75.医務室喫茶
なまえは前回の体調不良のこと踏まえられて、念のため入院ということになった。
入院したなまえは一日のほとんどを読書をして過ごしている。

『新聞やら雑誌やらはあくまで商品であり、顧客のニーズに応え、また客引きのために記事を書いているっていうことを暗示しているようだね』
「そうね。確かにゴシップ好きの暇人にはたまらないかも」

なまえとリドルは新聞の中でニコニコと笑っている女の写真とその隣の文を読みながら冷静にそう判断した。
写真の下にはリータ・スキーター女史と書かれている。
記事の内容はゴシップとしかいえない、内容がない上に何の役にも立たないものだ。

グリフィンドールのグレンジャーのことがことないこと書かれている。
しかし、ソースがないため信用ならない。
彼女の記事はいつだって、ソースのない事実なのかどうかも分からないものばかり。

バーサ・ジョーキンスのこともそうだ。
とはいえ、最近の魔法省は何かと不祥事が多い。
クラウチ氏の失踪の前には、バーサ・ジョーキンスの行方不明の問題もあった。
それらをただの偶然として片づけるのはいささか無理がある。

『何らかの事態が起こっているのは確かだね。…ひと波乱ありそうだ』

リドルは目を細めて、新聞をにらんだ。
大抵、事件性のありそうな事態で原因が分からないものには、未来の彼が関わっている可能性が高い。
未来の彼が活発になれば、平和が損なわれる。
数年前までのリドルならば、それにしたいして悪い気はしなかっただろう。

しかし、今は違う。
なまえの楽しみが平穏が幸福が大切だから。
できることなら、未来の彼にはおとなしくていてほしいと願うばかりだった。

当のなまえはリドルの心配をよそに、なまえは新聞を置いて、サイドテーブルに置かれていた2つのカップのうち、中身の入っているカップに口をつけた。
マグカップには可愛らしい桃色の兎が雪原を飛び跳ねて駆け回っている、中身はホットミルクだ。
その脇の黒い包装のお菓子を開けて、一緒にいただく。
このお菓子はノットからの見舞いの品だ。
上品な甘さのチョコレートはミルクとよく合う。

「おいしい」
『そのチョコレート、ブランドものだね。さすがノット家』

なまえはこのチョコレートがお気に入りだ。
明らかに高級品なのでもらうときは躊躇われるが、もらってしまえばすぐに食べてしまう。
ノットもなまえがこれが好きだというのをわかっているらしく、何かとプレゼントしてくれる。

なまえが甘いものが好きだというのは、友人たちの間では共通概念だ。
ドラコもパンジーも甘いものを送ってくれた。
その中で、唯一しょっぱいものを送ってくれのは、ザビニ。
彼はまさかのお煎餅を送ってくれた。
どこから仕入れたのかは謎だが、しょうゆ味のそれは非常に懐かしく落ち着く代物だ。
緑茶が欲しいと洩らせば、次の日から食事の際に急須と茶葉が用意されていた。

いたせりつくせりの状態で、なまえは申し訳なく思いながらもあと少しの辛抱だと思って過ごしていた。

「なまえ、いいかい?」
「どうぞ」

なまえのもとには頻繁に人が来る。
スリザリンの友人とセドリックくらいだが、彼らは毎日顔を見せに来てくれる。
時間はみなバラバラで、しかし、被らないように計画的にだ。
セドリックはいつもおやつ時に来る。

だからなまえはサイドテーブルに空のマグカップを1つと紅茶のティーポッドを用意していた。
ベッドわきに置かれたスツールにセドリックが座ったのを見てから、なまえは彼にカップを手渡した。

