70.雪の花
ホールの前には既にクラムとフラーがいた。

「Bonsoir、可愛いドレースでーすね」
「ありがとうございます、デラクール先輩」
「Non!フラーとよんでくださーい」

フラーは身体のラインがよく見えるマーメイドドレスを着て、美しい銀糸のような髪をアップに纏めていた。
終止隣のパートナーが彼女を見つめ続けているのも納得がいく。

フラーとはセドリックの話をしてからなまえに対してフレンドリーである。
なまえもフラーに対してそう悪いイメージを持ってはいない。

「分かりました、フラー先輩」
「Ouais!それでいいでーす」

フラーは嬉しそうに笑って、ヒールの高い靴で器用にもクルクルと回った。
美女というイメージが強い彼女だが、案外子供っぽい反応になまえはクスクス笑いを堪えられなかった。

フラーとの会話が途切れた時に、そっとクラムがこちらにやってきた。
クラムが近づくと、フラーは怪訝そうに彼を見た。


「なまえ、あの時はありがとう」
「…?」
「君があの時アドバイスをしてくれたから、彼女を誘えたんだ」

なまえは不思議そうにクラムを見て、その隣の少女を見た。
彼女には余り見覚えがない。
そういえば、クラムはしきりに誰かの名前を呼ぼうとしていた。
その名前は全く分からなかったが、恐らくは隣にいる彼女がそうなのだろう。

なまえは少女の顔をじっと見たが、結局誰だか分からなかった。
クラムにどういたしまして、とだけ返しておいた。

「グレンジャー、凄く綺麗になったね」
「どうもありがとう、ティゴリー」

なまえが誰だか分かっていないということに気づいたのか、セドリックが軽く彼女に声をかけた。
グレンジャーといえば、グリフィンドールのふわふわの栗毛の少女だ。
今の彼女は直毛ですっきりした感じである。
中々分からないもの当然だ。

グレンジャーは嬉しそうにセドリックに笑いかけた。

「みょうじもとても素敵!そのドレスの刺繍、シンプルだけどよく貴方に似合ってるわ」
「…ありがとう」

今日のグレンジャーはいつも図書館で見る彼女とは違い、輝いているように見えた。
明るくて笑顔が綺麗だった。
元々の彼女はそういう性格なのかもしれない。

みんな楽しそうにしているのに、自分だけ浮かない表情をしているのが申し訳なくなって、なまえはセドリックの後ろに隠れるように立った。
入場ギリギリの時間にポッターとチョウが現れた。

「これで全員集まりましたね、さあ行きますよ」

2人がきてすぐに入場が始まったため、挨拶は出来ないまま入場が始まった。
前を歩いているグレンジャーやフラーは笑顔であたりの人に手を振っている。

さまざまな人の視線がこちらに向く。
履き慣れないヒールと12月だというのに熱気の篭ったホールと相まって、足元がおぼつかない。
シャンデリアの光や人々のドレスの輝きが目をチカチカさせる。
背後のチョウからの視線がチクチクとこちらを刺しているような気がして、しゃんと背を伸ばした。
笑顔は得意ではないが、歩き方はちゃんと練習した。
愛想を振りまくことができなくてもスリザリンらしく凛として澄ましていればいい、そんなことをアステリア先輩に言われたのを思い出した。

「なまえ、とりあえず1曲だけ踊ってあとは休もう」
「ん…」

ホールを突っ切るだけでくたくただった。
踊るのもやはり億劫ではあるが、それがパートナーの務め。

柔らかな太陽色の髪がシャンデリアの煌びやかな灯りを反射した。
くるくると回る情景、足元がふわふわする感覚。
殆どセドリックがエスコートしてくれているので、なまえは身を任せるだけだった。
練習しただけあって違和感なく踊ることが出来る。

のんびりとしたワルツのステップ。
なまえはそっとセドリックを見上げた。
その瞬間ぱちっと眼が合ってしまって恥ずかしくなって、なまえはすぐに視線をダンスフロアに移してした。
繋いだ手がぎゅっと握られる。
帯びた熱が手から腕を伝って頬にまで流れてきているかのようだった。

「疲れた?」
「少し…」

音楽が終わり次の曲に変わろうとしたあたりで、セドリックはなまえの手を引いてダンスフロアから出た。
火照った顔を隠すように俯き気味のまま、なまえは小さく答える。
騒がしいホール内でその小さな声はセドリックに届かないかもしれないと後々思ったが、きちんと届いていたようで彼はなまえを椅子までエスコートしてくれた。

「ちょっと待ってて。なにか飲み物持ってくるから」

そういってセドリックが人並みの中に消えたのを見計らって、ようやくなまえは顔を上げた。
あたりは音楽とお喋りの声でざわざわとしていて、しかしその中に笑い声や穏やかな声が聞こえてくるので嫌な感じではない。
ただ、明るすぎで疲れる。
照明も話す人々の笑みも声も、全てが明るくて慣れない。

なまえはガラス張りの一面を見た。
外は暗く、雪が降っている。
あちらのほうがよっぽど休めるような気がしたが、きっと寒いだろう。
今の格好で出るのは少し勇気がいるように思えた。

「なまえ、外に出たい?」
「え?…まあ」
「出ようか」

いつの間にかセドリックが両手にグラスを持って隣に立っていた。
この雰囲気に酔ってしまっているのか、なまえはどこかふわふわしていてセドリックが帰ってきたことに気づかなかった。

その様子にセドリックは内心驚いていた。
普段のなまえは殆ど隙という隙がないので、このような無防備な姿は初めてだった。
こうしてみればなまえはただの少女であり、セドリックでも手の届きそうな場所にいるように見えた。


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