80.4度目の夏
じりじりと照り付ける日差しは、ノクターンにとっては明るすぎる。
その太陽の日差しを遮断し損ねていたのになまえは気付いて、遮光カーテンをしっかりと閉めた。
部屋の中は電気をつけないと手元が見えないくらい、暗い。
この部屋唯一の窓は、夏休みが始まってから閉じられたままだ。

生活するにはあまりに光が少なく、どこか牢獄すら彷彿とさせるような部屋。
その部屋の壁にはガラス戸が多くあり、戸の中で液体の入った瓶が怪しげに無機質な光を反射していた。

その異様な部屋にそぐわない、涼やかな水色のネグリジェ。
柔らかそうな黒髪は、頭のてっぺんで蜷局を巻いて団子状になっている。
額にはうっすらと汗が浮かべられ、眠たそうな瞳はじっと緑色の液体を見つめていた。
あまりにもミスマッチな光景に、リドルは苦笑するばかりだ。

「なまえ、寝るか見るか、どっちかにしたら?」
「あんまり眼を離したくないの」
「そりゃそうだろうけど」

なまえは手にもった掻き回し棒を鍋から引っ張り上げた。
その先端をじっと見つめていたが、やがて諦めたように棒を傍の流し台に置いた。

「ダメ、全然飲む気にならない」
「…飲まないでよ?」
「わかってる…でも見た目って重要じゃない?それにこの匂い、歯磨き粉みたい…嫌いじゃないけど」
「歯磨き粉ならまだましだね、この前のゴムみたいな匂いよりかは。スライムからきちんと液体になっているし、進歩はしてるよ」

リドルの励ましを軽く受けながら、なまえは伸びをした。
鍋の火を消して、液体を瓶詰する作業の準備をし始めた。
粗熱を取る必要があるから、いったん保護魔法をかけて放置する。

薄暗い部屋…なまえはここを研究室と呼んでいるが…研究室を出て、自室に戻った。
扉一枚で隔てられたこの部屋は、非常に生活館に置触れている。
薄いレースのカーテンからは夏の日差しが差し込んでおり、電気をつけずとも明るい。
なんとも健康的な明るさに、なまえは目を細めた。

クローゼットからパフ袖の緑のワンピースを取り出して、新しい下着も用意する。
そのうちにリドルがシャワー室の温度を適温にして、タオルを用意してくれていた。

シャワー室に向かう最中にある本棚の時計は]を指していた。
今日はまだまだ暑くなるらしい。


「おお、なまえ。ようやくお目覚め…ってわけでもなさそうだな。むしろ寝てんのか?お前」
「寝てるよ」

寝てるといってもたったの2時間だ、それは寝たとはいえないとリドルは冷静に無言で突っ込んだ。
なまえは夏休みに入ってからというものの、薬品の研究に没頭している。
どうやら研究者気質だったようで、時間も忘れて(薬品を火にかける時間だけはしっかりしている)調合を行っていた。
ホグワーツで取った貴重な薬草やノクターンで売られている薬品を組み合わせて、味のいい薬をつくり出しているのだ。

商品化されているのは風邪薬や頭痛薬と言った簡単なものだが、評判はいいらしい。
また、味のほかにも錠剤など液体ではない形の薬も販売しており、こちらの評判もいい。
スタッズのおばさんやコレットが噂を流してくれているので、なかなか売れ行きも良かった。
その売上でまた薬品を購入し、研究に…といった塩梅だ。

「脱狼薬、作りたいんだけどやっぱり難しいね」
「あー、脱狼薬な。確かにノクターンには必要だな。満月の夜が危なすぎなんだよ、ノクターンは」

なまえの最終目標は、脱狼薬の完成だった。
ノクターンには、かつてのなまえと同じような多くのストリートチルドレンがいる。
親に捨てられたり、虐待の末逃げてきたたり、そんな子どもたちばかりだ。
なまえより年上もいれば、年下もいる。

たいていの場合は、皆集団で動き、盗みを働くグループもあれば、きちんとした仕事についているグループもあり、人数も人種も多種多様。
魔法を使える子も中にはいて、その子が大抵リーダーをしている。

