なまえはどこかの集団にくみすることを良しとしないだろう。
集団の中で疎外されたことがある人間は、群れることをどこかで拒否する傾向にあるというのがリドルの持論だった。
孤独を味わったことで、二度とそうなりたくないとそう思うのだ。
孤独になりたくないから集団に属することはあっても、その集団のために尽くすことはない。
『どうするの、なまえ』
「私って結構無計画だと思わない?」
「おー、そうだな。身一つでノクターンに転がり込んでた女だもんな、比喩なしで」
『…そうだったね』
不可抗力とはいえ、なまえは身一つでノクターンに転がり込んでいた。
ちなみに地べたで寝ていたことすらあるそうだ。
僕はその頃のなまえを知らないけれど、なんとなく想像できるのが怖い。
なまえが無計画なのはいつものこと。
やってみようと思ったこと、何でもやる子だ。
そして、大抵のことはうまくいく。
コレットは苦笑交じりに言った、まあなんとかなるだろ、と。
不思議なことに、なまえはそう思わせるだけの何かがある。
「そうだ、なまえ。お前これ持ってろ」
「…呪文が書いてあるね」
「もしそれが切れたら、俺のも切れる。やばくなったら切れ。あと、まあ麻痺呪文くらいならそれが身代わりになってくれるからな」
細い短冊形の形紙がシュルリと音を立てて手首に張り付いた。
巻き付くときに見えた裏側には何やらたくさんの文字(ルーン文字だったと思う)が書かれていた。
なまえの“ブレスレット”ほどではないが、似たような効力を持っているようだ。
コレットが先頭を歩き、なまえはその後を追った。
「さて、早速いらっしゃるな」
ハーディス地区の入口にはすでに死喰い人が1人いた。
いったい何人の死喰い人がそこにいるのかはわからない。
地区の入口近くの建物の影に身を隠していたコレットが、サバイバルゲームでもするかのごとく姿勢を低くしていた。
その隣でもともと背の低いなまえが小首を傾げていた。
そして、何も言わずにトコトコと建物の影から出て死喰い人のほうへ向かう。
僕はなんとなくそうするだろうなあ、と思っていたので特に驚くこともなくそのあとをついて行った。
危ないことに変わりはないが、まあ部屋に不意打ちを食らわせようとして戦闘になるよりはましだ。
絶句しているコレットを尻目に、なまえは死喰い人のほうに歩いていく。
あまりにも自然な様子だったので、死喰い人も大して警戒していない。
「あの」
「なんだ…危ないから帰りなさい」
「あ…思ったよりも、死喰い人さんって丁寧なんですね。さすが純血…」
『思っていることを何でも口にする癖、何とかしなよ、なまえ』
見張り役の死喰い人は怪訝そうになまえを見た。
ハーディス地区は人狼街なのでただでさえ危ないのに、今ここには例のあの人までいる。
こんな危ないところに子供が来るんじゃないとそういう感じのことを、教師が生徒に諭すように彼は言った。
なまえはその言葉に、素直に驚いて、素直に驚いたことを口にした。
死喰い人は更に怪訝そうにするばかりだった。
「ふざけてないで帰りなさい。親はどうしているんだ、全く」
「すみません。ここの人たちはなまえ・みょうじを探していると聞いたのですが、本当ですか?」
この死喰い人はおそらく子持ちなのだろう。
子どもを戦いに巻き込みたくないという、真っ当な考えを持っているようだった。
ただ、目の前の子どもはそんな真っ当な考えなど持ち合わせていなかった。
すみませんがExcuseではなく、Sorryであっただけましだったのかもしれない。
死喰い人はなまえの名前を聞くと、少しだけ驚いた顔をした。
しかしそれは一瞬で、すぐにまた眉を寄せた。
「…その通りだ」
「私がなまえ・みょうじです。私を探している人に会わせてください」
死喰い人は、また驚いた顔をした。
忙しいことだな、となまえはのんきに思った。
死喰い人はしばらく黙っていたが、口を開いた。
「やめておきなさい。悪いことは言わない、逃げなさい。服従したくないだろう。私だって娘のいる学校にスパイなど送りたくないんだ」
「すみません。ここにいる子たちはこのままでは死んでしまうんでしょう?学校は大丈夫ですし、私も大丈夫ですから」
「ダメだ。今年のホグワーツには魔法省のものが入る。彼らはダンブルドアの敵だ。付け入る隙がありすぎる」
なんだかさりげなく、すごい情報を手に入れたなとなまえは感じた。
