77.斜陽と赤
テーブルの上の食事はいつもよりも豪華だ。
ローストビーフやミートパイ、骨付きソーセージなどが昼から並んでいる。
しかし、なまえはそれらに手を付けず、新聞を読んでいた。
その内容でスリザリンとグリフィンドールで険悪なムードが流れている、現在進行形で。

ドラコが元気にポッターを挑発していた。
今回はポッターもほとんどといっていいほど相手にしていない。
ポッターはそれどころではないだろう。
今夜は最後の試練が待っているのだから。
なまえも自分が出るわけでもないのにそわそわしていた。

「なまえ、落ち着きなさいよ」
「落ち着いてるよ」
「落ち着いてたら、ローストビーフがそんな風になることはないでしょうよ」

口に運ばれることなく、フォークで刺され続けるだけの哀れなローストビーフを指摘され、はっとしてその手を止めた。
あまり食べようと思えない見た目になってしまっているローストビーフを、小さく切って口に入れる。

先ほど代表選手は別室へと連れて行かれた。
遠くから聞こえた声によると、代表選手の家族が来ているらしい。

「ティゴリーなら大丈夫よ」
「そうだとは思うけど」

今までセドリックの試験内容でいっぱいいっぱいになっていたが、最終試験を目前にしてぱっと視界が開けたような気がするのだ。
視界が開けて気づいたことがいくつかある。
やはりこの試験はどこかおかしい。

名前を入れていないのに入っていたハリー・ポッター、途中からいなくなったクラウチ氏、何も言わないダンブルドア。
そして、グリフィンドール寮出身のはずなのにそれらしくもなく、かといって他寮に優しいわけでもない教授。

…いや、そうだ、彼はグリフィンドールの手助けをしたわけではない。
ドラコの件も、スリザリンが嫌いだとかグリフィンドールが好きだとかじゃない。
現に今は何も言わないし、今までグレンジャーが好き勝手言われていたのも、ポッターが第一試験の前にさんざん言われて嫌がらせをされたのも黙ってみていた。
しかし、ある一定の時に限り…そう、試験に際してのみハリーポッターとその周囲にのみ親切な教授。

不自然といえば不自然だし、気にしすぎといわれればその程度だ。
しかし、なまえが最初に感じた違和感や予感から、軽視できるとは思えなかった。

一口口に運んだきり、今度はローストビーフを細切れにし始めたなまえにため息をついてパンジーは大広間を出て行ってしまった。
結局なまえはそのローストビーフを食べることなく大広間を出た。

大広間を出て、特に行き場もなく校内をさまよっていた。
さまよった末に、人気のない裏庭の大木の根元に設置されたベンチに落ち着いた。

『不安が杞憂に終わるといいけど』
「そうね…」

リドルは珍しく希望的なことをいった。
彼は憶測に準じたことや不確実なことを口にするのは好きでない。
しかしなまえがあまりに心配するので、見るに見かねて声をかけたのだ。
ティゴリーはかなり楽天的になっているようだが、それに反比例するごとく心配症になっているなまえ。
そのなまえを見れば、ティゴリーも不安になってしまうだろう。
それはなまえが望むことではない。

『あまり心配しすぎるのもよくないさ』
「ん…今更どう動いたって変わらないか」
『言い方があまりよくないけど、そういうことだね』

そう、今はただティゴリーの奥底にある不安を掻き立てずに送り出すことが重要だ。
この一連の試合の中にどのような裏があろうとも、なまえの望みは一つだ。
ティゴリーが無事に帰ってくること、その一点のみをもう一度見たときに、悲観的観測は必要ない。

なまえは裏庭のベンチから立ち上がった。
今までなまえの真下にあった木陰は、校内に向かって伸びている。
その影を踏んで、なまえは校内に入った。

「ああ、いたいた!セド、いたぞ!」
「おじさま、おばさま、お久しぶりです」
「久しぶりだね、なまえ。元気そうでなによりだ」

校内に戻り、大広間に向けて歩いている最中にエイモスに見つかった。
どうやらなまえは彼らに探されていたようだ。
なまえもセドリックを探していたのでちょうどよかった。
廊下を外れて、庭に出た。
庭には斜陽が鋭く差し込んでいて眩しい。

