78.杞憂と憂鬱
どれくらいの時がたっただろう、空は完全に黒のビロードに覆われている。
ざわめきは波のように打ち寄せては消え、端になればなるほど静かだ。
ある時、大きな波が押し寄せて、なまえはあわてて席を立った。
端っこから中央に向けて、人を押し分けて進む。

「セドリック!」

こんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。
あたりの人はぱっとこちらを見た。
それすらも気にならないくらい、なまえは必死だった。
フィールドに返ってきた彼は傷だらけだった。

それでも、いつも通り、手を振って笑って。

「っ…!おかえりなさい!」

なまえは手を振り返して、満足した。
満足するとやはり恥ずかしくてそのままその場にしゃがんだが、リドルに言われて元いた席にそそくさと戻った。
斜陽はもうないが、それでもライトに照らされた頬は赤かった。


その後、何らかの事件があったらしくごたごたが続いた。
関係のない生徒は寮に戻され、教師や選手だけが集められ話し合いが行われている。
なまえもパンジーたちと寮に戻った。
何があったのかについて様々な憶測が飛び交っており、スリザリンの雰囲気は最悪だった。

その原因はポッターの一言、あの人が復活したという言葉。
それはスリザリン生にとっては恐怖の一言であった。
戦争を知らない世代ではあるものの、両親からの見聞や未だに続く疑念のまなざしなどを知っているため、帝王の動きには敏感だ。

また、リドルもこの話には敏感だった。
彼はポッターとセドリックが帰ってきた時点で、目の色を変えて警戒を始めた。

『なまえ、下がれ』

その時はセドリックが帰ってきた嬉しさで冷静になれなかったため気づかなかったが、あの時のリドルはいつにもましてきつい言い方をしていた。
彼は未だ帝王と何かでつながっているようで、帝王の復活にいち早く気付いた。

『試合の最中はぼんやりとだったけど、ポッターが帰ってきたときに確信に変わったよ。あいつ、僕の魔力を少し身にまとってた…たぶん復活した僕とやりあったんだろう』

部屋に戻ってなお、リドルはピリピリしていた。
なまえにとって、闇の帝王はそこまで恐怖の対象ではなかった。
今までマグルとして生きていて帝王のことは知らず、何の影響もなく育ち、魔法界に来て帝王の過去と仲良くなった。

そんななまえが帝王に恐怖感を抱くというのは難しいことだ。
テレビの中の殺人を見ているようなものだった、現実のしかもかなり近しい場所で起こっていることであるのに鈍感だ。
だからこそ、リドルはさらに敏感になる。
危機感のないなまえを助けるために。

「今考えても仕方ないよ。情報も少ないし、私は寝るね」
『…そうだね。今日は一日いろいろあって疲れただろうし。おやすみ』
「思い出させないで…おやすみ」

なまえは拗ねたようで、布団を鼻の上までかぶって窓側を向いてしまった。
それから間もなくして、寝息が聞こえ始めたので寝つきはよかったようだ。
よっぽど疲れていたのだろう。

なまえが眠ったのを確認して、リドルは部屋を出た。
ヴォルデモートの情報がいち早く欲しかった。
スリザリン生はまだ恐怖と興奮が醒めていないようで談話室でしきりに話し合いをしていた。
その中でも目立つのはマルフォイだ、さまざまな憶測を聞いたり話したりしていた。
他の目立った旧家はノットだが、彼はあくまでクールで情報をただ聞いている。

リドルに言わせれば、正解はノットである。
情報に左右されすぎるのはよくない、あくまで自分の意見を家の意見を柱として持つべきだ。
しかし、スリザリン寮内の情報は惑わされても問題なさそうなレベルのもの。
どれも憶測ばかりで真相に近づいていると思われるものはない。

リドルは寮を出て、地上を目指した。
ダンブルドアのそばに行くのは危険だと考え、とりあえずティゴリーの居場所を探ることにした。
おそらくポッターにはダンブルドアがついている。
その場に居合わせたもう一人の生き残りの話を聞くのが賢明だ。
まだ話し合いは続いているのだろうか、それとももう終わってしまったか。
後者の可能性が高いが、じっとしてはいられなかった。

