07.かくれんぼ
なまえは夏休み中盤で倒れた。
仕事中突然だったらしく、職場の人が店の地下に連れてきて、当分は寝ているようにとそういって出て行った。

「だからきちんと休むようにって言ったのにね」
「…うん」

ベッドに横たわるなまえは苦しそうに呼吸をしている。
夏風邪のようだが熱が高く、咳が止まらない
眠ることもままならない。

「水分摂って。少しは体温も下がるよ」
「いらない…気持ち悪い」
「脱水症状だよ、飲め」

サイドテーブルにあった2つのゴブレットのうち水の入ったほうを手に取る。
なまえの顔色は酷く悪い、汗で張り付いた前髪を払いゴブレットを手に持たせる。
いつものように触られたことに抵抗を示しているが体力が消耗しているせいで、リドルの手をぺちりとたたくだけだった。
ゴブレットを持つなまえの手は弱弱しくて支えていないとゴブレットを落としてしまいそうだ。

なまえの手ごとゴブレットを口元まで持っていくとなまえは億劫そうにゴブレットに口をつけた。

「ん…っく、」
「全部飲んで、楽になるから」

飲みきれず口の端から溢しているが、それでも少しは水分が取れただろう。
げほげほと咳き込むなまえの背を撫ぜて、もう片方のゴブレットを手に持つ。
こちらは風邪薬だ、職場の人が水やタオルと一緒に持ってきてくれた。
マグルの一般薬と違って液体状なのでこちらも飲みやすいはずだ。

なまえの手の中から空っぽになったゴブレットを取り、薬の入ったゴブレットと交換する。

「なまえ、薬飲んで」
「…気持ち悪い」
「飲んで。治るから」
「やだ…気持ち悪い。触らないで」

なまえは殆ど気を失いかけていて、涙目でいやいやと手を振り払おうとする。
かと思えば酷く咳き込み、荒い息を繰り返す。
ゴブレットの中身を溢すわけにはいかないので、サイドテーブルに戻してからなまえの背をさすった。
耐え切れずなまえは涙を溢している。

「げほ…、」
「はぁ…君はどうしたいのさ。飲まないと治らないよ」
「気持ち悪いの…いらない」

なまえはすでに自分が何を言っているのか分かっていないだろう。
ぼんやりとした瞳はすでに僕を写してはいない。
ため息を一つついてなまえの頬を撫で、自分の手の中のゴブレットとなまえを交互に一度見た。

ゴブレットの中の風邪薬を口に含むと、苦い味が口中に広がった。
なまえの頬にあった手をなまえの顎に移動させ、顔を上げさせる。
熱に浮かされた頬、潤んだ瞳、柔らかそうな唇。
その唇に自分の唇を触れさせる。

「んぅ…んっく…」
「飲んだ?」
「苦…」
「飲んだみたいだね。横になって、今日はさっさと寝て」


自分の口の中の風邪薬をなまえの口の中に移して、なまえが飲むのを確認してから唇を離した。
なまえはぼんやりしているが口内に苦味が残っていることは分かっているようで、ちょっと眉根をしかめた。
なまえに水を一口飲ませ、寝かしつけた。
さすがのなまえも疲れているのかすぐに寝付いたのを確認して、机の本を手に取りベッドサイドに座った。

なまえは恐ろしいほどに華奢で、ちょっと見間違えば拒食症じゃないかというほど。
ところどころ骨が浮き出ているのが痛々しい。
睡眠もあまり摂れないようで、常に隈が大きな瞳の下にある。
ノクターンではこの程度のことは見た目の問題にならないが、ホグワーツでは問題になるだろうに。
なまえが今までどのようにホグワーツで生活していたのか気になる。

恐らくは集団行動でストレスを溜め込んでいるのだろう。
ホグワーツではいつだって誰かとともに行動しなければならない。
僕自身もそれに苦しんだし、なまえは人間嫌いも祟ってもっと酷い状態だろう。
しかもそのストレスの吐き口がないため、溜め込む結果になり食欲の減退や睡眠障害になっている。
それがノクターンに来ても続いていて、食欲は出されたものを食べるがあまり量はないし、勉強を理由に睡眠をとらない。

確かに勉強することも必要だが、最近分かった、なまえは眠ることを嫌がっている。

「ん…ぁ、や…」

なまえはどんなに強がっていても、まだ13歳の子ども。
英語も通じず、そのせいでからかわれ、孤立し、人間への恐怖を更に増幅させて。
寂しいのに、温かさに触れることすらできない。
不器用で可哀想な子、寂しさと孤独に溺れている。

「やだ…っやだやだややだ」
「なまえ、」
「っ…さわら、」
「なまえ、大丈夫」

なまえは魘されていたと思えば飛び起きて、パニックを起こす。
1時間しかたっていないのに、眠りからすぐ覚める。

酷く拒否反応を示すなまえを抱きしめてみる。
熱い小さな身体は汗ばんで壊れてしまいそうなほどに細くて小さい。
最初は抵抗をずっとしていたがそれも徐々になくなって、大人しく収まる。
こてん、と頭を僕の胸に預けたのをきっかけに、なまえは身体ごと僕に預ける。
疲れたのだろう、荒い息を繰り返し僕のシャツを握り締める。

「なまえ…寝た?」
「ねたくない…こわいよ…こわい…」
「大丈夫だよ、怖くない。ここには僕と君以外誰もいないよ」

涙で滲んだ瞳、恐怖に歪んだ顔、縋るように僕を掴む手。
これが、なまえの本心だ。
寂しくて、怖くて、誰かに助けて欲しい。

だから闇に身を置いてそれら全てを包み隠しておいて、誰にも見つからないようにしている。



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