エイモスと夫人は庭に出ずに廊下で待っていてくれている。
あとからきらセドリックが1人庭に入った。

「なまえ、よかった、会えて」
「はい。私もセドリックに渡したいものがあって」

校舎側に立っているセドリックからはなまえの顔はうかがえなかった。
なまえが今どんな表情をしているのかという点は気になる。
心配してくれているのだろうか、それともここまで来たこと喜んでくれているのか。
どちらかは声音だけでは計り知れなかった。

声音は非常に落ち着いている、いつも通りの声だ。
静かな水面を思わせる淡い色合いの涼やかな声。

「あ、杖腕右でいいんですよね?」
「え?うん、そうだけど」

なまえは自分の左手首に付けていたブレスレットを外して、セドリックの右手首に付けた。
シルバーでできたそれは、斜陽を受けて静かに光っている。

「…願わくば、どうか無事で帰ってきて」

なまえはブレスレットに軽く唇を寄せて、小さくそう呟いた。
呟きに出てきた言葉は英語ではなく、日本語。
なまえはそれに気づかなかったが、セドリックは何を言われたのか分からないまま。
セドリックが声をかけるよりも先に、気恥ずかしくなったなまえは校内に走って行ってしまった。

「え、あ!なまえ!」

走り去ってしまったなまえに何も言えないまま、セドリックは大広間に向かった。
なまえは大広間に向かうこともなく、クディッチ会場へ向かっていた。
会場にはむろんまだ誰もいない。
斜陽は傾きを増し、涼しい風が吹き込んでいる。

なまえは特設された観客席と入口の間に隠れるように座った。
恥ずかしすぎて誰とも話したくはなかったし、大広間で試合の話を聞くのも嫌だった。
まさかお守りを渡すだけだったのに、意味不明な行為まで流れ出してしまうとは。

あの行為自体に、特に意味はなかった。
ブレスレットは完成していたし、杖腕にそれをつけてもらえばその時点で効力がでる。

「何をそんなに恥ずかしがってるんだか…」
「っ、だって、なんであんなこと…!」
「落ち着いて」

椅子に座るわけでもなくしゃがみこんでいるなまえのそばに、リドルが立った。
顔を手で覆っているため表情は見えないが、想像するにたやすい。
その上、耳は真っ赤だ。
なまえ自身、あの行動に意味はなく意識もなかった。
だからこそ、その行為を振り返った時の恥ずかしさが際立ったのだ。

「ご両親の前なのに…!」
「まあまあ、逆光だったしディゴリ−の影で見えなかったと思うよ」

その上、キスをした箇所は手首だ。
ティゴリーもなぜなまえが走り去るほどに恥ずかしく思ったのか謎だろう。
ただ、リドルは唇にされるなまえよりも手首のほうが欲情すると考えるのだが、ティゴリーがそうであるのかは分からないし、おそらくしないだろう。

「なまえは恥ずかしがりすぎだね」
「うう…どうしよう、」
「どうもこうもないよ。まあこのまま夕食抜きで観戦するほかないだろうね、その調子だと」

ようやく顔を覆っていた手を放したが、斜陽のせいだけではないくらいに赤い。
朝からろくに食べていないため、なまえは空腹だろうがそれすらも気にならないくらいのようだ。
なまえはしばらくしゃがみこんで、落ちていく太陽を見続けた。

斜陽が森の中に消えていくのと同時進行で観客席に人が増える。
なまえはきちんと端っこの席に座った。
空が紫色になったころ、ソーラスの呪文でバクマンの声が響いた。

「では、ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック」

帰ってこないことなど考えたくもない。

「いち――」

だから戻ってきたときのことを考えよう。

「に――」

まずはさっきのキスと何も言わずに逃げてしまったことを詫びよう。
それから――

「さん――」

きちんと“お帰りなさい”を言おう。
あと、“おめでとう”とか。
“いってらっしゃい”をすっかり言い忘れてしまったけれど。

高らかにホイッスルの音が紫苑の空に響いた。





prev next bkm
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -