夏休みも中旬を迎えるころ。
なまえはノクターンから離れて、ダイアゴンに来ていた。
水色のストライプのワンピースは、胸の下の白いリボンがアクセントになっている。
髪はお下げにしたものを項でまた編み込み、首元が涼しいようにした。
リドルの力作である。
なまえが歩くたびに、スカートの裾のフリルがふわふわと揺れる。
その感覚が楽しいのか、なまえの機嫌はよかった。
人の少ない朝の時間帯を指定して呼び出してくれたセドリックの配慮もなまえの機嫌の良さの1つだ。
「なまえ、おはよう」
「おはよう、セドリック」
待ち合わせは、モーニングメニューのある喫茶店だった。
モーニングの時間帯であったが、店内はあまり混んでいなかった。
店の端っこで、老夫婦が仲睦ましくカップを傾けている程度だ。
窓際の席に、セドリックはいた。
夏休み、なまえを遊びに誘うのはもっぱら彼ばかりだった。
「今日のワンピース、可愛いね」
「ありがとうございます」
なまえの後ろで、リドルがクスクスと笑った。
基本的になまえの服のチョイスはリドルの担当である。
カウンターの店員さんがメニューを持ってやってきた。
なまえはエッグベネディクトを頼んだ、彼女は最近卵料理が好きだ。
セドリックはホットサンドとコーヒーを頼んで、店員が去ったのを見て話を始めた。
「なまえ、ノクターンは大丈夫?」
「大丈夫。でも、だいぶいろいろ変わってきたね。うちは中立らしいけど」
「魔法省はもうまずいだろうって。大臣のせいでどちらかというとあの人サイドらしい」
こそこそと声を潜めて話す内容は、魔法省の現状だった。
セドリックはあの人の復活について、多少なりとも明言をした。
ハリーほどではないが、それでもそれなりの注目度はあった。
しかし、セドリックはいつしかあの人の復活について明言をしなくなった。
当然のことだ、セドリックの父親は魔法省勤め、下手なことは言えない。
一度警告を受けた時点で、そのことについては触れないようにすることに決まった。
セドリックはそれに対して多少の不信感はあったものの、逆らうつもりはなかった。
魔法省はある意味、情報の宝だ。
様々な情報が行きかっている…それを生かすには、それこそ魔法省の内部にいたほうがいいのだ。
セドリックは父親が魔法省内で仕入れてきた情報を、なまえに流していた。
なまえが情報を望んだから、理由はそれだけで十分だった。
「そう…嫌な感じね」
「うん。重々気を付けて。来年もひと波乱ありそうだ」
「波乱がなかった年なんてあった?」
「…ここ最近はないかもね」
なまえがふふっと笑うと、セドリックも笑う。
リドルは若干の恐怖を抱いていた。
というもの、なまえは成長するにつれてどんどんと自分に似てきたからだ。
なまえは今年で15歳。
とうとう成長のない記憶のリドルと同い年になった。
15歳のリドルは、すでに重要な配下を手中に収め、現在の死喰い人の基盤を作り上げていた。
それを行うのに必要な最たる才能は、魅力である。
この人について行きたいと思わせるような魅力が必要なのだ。
それは後天的に身に着けるものだけでは足りない、先天的な才能…いわゆるカリスマ性がないと難しい。
なまえは確実にそれを持っていた。
だからこそ、コレットのもとで生活できているし、マグル生まれでありながらスリザリン生とうまくやれているし、警戒心の強い人狼の子どもたちと仲良くなれ、セドリックから内部情報まで得ることができた。
自分が笑えば、周りが笑う。
その状態を作り上げることができる人こそ、人を統べる人の姿だとリドルは考えている。
「セドリックは大丈夫?」
「うーん、たぶん大丈夫。一応就職は魔法省にしようと思っているけど父の役職を継ぐだけだからね」
セドリックの父の役職は、魔法動物課。
まあ確かに、あまりあの人が興味を示しそうな部署ではない。
なまえはほっとした気持ちを苦笑に乗せた。
運ばれてきたエッグベネディクトの半熟卵を幸せそうに頬張るなまえを、セドリックはみていた。
5年、長い時間だったような、そうでないような。
なまえのことを1年の最初から知っていたセドリックは感慨深く思った。
1年の頃はニコリともせず、無表情で食事も機械的にしか行わなかったなまえが目の前でふわふわとした嬉しそうな顔で食事を摂っている。
自分が気にかけていた少女が、花開くように美しく成長したことにセドリックは言い難い幸せを感じていた。
たとえ、彼女がいまだ自分に心を許し切っていないとしても。
それすらも気にならないほど、セドリックは現状に満足していた。
「今日はこれから何をしようか」
「今日は暑くなるみたいだから、あまり外には出たくない」
「うん、分かった。じゃあどこかで本でも買ってお店で読もう」
こうして、時々彼女に会ってのんびりする時間が、どうしようもなく愛おしかった。