なるほど、学校に魔法省が介入するのか。
今年のホグワーツは荒れそうだ。
しかし、それとこれとは話が別。
ハーディス地区の子どもを守るには、こうするほかない。
自分が服従されないとは言い切れない。
しかしリドルがついていてくれる分その可能性は下がるし、コレットもバックにいる。
もし、私が服従させられたその時は何とかしてくれる人がいる。
「私は1人じゃないです。もしかけられたとしても、異変に気付いて止めてくれる人がいます」
「…私は忠告したぞ」
「はい、ありがとうございます」
死喰い人の男性はため息交じりに入口の前からどいてくれた。
コレットに何か言おうかと思ったが、彼はあの場所から動いていない。
それでいいのだと思う、彼にもコレットがここにいるのは教えなかった。
もし私が服従の呪文をかけられて帰ってきたら、すぐにコレットが対応してくれるだろう。
死喰い人は持ち場を離れて、なまえの後ろをついてきた。
「死喰い人さん」
「グリーングラスだ」
「緑の芝生…?」
「お前、英国人じゃないのか…名字だ、私の」
「あ、すいません」
素で間違えたなまえに呆れたような視線を送るグリーングラスは非常に心配になった。
ここには例のあの人が来ていて、彼女を呼んでいるのはその人だ。
こんな失礼なことばかり言っていては、下手をすれば殺されてしまう。
グリーングラスは、なまえ・みょうじの名を知っていた。
上の娘と同い年のスリザリンの女の子だと聞いていた。
どこの家の子かもわからないが、素朴で面白い子で、なぜかマルフォイやノットが気に入っていると。
娘も話したことがあるそうだ、非常に頭のいい、丁寧な子だとそう言っていた。
確かに丁寧だが、あまりに間抜けだ。
「ハーディス地区の子どもは無事でしょうか」
「多分な。…だがあのお方は異業種がお嫌いだ」
「そうなんですか」
恐らくまだ無事だろうとグリーングラスは考えていた。
あの方は、なまえ・みょうじがこのハーディス地区によく出入りしていることを知っていた。
知っていて、彼らを人質に取った。
もしなまえが来なければ、この異形の子どもをいいように使い捨てればいい。
中には魔法を使えるものもいるようだったし、満月の夜に放せば非常に大きな被害を生むことができる。
その上、子どもたちは言いようもない絶望を味わうことになり、それはそれで面白い。
きっとそういう考えなのだろうとグリーングラスは考えていた。
しかし、このお人よしの娘はここにきてしまった。
「いいか、なまえ。嘘は言ってはいけない、すべてばれる」
「はい」
「答えにくいことは黙っているといい…適度にだ。過度にやれば、」
「殺されるかもしれませんね、気を付けます」
あっさりとなまえが殺されるというので、グリーングラスは驚いた。
なまえは恐れを知らない。
あの人のことも恐れていないし、死すらまるで何でもないかのように振る舞う。
グリーングラスには、それがどこか恐ろしく感じた。
普通なら、恐れを知らないなど愚者の戯言でしかない。
しかし、なぜかなまえが言うとそうは聞こえないのだ。
「このさきの大広間にあの方はいらっしゃる」
「ありがとうございます」
なまえは恐れを見せることなく、ただじっと廊下の突き当りの扉を見ていた。
鈴のような声だけが、黒い廊下に響いている。
グリーングラスの後ろにいたなまえが、ふっと前に出た。
そして、振り返る。
象牙の肌が月明かりを反射し、滑らかに光っていた。
黒のビロードの髪は闇に溶けきり、黒曜石の目だけは静かにたたずんでいる。
その妖艶な様子に、グリーングラスは喉を鳴らした。
「グリーングラスさんの娘さん、知り合いです。お姉さんは同い年で、穏やかな人で時々お菓子をくれます。妹さんは少々やんちゃですが、勤勉ないい子です。…彼女たちが幸せな学校生活を送れるよう、努力しますので」
「…ああ」
まるで他人事だった。
これから危険にさらされるのは、ダフネたちではない。
目の前のなまえがこれから危険にさらされるのに、まるで娘たちのことをそれよりも重要であるかのように言う。
否、違うのかもしれない。
娘たちのことでさえ、彼女は他人事だ。
グリーングラスには、なまえが何を考えているのか全く分からなかった。
だからこそ、末恐ろしく感じた。
彼女はそれだけ言うと、何のためらいもなく廊下を進んだ。
なまえの姿が闇に溶けるその一瞬を、グリーングラスは見逃した