そのグループの中に、人狼のグループがある。
彼らは昔に人狼に噛まれてしまった子どもたちで、親が育てきれずに捨てられた子ばかりである。
中途半端にいい暮らしを知っていて、親の愛を知っていて、それで今このノクターンでつらい生活を強いられている子どもたちがいるのだ。
なまえがそのグループにあったのは3年の夏。
コレットがそのグループにこっそり食事を与えているのを見てからだった。

「いやさ、こいつらマジで悲惨だよ。なまえより悲惨。月に1度のことだけで、こんな体になるんだぜ?」

そう言って、たくし上げたTシャツの下は傷だらけ。
噛み傷やひっかき傷の中に、青痣や火傷、棒で叩かれた跡などがあったのを、なまえは見過ごさなかった。
なまえよりも幼いその子は、まだ5歳程度。
怯えた目でなまえを見上げていたのを、覚えている。

そのあと聞いたところによれば、ノクターンにはこうした人狼の子が十数名いることが分かった。
上は20歳から、下は3歳。
18歳の子がリーダーだった。


「まあ、なまえは適当にやればいいと思うわ。別に私たちのためとかそういうのいらないし。同情なんてまっぴらよ。同情するなら金をくれってやつ」
「そうだね」
「でもこうしてお茶をするのは悪くないわ」

リーダー格の18歳の女の子は、短いウルフカットを描き上げてそういった。
米神には何の傷か分からない傷跡が汗に濡れていた。
なまえは淡々と紅茶を飲む。
その足元で、3歳の男の子が両手に抱えるようにしてクッキーにかぶりついていた。

ノクターンの奥地、ハーディス地区。
そこはノクターンの中で最も危険といわれる地区である。
その実情は、人狼たちの住処である。
人の世を追われた人狼たちが集まる場所、それがハーディス地区だった。
年齢層が低いのは偏に、大人になったら働きに出るからである。
また、満月の日に大人の人狼が子供の人狼をかみ殺さないように、この地区では20歳以下の小柄な子どもたちだけで構成されていた。

この地区の入口は、狭く細い路地のみ。
大人は高く堅い、元監獄の壁を壊さなければならない。
壁の内側は、子どもの人狼だけの楽園だった。

「それでルイサ、困りごとは?」
「最近、この辺りを大人がうろついてるの。ウザったくて。…ただの大人ならいいんだけど、ルーク曰く、あれは死喰い人だろうって」

ルークはハーディスにおける最年長の青年だ。
身体の線が細く、小柄なため20になってもこの地区に来ることができる。
ただ、自分の力をきちんと把握しているため、満月の日は来ないようにしている聡明な人だ。

ルイサは眉根をしかめながら、紅茶を一気に飲み干した。
鼻に皺を寄せるさまは、どこか犬に似ている。

「たぶん、私たちを引き入れようとしているのね…嫌だわ。本当に嫌。なんで大人って都合のいい時だけ…」

ハリー・ポッターとセドリック・ディゴリーが例のあの人の復活を示唆する発言をした。
それ以来、ノクターンの情勢は大きく変わった。
住民はおおよそ2つの傾向に分かれた。
例のあの人について行くという人と、そうでない人だ。

たいていの場合、地区ごとにその傾向を決める。
ここ、ハーディス地区は例のあの人について行かない地区だ。
子どもの人狼ばかりの街を制圧することにどんな意味があるのか、彼女はわかっていない。
ただ単に、大人のいいように使われるのが嫌なだけだ。
だが、それでいいとなまえは思っていた。
下手に、例のあの人の作戦を知るよりかはましだと、そう思っていた。

例のあの人は、きっと将来を鑑みて末永く使える人材を欲している。
だから、あの人が狙うは子ども。
ここも危ないかもしれないと、そうなまえは考えていた。

リドルもそれには気づいていたが、彼の思考はなまえの先をいっていた。
なまえもあの人にとっては子どもなのだということ、これはリドルにとって重要なことだった。
しかもなまえは、痕跡を残してしまっている。
去年、ディゴリーのために作った“ブレスレット”
あれは確か、あの現場に取り残されたままだった。
あの“ブレスレット”の作り主がなまえだとわかれば、あの人は黙っていないことだろう。
リドルは一層身を引き締める思いだった。

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