「そういえば、そろそろ退院できるんだっけ?」
「はい、もともとどこかが悪いわけではないですから」
「よかった、大分顔色もよくなってるし…」

セドリックは安心したように笑っていった。
水から上がった時のあの青白さを超えた土気色の顔は、もう見る影もない。
今は色白の肌に桃色の頬が愛くるしい。

なまえはセドリックに笑って見せた。

「次のホグズミート行きには退院できるみたいですから」
「あまり無理はしなくていいんだよ?」
「いえ。ハニーデュークスに行きたいですから」

次のホグズミート行きには、2人で出かける予定を立てていた。
つまるところ、デートである。
しかし、なまえはそのような気はほとんどない。
うっすらとデートであることを自覚はしているものの、それよりも遊びに行くという気持ちのほうが大きい。

人ごみの苦手ななまえだが、それに甘いお菓子の誘惑が勝った。
今季のハニーデュークスの新作、お花の形をした砂糖菓子。
なまえのお目当てはそれだった。
紅茶に浮かべると、それは綺麗に水面で花開くそうだ。
溶けた砂糖菓子は紅茶にその花の香りと風味を残す。
花の種類は十数種あり、すべてをハニーデュークスで実演している。
それを見に行くのをなまえは楽しみにしていた。

「本当に楽しみなんだね」
「ええ」

もうそんなに寒くもないから、なまえが散歩するにはちょうどいいだろう。
数日後に迫った外出を、なまえもセドリックも楽しみにしていた。


「なまえ、どれを着ていくの?」
「んー…ワイシャツとパンツ、カーディガン」
「無難すぎよ!せめてスカートとか!」
「ワンピースとかのほうがいい?」
「持ってるなら絶対そっち!」

土曜日、普段なら起きてこないパンジーがなまえの私服にアドバイスをしていた。
なまえが出した黒いスラックスとワイシャツを却下し、傍にあった黒いワンピースを手渡す。
ワンピースにはところどころに花の刺繍がしてあり、素朴だが可愛らしい。
結局なまえはそのワンピースの下にブラウス、それに赤のカーディガンを合わせた。
髪はハーフアップにまとめ、緑のリボンで留めた。

パンジーは着替え終わったなまえを見て満足したのか、もう一度ベッドに飛び込んでいた。
彼女は今日、特にすることがないらしい。

「いってきます」
「いってらっしゃい〜」

軽く声をかけて部屋を出る。
談話室を抜けて、地下廊下を進み、階段を上った。
窓から見える景色は、すっかり白さをなくしている。
寒さもそこまでひどくはない。
ずっと快適な医務室にいたため、外の環境の変化が新鮮だ。

ホグズミート行きの電車に乗るためには、広場に集まる。
普段静かな広場はこの時だけ一気に騒がしくなる。
なまえは人の少ない広場の端に立っていた。

「あ、いたいた」
「セドリック先輩、スティーブ先輩、おはようございます」
「おはよう」
「おはよー!久しぶりだね!」

先に来ていたらしいセドリックが人をかき分けて、なまえのもとへ来た。
その後ろから見覚えのある男がついてきている。

セドリックはなまえに向けて笑っているが、その笑みが少々引きつっている。
なまえはセドリックとスティーブの両方に向けて挨拶をした後に、不思議そうに約束していないほうの彼に視線を移した。
彼は明るく無垢な笑みをこちらに向けている。

「お久しぶりです。今日はスティーブ先輩もご一緒なんですか?」
「まさか!」
「なまえちゃんがいいなら!」

なまえが冗談半分でそういうと、セドリックは必死に否定した。
その隣でスティーブがうれしそうにこちらを見ている。
久しぶりに見たのだが、彼は変わらないらしい。

見かねたセドリックが笑みを崩すと、スティーブは肩をすくめた。

「冗談だって、うそうそ」
「悪い冗談だ」

スティーブはへらへらとした笑顔のまま、広場の中心部へ消えて行った。
セドリックは親友の悪ふざけに不機嫌そうだったが、なまえが終始笑っていたのでこれはこれでいいのかと思いなおした。

広場の人たちが堰を切ったように流れ始める。
はぐれないように小さななまえの手を握ると、冷えた指先が微かに手の甲に触れた。

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