66.恋愛事情
ドレスの決まったなまえは比較的自由な生活を送っていた。
変わらずフラーは意味もなく話しかけてくるし、チョウはこちらを睨むように見てくる。
しかしそれらにも慣れて、なまえは日常に戻りつつあった。

今日も新しい魔法薬を作れないものかと薬学の本を読み漁っていた。
するとぬっと大きな影が本を覆った。

「こんにちは、クラム」
「こんにちは、なまえ。…君の名前は呼びやすいな」

顔を上げると、ビクトール・クラムがこちらを見下げていた。
見下げるといってもなまえは座っていて、彼が立っていたから当たり前だ。
クラムとは少々付合いがあり、時々英語を教えたりする仲だった。

「私の名前は英国の名前じゃないし短いから…」
「ハー・オウン・ニーは呼びづらいんだ」
「ハーオウンニー?それは名前?」
「そうだ」

一体誰の名なのだろうと思うほどによく分からない発音だった。
ただ、なまえが名前を知る相手など両手で数えられるほどしか居ないので、聞き取れたとしても誰だか分からなかったかもしれない。
彼は誰かの名前をきちんと呼びたいようだった。

「多分本人に聞くのが一番だけど…その本人に声がかけられないものね」
「そうなんだ。だからなんとか覚えたくて」
「じゃあ、その人にPlease teach English to me.っていってみたら?そこから話が発展できるかも」

なまえがクラムにそう助言すると、彼はPlease teach English to me、Please teach English to meと繰り返し口にしていた。
とりあえずその発音の練習だけに付き合って、彼とは別れた。
一体彼が誰に声をかけたいのかは、分からずじまいだった。

「あ、セドリック先輩」
「やあ、なまえ。ドレスの話、アステリアに聞いたよ」
「…あーはい。写真見ました?」
「いや、当日のお楽しみって言われてもらってないんだ」

本を返そうと席を立ち、魔法史の本が置いてある本棚の裏にセドリックを見つけた。
特に話すこともなかったが、反射的に声をかけてしまった。
話題がないので少し焦ったが、それはセドリックが出してくれた。

アステリアというのはなまえとパンジーの部屋の隣の部屋の2つ上の先輩で、昨日なまえの髪型を作っていた人だ。
彼女はスリザリン生ではあるものの、他寮の人と仲がいいことで有名だ。
グリフィンドールの双子とも交流があるくらいには付き合いの幅が広い。
アステリアは面白半分でセドリックにそういったのだろうが、なまえにとっては大きなプレッシャーだった。

ただでさえ子供っぽいのだから、変に期待されても困る。
羽毛が美しければその鳥も美しい、馬子にも衣装…つまりはその程度だってことだ。
なまえは引きつった笑いを浮かべるほか無かった。

「あまり期待はしないでください。見ての通りちんちくりんなんですから」
「そんな卑屈にならないで。なまえは可愛いよ」

なまえは14にもなって、背丈は150以下で胸の発育もそうよくない。
身体も寸胴なので、アステリアにコルセットでも巻きましょうかなどといわれるほどだ。
アステリアはそれを冗談としていったのだが、なまえは本気にしていた。
卑屈にもなる、そもそも日本人を含むアジア系は童顔で発育もあまりよろしくない。
それは国柄のことだったが、東洋人の少ない英国では目立つ。

なまえは拗ねたようにそういったが、セドリックはそれをおかしそうに笑い飛ばして、なまえの耳元で囁いた。
最近ダンスの練習をするようになって、セドリックが近づくのには慣れたが、唐突なことにはあまり免疫がない。
セドリックが耳元で囁いたので肩を跳ね上げたなまえだが、囁かれた言葉を理解して真っ赤になった。

「…とにかく、あまり期待を、しないで」
「うん。そうしておくよ」
「じゃあね」

掠れた声で懸命に伝えたいことだけ伝えて、逃げるようになまえは去っていった。
敬語を忘れるほどに動転したらしい。
セドリックはその後姿を見送って、上機嫌に自分の席に戻った。

席では分厚い黄ばんだ本と睨めっこをしている友人が居て、セドリックが帰ってくるとその顔を上げた。

「…なんだよ、気持ち悪く笑って」
「気持ち悪いとは失礼だな、スティーブ」

顔を上げたスティーブは怪訝そうにセドリックを見て、すぐにぴんときた。
セドリックは他の生徒と比べて非常に分かりやすい。
皆が口をそろえて言うには、犬のよう。
感情の起伏が分かりやすい…まるで尻尾でも生えているかのように。

