84.闇の王
なまえは、ドアノブをひねった。
そして、開けることなく手を引っ込める。

「ノック、忘れてた」
『…別に必要ないと思うけど』

なまえはリドルのぼやきも聞かず、軽快に2回ほどノックをした。
返事はなく、なまえは扉の前で待ち惚けをしていた。
少しの間があったが、返事の代りに扉が開いた。

「誰だ」
「なまえ・みょうじです」

グリーングラスよりは厳しい声音だった。
なまえはそれにも臆することなく答えた。
少しだけ開けられた扉の奥には、子どもたちがまとめて広めの牢獄に入れられていた。
皆、肩を寄せ合って縮こまっている。

なまえの名前を聞いた死喰い人は少しばかり驚いたようだった。
顔は仮面で見えないが、そうであったと思う。

「我が君、なまえ・みょうじと名乗るものが…」
「通せ」

死喰い人は、扉から離れて部屋の奥へと舞い戻った。
扉が閉まりきる前に、なまえはその戸を手で止めて、中の様子を見た。
子どもたちは牢獄に入れられているものの、目立った外傷はなさそうだ。
泣いている子もいないことはないが、そこまで酷い状態ではない。

扉で隠れた左のほうから、低い声がした。
死喰い人の声と、もう1人。
なまえは死喰い人が戻ってくるのを待っていた。
死喰い人は、なまえの抑えていた扉を全開にした。

暗闇の中、月明かりに照らされて銀の鉄格子がきらきらと瞬いている。
部屋の左奥、この場の主のいる場所はなお暗く、目を凝らしても見ることはできない。
なまえは迷うことなく左奥に向かって行った。

「こんばんは」
「お前がなまえ・みょうじか」
「そうです。はじめまして」

なまえはいたって平然だった。
椅子に座る主も平然としており、初対面とは思えないほどだった。
その様子に、部屋内は息をのんだ。
なまえよりも、部屋内にいる2人以外の人間のほうが緊張していた。

なまえは膝をつくでもなく、立って例のあの人を見ていた。
しばらく睨みあっていたが、あの人が先に動いた。

「これは、お前が作ったものだな」
「そうです」
「よくできている」

あの人の手には、セドリックに渡したブレスレットがあった。
切れたブレスレットは、この人の手に渡っていたらしい。

「ありがとうございます」
『…ありがとうございますじゃない』

なまえはどう返していいのかわからなかったのか、ただ素直に言葉を受け取った。

緊張しきっていたリドルはそこでようやくちょっとだけため息をついた。
何だかようやく一息付けたような気がした。
なまえはあくまで自分のペースを乱さずに、会話を続けていた。
下手に緊張しきって話せないよりかはいいかもしれない、とリドルは考えを改めた。

会話は途切れ途切れで、時折風も吹いていないのに蝋燭の火が揺れているのがとても気になった。
周りの死喰い人も同じような気持ちなのだろう、落ち着きなく、だが微動だにもせず立ちすくんでいた。

「お前の能力を買おう」
「…どのように?」

なまえはその言葉に、ようやく表情を変えた。
眉を寄せ、怪訝そうな顔だった。
15の小娘が、我が君に対してそんなにあからさまな表情をしていいものかと、死喰い人たちが顔を青くするくらいには。

リドルは意外にも平然としていた。
もうこの際、なまえはなまえらしくしていた方がいいとすら思っていたからだ。
下手に媚を売られるのには飽きているだろう。
もしヴォルデモートがまだリドルと同じような考えを持っているならば、なまえ程度の反抗は可愛らしいもので、ちょっとした刺激にはちょうどいい。

「安心しろ、お前のように思っていることが顔に出るような奴はスパイにはしない」
「私も向いていないと思います」
「よくわかっているな。では、お前は何をすべきだと思う?」

なまえは平然と話を進めているが、なまえとヴォルデモート以外の人は皆驚きを隠せずにいた。
ヴォルデモートとなまえが何の問題もなく話を続けられている。
これは非常に珍しいことだ、感情の起伏が激しいヴォルデモートがこうも長く下らない話をしているのだから。
癇に障ればすぐに殺してしまうような人が、小娘と冗談を交えながらも会話をしている。

仮面越しなので死喰い人たちが本当に驚いているのかはわからない。
ただ、皆一様に息を飲んでは硬直し2人を見ていた。

リドルは驚いてはいたが、納得もしていた。
なまえは最初からヴォルデモートを恐れてなどいない。
死すらも恐れていない。
ただ彼女は、誰かのために動いているにすぎない。
だからこそ危うくて、最初のうちは(無論今もだが、まだましだ)ひやひやしていたのだ。

今のヴォルデモートは、なまえを殺す気がない。
気が変わることも、おそらくはない。
そう言い切れるのは、自分がヴォルデモートの過去だからだ。
こんなに訳の分からない面白いものを、そう簡単に殺す気にはならない。

「私なら、仲間を増やしますね。信頼できる人を探します」
「そうだ。俺もそうしたいところだが、俺の名前を聞いただけで失神する奴までいる」
「それは仰々しいですね」

なまえの回答は正しかったらしい。
ヴォルデモートは満足そうに頬を釣り上げた。

なまえはヴォルデモートの話が面白かったのか、口に手を当ててくすくすと笑っていた。
緊張感の欠片もない。
なまえのクスクス笑いが止まるまで、ヴォルデモートは話をするのをやめていた。
ようやく笑うのをやめたなまえを見て、ヴォルデモートは言った。

「なまえ、俺を裏切らないと誓えるか」

無理な話だと、リドルはそう思った。
明らかな悪になまえが靡く必要はない。
そもそもなまえは中立でいいのだ、一般的な大多数の人間と同じようにどっち付かずの状態でいい。
むしろそれが生き残るうえでベストだった。
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