69.いつも通りの君で
なまえはその日、いつも通り朝起きて、朝食を摂った。
図書室で本を借りて、夕方まで自室で読書をしていた。
夜のことを考えると頭がどうかしてしまいそうだったから、とにかく本を読んで思考がそちらにいかないようにしていた。
夕方4時くらいにパンジーがアステリアともう1人の先輩、オフィーリアを引き連れて帰ってきた。

「さあ、なまえ、覚悟はいい?」
「…覚悟って…まあ、うん」

パンジーはじゃあはじめるわよ!と元気にいってドレスを取り出した。


それから2,3時間ほどなまえはドレスを着せられ、髪を綺麗にセットアップされ、化粧をされと3人がかりでドレスアップを行った。
その間に、知らないスリザリンの女子生徒が部屋を覗いたり、飲み物を差し出してきたりとせわしなかった。
一通りセットアップが終わったころには、すっかりあたりは暗くなり、時計の針は7時半を指していた。

「最高傑作ね…!」
「あ、なまえちゃーん、こっちに視線向けて。もう一回写真撮っておくからね」
「セオドールとドラコの2人がセドリックが来たら迎えに来るっていっていたから、それまではゆっくりしてていいわよ」

パンジーは目を輝かせて得意げになまえを見た。
オフィーリアはカメラを片手にカメラマン気取りで、アステリアは少し疲れたのかパンジーのベッドに座って自分の化粧をしていた。
壮大なドレスアップを終えて、なまえは既にくたくただった。
横になってしまいたい気持ちに駆られるが、せっかく整えてくれた髪が台無しになってしまうので、ぴしっと背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。

『よく似合ってるよ、なまえ』

いつのまにやらベッドの脇に立っていたりドルがゆったりと笑ってそういった。
両親に見送られる花嫁はこんな気分なのかもしれない。

暫くすると、女子寮のドアがノックされた。
その頃にはパンジーやアステリア、オフィーリアもドレスに着替え、化粧を終えていた。
ドアを開けると、ドラコ、ノット、ザビニの三人組が立っていた。
普段は女子寮に男子が来ることは禁止されているが、今日は特別であるようだ。

「なまえ、迎えが来たぞ」
「…うん」
「浮かない顔だな」

迎えというのが、彼らのことではないのは重々承知している。
ドラコが左手を、ノットが右手をそれぞれ軽く触れてエスコートをした。
2人はなまえを女子寮から寮前で待つ彼の元まで連れて行くのが仕事らしい。
自分のパートナーではない女性に対してもこの待遇とは、さすがスリザリンである。

歩きなれないヒールに手間取りながらも、何とか階段を降りきった。
談話室には着飾った男女が多くいる。
彼らは3人の姿を見ると、ざっと中央の道を明けてくれた。

明け透けな視線が痛いが、真っ直ぐ前を向く。
一応、スリザリン生なのだからこれくらいのことでへこたれているわけにも行かない。

「すごいね…さすがはスリザリン」
「何について凄いとおっしゃっているのか僕らには分かりませんがね」

寮の談話室を出ると、暗がりの中にセドリックがいた。
セドリックは苦笑しながらエスコートしてきた2人を見ていったが、ドラコは皮肉で返しノットは無言。
少々剣呑とした空気が流れる。

「ありがとう、2人とも」
「気にしなくていい。また会場で会おう」
「足元、気をつけて」

なまえは2人に向き直り、お礼をすると2人は恭しく頭を下げて踵を返していった。
最後まで紳士だなあとその後姿を見送った。

「…スリザリンだとあれが当たり前なの?」
「まさか。今日だけだと思います」

確かに普段から礼儀正しくはある。
去年あたりようやくスリザリンの寮生と仲良くなったときは、座ると気に椅子を引いてもらったり、扉を開けてもらったり、乗り降りの際に手をとってもらったりと戸惑うことが多かったが、それは恐らくイギリスでは当たり前のことなのだろう。
スリザリン寮内では上下関係が厳しく、基本的に上級生には敬語を使わなければならないという暗黙の了解があるし、談話室の椅子にも日本で言う上座下座があるくらいだ。
他の寮がどんなものなのか分からないのでそれが普通なのかどうなのかは曖昧だが、少なくともグリフィンドールやハッフルパフではそんなことはなさそうだということは分かる。

しかしさすがに部屋まで迎えにきて、階段を降りるときも手を引かれるということはない。

「スリザリンならそこまでしていても違和感がないな」
「…確かにそうですね」
「彼らだってなまえが触れられるのを嫌がるって分かっていて、エスコートの仕草だけなんだろう?」

なまえをエスコートするのは案外難しい。
人に触れられることが嫌いななまえには触れないように、仕草だけでなまえを導く必要がある。
今の2人はもう手馴れたものだったが、他のスリザリン生がやろうとしてもうまくいかないことが多々ある。

セドリックに関してはダンスの練習で大分慣れたので触れられてもそこまで問題はないが、それでも彼もまたなまえの意思を尊重して触れないエスコートを行っている。

「…緊張してる?」
「そりゃあ…私、人前に立つようなことに慣れていませんし」

今まで日陰者だったこともあり、元々の性格もあり、なまえは人前に出たいと思うこともなければ出ることもなかった。
着慣れないドレス、履き慣れないヒール、引きつった笑み…どれをとっても到底人様の前に晒せたものではない。

なまえは拗ねたようにふいと顔を逸らした。
セドリックはその様子を微笑ましげに見ていたが、少し早足でなまえの前に立った。
意図がつかめずになまえは足を止め、セドリックを見上げた。

「なまえはいつも通りでいいんだよ。無理して笑うことはないし、綺麗に見せようとしなくていい。普段どおりのなまえが一番綺麗だから」

セドリックの笑顔はいつも通りで、少しだけ安心して、少しだけ恥ずかしくなった。


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