なまえは使えそうな魔法を軽くまとめて、試合の数日前にセドリックに渡した。
セドリックはそれを喜んでくれたので、なまえはご機嫌だった。
「ティゴリーがうまくいくといいわね」
「怪我さえしなければなんだっていいよ」
信頼していないわけではないが、非常に怖い。
次の課題まで一晩となった今、なまえも緊張していた。
どうにも寝付けないので、なまえは談話室でホットミルクを飲んでいた。
「あ、いた」
「結局ここにいるんじゃないか!」
「まあまあ、普段は滅多にいないんだって」
静かな夜の談話室に、騒がしい声が響いた。
なまえの隣のパンジーは素早い動きで声のほうを向いた。
彼女は彼の声に非常に敏感だ、驚くほどに。
なまえはパンジーが振り向いたのを見てから、ゆっくりそちらを見た。
談話室の入口の扉に、珍しく3人そろった彼らがいた。
ノットとザビニを両脇に連れたドラコが2人に対して怒りをあらわにしていた。
どうやら、2人に振り回されたようだ。
なまえは小首をかしげてその様子を見ていた。
普段ドラコは振り回す側だ、主にクラッブやゴイルを連れまわしている。
しかし、今日は2人がおらず、基本的にマイペースな上にドラコに屈することのないノットとザビニが両脇にいる。
そして不機嫌そうなドラコ。
なにがあったのだろうとなまえは不思議に思いながらも何も言わず、甘いホットミルクを飲んだ。
「なまえ!」
「私?」
「そうだ、スネイプ先生が探してたぞ…昼過ぎくらいから」
「…え、今更…」
「誰のせいで今更になったと思ってるんだ!」
ドラコは昼過ぎからずっとなまえを探していた。
なまえとよくいるノットとザビニに彼女の行方を聞いたところ、様々な場所に連れまわされたようだ。
図書室から天文塔、園芸用のビニールハウス、森のそばの木陰、裏庭、グラウンド…ほぼ学校中を練り歩いた。
それでもいないため、あきらめて寮に戻ってきたらしい。
そうしたら談話室にいるものだから、ドラコはご立腹なのだ。
確かに、なまえは今日、ほとんど部屋にいた。
夕食もパンジーに持ってきてもらい、こもりきりだった。
見つからないはずである。
「今からでもいいのかな?」
「いかないよりましだろ」
さすがに呼ばれているのに行かないわけにもいかない。
とはいえ、呼ばれたのは昼過ぎ。
もう用事は済んでしまっているかもしれないが、念のため行く必要はある。
なまえは一緒に行こうかと声をかけてくれたパンジーを断り、談話室を抜けて地下の廊下を歩いた。
スネイプ先生の部屋は地下廊下の突き当たりにある。
あたりは蝋燭の光のみで薄暗く、人気はない。
他寮の生徒は滅多に近寄らない場所であるといえる。
しかし、スリザリン生にとっては慣れっこだ。
特になまえは夏を薄暗く治安の悪いノクターンで過ごしている。
暗闇の中で背後から近づいてくる人の気配を察するのも、慣れている。
「スネイプ先生?」
「…みょうじ、」
「何か御用があったようですが…すみません、今日は一日部屋にいたものですから」
背後にいたスネイプを振り返ってみた。
少し驚いた顔をしている彼に、なまえは冷静に問いかける。
どうして何も声をかけずに背後にいたのかは聞かなかった。
「みょうじ、悪いが吾輩の部屋に来てくれるかね」
「要件はなんでしょうか。そろそろ就寝時間ですので長居はできませんから」
なぜ部屋に行く必要があるのか、ますます怪しい。
なまえは警戒心をあらわにして、スネイプを見た。
いつも通りの無愛想な顔の眉間にしわが寄った。
失礼にあたるかとも思ったが、なまえの言っていることは一般的なものである。
就寝時間も近い上に、教師とはいえ、夜に男の部屋に入るのは躊躇われる。
何より、
『なんか企んでる感じだね』
スネイプのそばに出てきたリドルが一番警戒しているからという理由がある。
リドルはそういった人の感情や思考に敏感だ。
大抵彼の勘は当たる、なまえはより一層警戒心を増した。
隠すこともないそれに、スネイプも気づく。
彼は一つため息をついて、固く閉じられていた口を開いた。
「本当のことを話す、だがここでは無理だ」
「部屋には結局行くんですね」
「そうなる」
『まあ、警戒心を怠らないなら大丈夫じゃないかな』
リドルの後押しもあり、なまえはスネイプの言葉に頷き先を歩いた。
扉のあたりで扉から少しずれた位置に立ち、スネイプを先に行かせた。
スネイプが開けた扉から部屋の中に入る。
薬品のにおいでむせ返りそうになるのをこらえながら、扉のそばに立った。
「明日、三大魔法学校対抗試合の二次試験がある。その際に、宝が必要になる。その宝は、選手の最も大切と思う人だ。お前は宝に選ばれている」
「…なるほど。それで私が必要だと」
宝に選ばれたという点において、非常に恥ずかしい内心を隠し、スネイプを見据える。
スネイプは非常に怪訝そうになまえを見ている。
「本来であれば、宝にあたる生徒にこのことは言わないで、不意打ちで眠らせる予定だった。だがお前はそうはいかなかったな」
「しきりに部屋に呼びだがったのは薬を飲ませたかったからですか」
「そうなる」
どうやらリドルの勘もなまえの勘も当たっていたようだ。
なまえはそうならなかったことに安堵しつつも、これから何をされるのかを考えてため息をついた。
「つまりは私も寝かされるということですね。これを飲めばいいですか」
「そうだな」
テーブルの上に置かれた、明らかに冷めた紅茶。
その横には小さなミルクピッチャーが不自然に置いてある。
なまえはそのミルクピッチャーの中身を冷めた紅茶に注いだ。
「わかりました。それでは後のことはよろしくお願いします」
仕方がないので、紅茶を一気に飲み干した。
強力な睡眠薬だったようで、気絶するかのようにあっという間に意識が飛んだ。
冷たい感覚、耳元ではキンと衝くような嫌な。
水、水だ。
すごく嫌なものだ、嫌いだ。
冷たくて苦しい、怖い。
いらない、いらない。
お前なんていらない、冷たい、静かにしろ、寒い。
冷たい、怖い、いや、
「いやぁあああ!!」
「っ、なまえ、ごめん!少しだけだから!」
「やっ…」
煩い歓声、耳元の水音、体を包む熱。
すべてが気持ち悪い。
ぐじゃぐじゃで、めちゃめちゃ。
強く引き寄せる腕、怖い。
なまえはその腕から逃れるように、もがいた。
もがいて、その腕から逃れた。
逃れて、溺れて、落ちる。
「なまえっ!」
「っげほっ、やっ…だ!離して!」
「お願いだ、少しだけじっとしていて!」
「っう…あ」
何度落ちたか分からない。
それでも、何度も腕はなまえを引き上げて。
何度も抱き寄せてくれた、引き上げて、なんとか日の当たる場所へ。
「マダム!」
「はいはい!わかっていますよ!」
柔らかなバスタオル、薬品のにおい。
ようやく周りが見える。
大きな歓声、あたりにはたくさんの人がいた。
「なまえ、ごめんね、大丈夫だった?」
「ごめ…んなさい、気が動転して、」
「大丈夫、気にしないで」
震える唇をかみしめて、バスタオルをぎゅっと握った。
適度に距離を置いた場所にいるセドリックは、いつも通り朗らかに笑うだけだった。