72.アナザー・クリスマス
部屋に戻り、ドレスを脱いでハンガーにかけておいた。
きらきらと控えめに光る刺繍が薄暗い部屋で星のようだった。
なまえはベッドに腰掛けて、そのままベッドに仰向けに倒れこんだ。
まだ頬は熱を帯びている。

頬に両手を当てて、ぼんやりと先ほどのやり取りを思い出した。
頬を覆う大きな手、柔らかい唇、淡いシトラスの香り。
今まで感じたことのない男の感覚。

心臓がバクバクしていて、眠れそうに無い。
疲れているのは本当なのだが、身体と心がうまくかみ合っていない。

変な気分だった。




「なあ、あれ」
「ロン?どうしたんだい」
「ほら、あれだよ。ティゴリーとみょうじ」

ダンスを何とか終えて、ひとりでダンスフロアを見ていたハリーにロンが声をかけた。
ロンの後ろにはパートナーであるパーバティではなく、なぜかフレッドとジョージがいた。
3人ともパートナーを連れてはいない。

恐らく皆、女子のお喋りに飽きてひとりになったというパターンだろうとハリーは思った。
そう考えるハリーも同じような状況だったからだ。
女の子はなぜか、女の子同士で固まりたがる。

3人はニヤニヤしながら窓際を指差した。
そこには、セドリックとみょうじが佇んでいた。
みょうじは物憂げに窓の外を眺めていて、セドリックがその後ろでその様子を見守っている。
まるで長く連れ添った夫婦のような姿だ。
みょうじは後ろのセドリックに気づいていなかったようで、セドリックが声をかけると驚いたようにそちらを見た。

普段はさらさらと腰を流れている黒髪が、今日は高い位置に結われているので、ふわりと舞った。
少し話した後、セドリックは手を引いてみょうじをバルコニーへと連れ出していた。

「おお〜大胆だねえ」
「これは兄弟、見に行くしかない!」
「そうさ、兄弟!憎きイケメンセドリックがどんな風にみょうじを落とすのか!ぜひお手本にさせてもらおうじゃないか!」
「…ってわけなんだ、ハリーもどう?」

両サイドからステレオで楽しそうにかなり下世話なことを言われた。
ロンは乗り気らしい、双子と同じような楽しそうな笑みを浮かべている。

ハリーは複雑な気持だった。
チョウを誘ったとき最初は断られた、他に一緒に出たい人がいる、と。
その後、もう一度ダメもとで誘ったところ、一緒に出てくれることになった。
一緒に出たい人、というのがセドリックであろうことをハリーは感じていた。
チョウはいつでもセドリックを眼で追っていたし、彼に気があるのは一目瞭然。
しかし、セドリックはみょうじを取った。
その上、かなり壮大だったそうだ。

噂によると、セドリックはフラーにも誘われていてその2人の美女の誘いを蹴って、みょうじを取ったと。
みょうじはそう美人でもなければ、目立つタイプでもない。
フラーもチョウも彼女を恨んでいるとか、そういう噂。

しかし、今日ダンスフロアに出てきたみょうじは普段の地味さなど微塵も感じさせなかった。
いつもの霞がかったような雰囲気は、凛と毅然とした雰囲気になり、気ままに結ばれたり腰で波打っていた髪は、大人っぽくアップにされ、童顔に見えていた顔は化粧により大人びて、しゃんと伸ばされた背はスリザリンらしい厳格さと矜持を保っていた。
皆が、あれは誰だとざわめくほどの変わりよう。
ハーマイオニーの変身にも驚いたが、普段全くといっていいほど目立たなかったみょうじの変身にはもっと驚いた。

みょうじのその魅力を、セドリックは最初から知っていたのだろう。
だから、ずっと彼女を追いかけていたのだろう。
その結果どうなるのか、ハリーも気になった。

「僕も行く」
「そうこなくっちゃ!」

4人はそっと窓際に近づいた。
バルコニーの2人にばれないように、2人とは反対側のカーテンのそばに隠れた。
ここからは2人の横顔がよく見える。
みょうじとセドリックは向かい合ってなにやら話しているようだ。

「おお〜みょうじ顔真っ赤。俺等の悪戯グッズよりもずっと赤いな」
「これはもしかして…」
「告白されたか!?そうなのか!?」

おちゃらけて実況する双子の声をバックミュージックに、ハリーとロンは食い入るように2人を見た。
同い年の女の子が告白されてどのような反応をするのかを見るのは貴重な体験だ。