この前も、談話室に入ってきたかと思えばスティーブにタックルをかまし(本人は抱きついただけだというが、それはそれで問題だ)、床に押し倒した状態で話を聞いてくれ!と迫ったのだ。
談話室中の空気が一瞬凍ったのを感じたが、皆セドリックの表情を見て、ああ何かいいことがあったのだなとそのまま受け流した。
嬉々とした笑顔でスティーブを押し倒しているセドリックは、ゴールデンレトリーバーのようだった。

恐らく、今回もスリザリン寮の姫君、なまえのことだろうとスティーブは当たりをつけていた。
最近彼を喜ばせる要因を作っているのは殆ど彼女だ。

「んで?なんだよ」
「いや、さっきなまえとあったんだけど、本当に可愛くて。可愛いっていったら顔を真っ赤にしてさ」
「あーはいはい…」

スティーブは半ば呆れたように、適当な返事をした。
最近口を開けばなまえのことばかりで、もう返す言葉もない。

想像するには容易い、あの初心ななまえが可愛いと言われてありがとうと冷静に返せるわけがない。
相手がセドリックでなかったらお世辞ととるかもしれないが、今のなまえの心情では恥ずかしくもなるだろう。

セドリックは2人の女性からパートナーの申し込みをされて、それを両方とも蹴ってなまえをとった。
1人はヴィーラの血を引くフラー・デラクール、もう1人は東洋の麗人チョウ・チャン。
両方とも現在この学校で1,2を争う女子だが、セドリックはそのどちらもとらなかった。
前者の女性はそれに対し少々怒ったようだが、根腐れなくすんでいた。
フラーはなぜか其処からなまえに興味を持ったらしく、よく話しているくらいだ。

問題は後者だった。
チョウはこの件でなまえのことを嫌ってしまった。
元々セドリックのことが好きだったチョウは、ぽっと出のなまえが彼をとってしまったことに腹を立てていた。
その上同じ東洋人で、容貌で言えばチョウのほうが万人受けする美しさだ。
チョウがなまえに負けたのは、ただ単にセドリックの趣味だったわけだが(ロリコンではないと思うが…)、彼女はそれが受け入れられない。
それでチョウは今なまえを敵視している。

スティーブはこのままクリスマスまでなまえに何事もないといいが、と思いつつセドリックの高揚した頬を見ていた。


なまえはあまりのことに図書館から飛び出し、中庭に出ていた。
火照った頬を冷やしたかったし、図書館にいるともう一度セドリックに出会ってしまいそうで怖かったからだ。
中庭には相変わらず雪が積もっていて寒い。
なまえは熱かった身体が急速に冷えるのを感じて、中庭から移動した。
図書館に戻る気にはなれずに、寮へと戻る道を歩いた。

その途中で、美しい黒髪がさっと隣を通ったのを感じた。
なまえはそれを気にせず歩いたが、その黒髪の持ち主が声をかけてきた。

「みょうじ」
「…チャン先輩。こんにちは」

隣を通った黒髪はチョウ・チャンのものだった。
なまえは声をかけられたので反射的に振り返ったが、すぐにそれを後悔した。
チョウは不機嫌そうにこちらを見ていたし、その両脇にいるレイブンクローのネクタイをした女子生徒たちも同じような視線をなまえに向けていた。

なまえは静かに挨拶をして、できる限り彼女達を刺激しないようにしようと出来るだけいつも通り冷静にしていた。

「セドリックとクリスマスパーティーに出るの?」
「はい」
「あなたと、セドリックが」

どこか狂気を感じさせるような声音だった。
きっとセドリックのことが本当に、本当に好きだったんだと分かる。
自分のような中途半端物よりも、ずっと鮮明に彼への気持ちを持ち合わせていたのだと。
冷たく吐き出された言葉には震えが伴っていて、それが冬の張り裂けんばかりの空気を痺れさせた。

なまえは真っ直ぐとチョウを見た。

「私、ハリーと出るわ」
「そうですか」

ハリーといえば、グリフィンドールの彼だろう。
なまえは深緑の瞳をした彼を思い浮かべた。

「あなた、本当にセドリックと出るの?」
「はい、そうです」

なまえはきっぱりと答えた。
内心はチョウに譲りたいくらいだったが、それは許されないだろう。
そんなことをすればセドリックにもパンジーにもアステリアにも怒られるし、何より一番激怒するのは目の前のチョウだ。
チョウからすれば、プライドをずたずたにされたこととなる。

争いごとを避け、一番いい方向に迎えるのはこの選択肢だとなまえはそう考えた。

「そう」

チョウはそれだけいって、なまえが今まで来た道を戻っていった。
なまえはその背中を見ることもなく、寮に向かって歩き出した。



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