ハッフルパフの寮はどこか温かみがある。
照明が暖かなオレンジだからか、穴倉のように奥底に広がっていくような造形をしているからか。
ティゴリーはまだ寮には帰っていないようだった。
ハッフルパフ生は彼の帰りを待ち、夜更かしを決め込んでいた。

リドルはハッフルパフ寮を後にした。
まだ寮に帰ってきていないということは、医務室か。
たしか彼は怪我をしていたということを思い出し、今度はそちらを目指した。

「ティゴリー、まだ休んでいていいのよ」
「ですが…僕も伝えなくちゃ、ハリーにばかり任せていられないですから」

医務室であたりだったようだ。
医務室では教師の数名とマダム、ティゴリーがいた。
教師群の中にダンブルドアはいない上に、マグコナガルやスネイプといった主要な教師もいない。
おそらくそれらの教師はポッターに付きりになっているのだろうことは安易に想像できた。

ダンブルドア、マグコナガル、スネイプの三人は異常なほどポッターに執着している。
その理由はきっと三氏三様だろうが、それが本当にポッターを思ってのことなのかは甚だ疑問の言葉に尽きる。

『まあ、ポッターなんてどうなってもいい』

そう、ポッターがどうでもいいのだから、その三名はどうでもいい。
ダンブルドアは警戒に値するが、ほかの2人はまったくもってどうでもいい。
今ここにいるのは薬草学のスプラウトと呪文学のフリットウィックだけだ。
リドルがその場にいるのに何ら問題のない人選だった。

「ポッターの言っていることは本当です。例のあの人は復活したんです」
「…どういうことなの?セドリック」
「何かの魔法で…しもべの血と、肉親の骨と、宿敵の肉で生き返るといっていました」

その魔法自体は古くからあるもので、古典的な復活呪文である。
きっと帝王はずっとポッターと接触できる機会を探していた。
つまり、この機会を作った黒幕、帝王の僕がどこかにいる。

「どうやってセドリックはその場に…?」
「優勝杯がポートキーだったのは聞きましたか。僕とハリーは最後に2人でそれを採ることに決めたんです。お互いに助け合ってここまできたのだから、一緒にと」

優勝杯がポートキーだったということは、黒幕はポートキーに触れることができる人物。
なおかつ、選手選抜の投票に携わることができる立場。
そうなると教師か政府側の人間か。

リドルには15歳までの記憶しかないため、帝王がどのような人を手下にしていたのか分からない。
聞いた話では魔法省の中にも多くいたらしいから、政府側の人間であっても不思議ではない。
しかし、どちらにしても、いまだ校内にいることに違いはない。
その考えにたどり着いたとき、ふいに不安になった。

こうしている間に、なまえがいなくなっていたら?
ティゴリーは生きている、しかし、その手首にはブレスレットの姿はない。
つまり、ブレスレットはその場に残されてしまった。

僕ならティゴリーがついでについてきた時点で殺そうとする。
過去のリドルでさえそう選択するのだから、帝王が選択しないわけがない。
なまえからティゴリーに渡ったブレスレットは、魔法を跳ね返す効果を持つものだ。

“愛の魔法”と俗称を持つ、これも古典的な呪文。
なまえは自分の魔力を3分の1以下に削り、残りをすべてそのブレスレットに掛けた。
魔力が極端に減ったなまえは体調を崩し、授業にも支障をきたした。
一般であれば相当弱った状態といえるくらいまで、そのブレスレットに魔力を賭した。
そのブレスレットは、帝王の死の呪文を跳ね返すまでとはいかなくとも、相殺したのだ。
それを帝王が見逃すわけがない、そこまで優秀な魔女が学校にいるという事実を知ってしまったのだから。

『…何もないか』

慌てて寮の部屋に戻ってきたが、そこは先ほどと変わらない景色があった。
なまえは窓側に体を向けて眠っている。
よっぽど疲れていたのか、傍によっても起きる気配はない。

闇の帝王の手下がこの学校に侵入していたという可能性出てきた今、ホグワーツも安全とは言い切れなくなった。
これからますます警戒が必要になるだろう。
リドルは一つため息をついて、なまえのベッドに腰掛けた。



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