みょうじは何を言われたのか、顔を真っ赤にして、それでもしっかりセドリックをみて何か話している。
セドリックは穏やかに笑って、その言葉を聞いているようだった。
とにかくみょうじは一生懸命に話しているらしい、時々顔を逸らしたり、俯いたりしているが、そのたび自分を叱咤するようにきちんとセドリックの顔を見つめなおした。

「おおお!!これはこれは!!」
「かー!やるねぇティゴリー!」
「うるさいぞ!」

みょうじが話し終わったのだろう、少し俯いているとセドリックが彼女を抱きしめた。
ヒートアップするフレッドジョージをロンが宥めた。
みょうじはすっぽりとセドリックの腕の中に納まってしまって、その小さな身体が更に小さく見えた。
セドリックがみょうじの耳元によって、何かこそりと言うと彼女は更に顔を赤くした。

名残惜しそうに2人の身体が離れる。

「あー、全くいいもんみたな」
「全くだ、兄弟。これはいい冷やかしの種になる」

双子はそこまで見て、クスクスと笑いあっていた。
噂が広がるのはきっと早いだろう。
フレッドジョージが会場に戻っていくのを見て、ロンもその後に続いた。
ハリーはなぜか2人から眼が離せずにいた。
セドリックにエスコートされるみょうじの横顔は、可愛い笑顔だった。

ふと、セドリックが歩みを止める。
少し遅れてみょうじも歩みを止めて、不思議そうにセドリックを見上げた。
その見上げた顔を、セドリックは手で包み込んでそのままキスをした。
軽く、触れるだけのキス。

そのあと何事も無かったかのように歩き出すセドリック、その手に引かれてみょうじもその後に続いた。
赤い顔を隠すように、みょうじは俯いたまま。
セドリックはそれを気遣うように人気の無いほうへと歩いていった。

チョウに一度聞いたことがある。
セドリックじゃないくていいのかと。
あの時は思い切ったことを聞いてしまったと後悔している。
そのとき、チョウは苦虫を噛み潰したような顔で答えてくれた。
「セドリックは彼女といると気が一番幸せなのよ」と。
なるほど、それも納得がいくような様子だった。

セドリックは終始幸せそうな笑顔だった。
とにかくみょうじといるのが嬉しいという気持がにじみ出ているかのような様子。

見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。



「そういえば、なまえはどうなったのかしら?」
「そういや、見てないな」
「ダンスで見たきりか」

ふと、思い出したようにパンジーがあたりを見始めた。
近くに居たザビニが確かに、と彼女に同意をする。
ドラコもダンスでなまえが上手に踊れているのを見て安心してそれきりだった。

「なまえなら、さっき出て行った」
「え、そうなの?」
「ああ。多分疲れたんだろう」

アステリアと一緒に現れたのはノットだった。
ノットはなまえが外に出て行くのを見ていた。

「まあなまえは慣れないでしょうしね、こういうところ」
「まあ、そうですけど…もったいない」

パンジーは少々不満げだった。
あれだけ頑張ってドレスアップをしたのだから、もっと自慢して回ったっていいと思っていた。
しかし、ドラコやノット、ザビニはなまえが帰ったことに関して特に思うところは無いらしい。

確かになまえは人込みが苦手だし、人前に出るのも苦手。
ダンスパーティーに参加したこと事態が奇跡に近い。

「なまえのダンス、うまくいってよかったよなー」
「何だかんだ、飲み込みは早かったからな」
「センスはある」

なまえにダンスのレッスンをした3人は口々にそういった。
基本的なステップは主に3人がなまえに教えたのだ。
嫌がるなまえを何とか宥め、練習をすること1週間弱。
意外にもなまえはステップを踏めるようになり、今日も失敗することなくダンスができた。
運動神経がないと本人は言っていたが、ダンスのセンスはあったようだ。

「まあセドリックのあわせもうまかったわね」

セドリックも練習した甲斐があったのだろう、なまえをしっかりリードすることが出来ていた。
贔屓目無しでも、選手達のなかで一番ダンスがうまかった。
フラー、ハリーのところは女子が、クラムのところは男子が引っ張りすぎている傾向が見られた中、なまえとセドリックのダンスは男女がバなまえスよく自然に表現されていた。
どちらかが悪目立ちするでもなく、お互いがお互いを引き立てるようなダンス。

「やっぱあの2人お似合いなのかもねえ」

アステリアは暢気にそういって笑った。
笑っているのはアステリアだけだった。

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