまえは出ていくものに対して、追いかけることはほぼ、ない。




なまえはぼんやりと教師のいる壇上を見ていた。
渋い茶色の壁に、目立つ桃色、サクラというにはあまりにきつい色、椿というにはあまりに物足りない色だった。

えへん、えへんと大していがらっぽくもない喉を鳴らしている。
典型的な管理職だなあとなまえは思った。
典型的な管理職に会ったこともないけれど。

「…ドローレス・アンブリッチ」
「知り合い?」
「いや。でも、少しばかり有名な人」

目の前のノットは少し眠そうな瞳をそっと細めた。
ディープグリーンの瞳は光を遮られ、更にその色を暗くしている。

少しばかり有名な人、という言葉にドラコは少し笑って見せた。
気取って肩を揺らして、確かに、と答えた。
最近のドラコはそうやって気取ることが多いのだと、隣のザビニが耳打ちした。

「魔法省の上級次官がここに来るとは…面白いことだな」
「や、面倒くさいだろ」

ドラコはアンブリッジが来たことをそれなりに喜んでいるようだった。
その隣のパンジーも嬉しそうだが、それはたぶんドラコが嬉しそうだからだろう。
そこに彼女の意志はない。

一方、ノット、ザビニは彼女が教師としてここに来たことを面倒に思っているようだった。
ただ、嫌悪というほどでもなく、視界にちらつくコバエを追い払いたいという気持ちに近い気がした。

なまえは危機感を感じていた。
三校試合の時と同じような危機感だった、誰もこの危機に対して抵抗がないことにさらに危機感を覚えた。
スリザリン生の誰もが気付いている、アンブリッジが学校に来たことの意味。
その意味は本当ならば、危惧するべきことだ。
例え、なまえに対しての知識があろうとも、無かろうとも。
闇の陣営であろうと、そうでなかろうとも。

むしろ、どうして彼女がここに来るとになったのか。
そしてその原因は何なのかの見通しがついているのであれば、きちんと、今年の危険性を認識すべきなのだ。
きちんと、というのは、今のスリザリン生のほとんどが、きちんとしていないとなまえが感じるからである。

「保持するべきものは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものは切り捨て、いざ前進しようじゃありませんか。開放的で、かつ責任のある新しい時代へ」

さて、保持すべきもの、正すべきもの、禁ずべきものはいったい何なのだろう。
きっと、彼ら彼女ら、みなみな違うに違いない。
アンブリッジとその隣で手を打つダンブルドアで、その考えが違うように。


寮に戻ると、みな談話室のソファーを陣取り、グループで話し合いを始めた。
毎年のことであるように思える。
なまえは、誘いを断り、コロニーがたくさん出来上がった談話室を突っ切り、部屋に戻った。
これも毎年のことである。

部屋に行って、なまえはリドルと今年の話をする。
これも毎年のことだなあとなまえは思った。
そして、自分がリドルに頼りきっているなあとも。

「楽天的、みんなそう。イギリス人はみんなこうなの?」
『まさか。でもここは学校だからね、そして、学校と家庭から出たことがない人ばかりだから、こうなるのさ』

楽天的なのは、なまえも同じだ。
外は確実に危険が増えているし、大人は不安の影を見ているし、世の中には薄い暗雲が立ち込め始めている。
なまえはそれを見ている、ノクターンに流れ込んで濃度を増していく闇も、コレットの不安そうな様子も、グリーングラスの覚悟を決めた顔を。
でも、それらは自分には関係ないと思う気持ちが、少なからずなまえにはあった。
その自覚もあるから、なまえは、ホグワーツの生徒よりも危機感があり、しかし大人ほどはない、微妙な状態だ。

リドルは、なまえのその微妙な状態でも悪くはないと思っていた。
危機感を感じすぎてしまえば、それは責任感に転化しかねない。
それはあまりに荷が重い、生徒が背負わないそれをなまえが背負う必要性はない。

『なまえは敏感だからね。現時点でアンブリッジに危機感を覚えているのは、なまえと…おそらくグリフィンドールの3馬鹿だろうな』
「3馬鹿…そのうちの1人はどうだかわからないけど、グレンジャーとポッターはそんな感じね」
『詳しく言えば、そうだろうね。でも詳しく言う必要性もない。彼らのことは放っておこう。彼らと関わると碌でもないことになるから』
「リドルの場合はね」

なまえは意地悪そうに笑って見せた。
覗く八重歯が蛇の牙を思わせて、リドルは少しばかり怖気がした。

なまえの成長は、去年からそのスピードを増している。
徐々に、徐々に、自分に近づいていくような気がしている。
なまえが、リドルのようになるとは、彼は思わない。
むしろ、別の何かなにだろうと思っている。

その、別の何かが分からないから、リドルは恐怖を感じた。
きっと、自分の成長を見ていたダンブルドアはこういう気持ちだったのだろうと思った。

「何事も起こってみなければわからないけど、起こったときに最小限の被害で済むようにしないと」
『そうだね』

きっと、なまえの言う、最小限とは本当に最小限だ。

ポッターがなまえと同じようなことを言ったのなら、彼の最小限はグリフィンドール生だし、それ以外の仲のいい寮だし、仲のいい人だし、彼の味方の人だ。
それはとても広い範囲に及ぶだろうし、彼はそのうちの何名かがいなくなると悲しむ。
そしてその悲しみを乗り越えられる人だ。
だから、彼は果敢だ。

一方のなまえは、本当に仲のいい、一握りの人を最小限という。
すべての人の名前を言え、両手で数えられるくらいのちいさな数。
それはとても狭い範囲だし、そのうちの何名かがいなくなったら、なまえはひとりぼっちになるだろう。
そして、その悲しみの中に戻るのは、絶対にいやだと考えている。
だから、なまえは堅実だ。

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