危惧していた事態が起こった。
夏休みもあと1週間とちょっとを残すころ。
夕闇に埋まろうとするオリュンポスに小さな影が飛び込んだ。
「コレットさん!コレットさん!たすけて!」
「…マル?どうした」
「街におとなが…おねえちゃんたちが…!」
飛び込んできたのは、ハーディス地区の子どもだった。
コレットはカウンターから急いで出て、子どもを迎えた。
マルと呼ばれた子どもは6歳の男の子、その手には更に小さな手が繋がれていた。
ハーディス地区最年少、3歳のカナリアだ。
彼女は両目に涙を浮かべて、ただマルの手を握りしめて立っていた。
夕食を食べていたなまえもマルとカナリアの傍に寄った。
彼らは拙いながらに一生懸命今あったことを伝えてくれた。
曰く、ハーディス地区に死喰い人が入り込んできた。
例のあの人もいて、10歳から上の子どもたちに仲間になるようにと言ってきた。
ハーディス地区の子どもたちはそれを拒み、籠城をしていると。
身体の小さなマルやカナリアは通気口から逃げ出すことができたらしい。
「わかった、行ってみよう」
「私もいくよ、コレット」
「…お前は来るな」
『なまえはいかない』
コレットは話を聞いて、ハーディス地区に向かうことにしたらしい。
子ども好きなコレットとしては見過ごせないのだろう。
ただ、彼に何ができるのかはわからない。
ノクターンでは、助け合いなどという言葉はほぼ存在しない。
地区ごとに同盟を組む程度のとはあっても、それすらしょっちゅう破られる。
何か自分たちにとってのメリットがない限りは動かない、そういうものだ。
そんなノクターンの中で異質なのが、コレットである。
宿を営み、カフェを経営している彼はお人よしがたたって、何でも屋のような部分すらある。
コレットが行くというのでなまえも行こうとしたが、本人とリドルに止められた。
なまえはごねてもよかったが、仕方がなく引き下がった。
どちらにせよ、マルとカナリアの面倒を見る人が必要だ。
「宿は任せたからな、なまえ」
「わかった。気を付けて」
「…なまえ?」
コレットはローブを羽織り(滅多にみられない姿だ。普段はジーンズとTシャツ姿である)杖をベルトに差して玄関に立った。
彼は鍵をなまえに手渡し、夜のノクターンに身を投じようとした。
その時に、唐突にカナリアの小さく細い声がなまえとコレットの耳に届いた。
マルが慌てたように、カナリアを見た。
カナリアは失敗してしまったとわかったのか、引っ込んでいた涙がまた目に浮かんでいた。
「私が、何?」
「…死喰い人のリーダーが、なまえを探してたんだ。なまえ・みょうじを知らないかって」
「じゃあ私が行ったほうがいい?」
『行くな』
なまえの背後でリドルが声を低くしてそういった。
未来の自分だから何を考えているのか、少しはわかる。
ホグワーツに送るスパイは多いに越したことはない。
マルフォイは温室育ちで、そう役に立つとは思えない。
そうではない、生粋の闇育ちのホグワーツ生がいたなら、それは重要な人材だ。
どこからなまえの情報を手に入れたのかは分からない。
しかし、もしもあの“ブレスレット”を作ったのがなまえだと知れていたら。
あいつはなまえを欲しがるに違いなかった。
どのように、なまえが使われるかなんて考えたくもない。
何よりなまえがそう簡単に使われるかといえば、それも否であるとリドルは思っていた。
抵抗をすれば、余計に立場は悪くなる。
捕まらないに越したことはないのだ。
「どちらにしたって、狙われているってことはいつかは捕まるってことだよ」
「でも、なまえはあと1週間くらいでホグワーツだろ。逃げ切れる」
「その1週間、ハーディス地区はもたない。違う?」
なまえのいうことは確かだ。
ただ、コレットのいうことも確かだった。
なまえの安全を取るか、ハーディス地区の子どもの安全を取るか。
リドルの中では決まっていた、なまえの安全を取る。
しかし、なまえの中ではハーディス地区の子どもの安全を取ると決まっているだろう。
問題はコレットだった。
彼がどちらを取るのか、それにかかっていた。
「…なまえの好きなようにするといい。だけど行くなら一緒だ」
「行く。…マル、カナリア、2人で平気?」
「平気、ごめんね、なまえお姉ちゃん」
「ううん」
即答だった。
リドルは頭を抱えたくなるのを堪えて、これからどうするべきか考えた。
未来の自分はなまえを手中に入れたがるのだろう。
そしてなまえはそれを拒む、そこまではなんとなく想像できることだ。