なまえは居てもたってもいられなくなって、フラーの隣から逃げ出した。
なんていって逃げ出したのかは覚えてない。
適当な空き教室に潜り込んで、鍵を閉め、カーテンを閉めた。
「リドル!」
『ああ…取り乱して、大丈夫?』
「大丈夫じゃない…!どうしよう!」
そういえば、リドルを見るのも久しぶりだった。
熱を出して寝込んだとき以来だ、それすらも忘れていた。
リドルは酷く冷静な顔をしていた。
冷静と言うよりかは、冷徹のほうが正しいかもしれない。
ただ、なまえはそれに殆ど気づかなかった。
慌てふためいて冷静さを欠いているなまえは、注意力が散漫だ。
『何がどうしようなの?』
「私、わたし、セドリックのこと、好きかもしれない…!」
まるで幼子が親に言うかのように、たどたどしい言葉だった。
リドルはゆるりと目を細めてなまえを見据える。
『それは本当に?』
「多分…だって、私ここのところセドリックのことばっかり」
『確かにそうだね。でもそれが恋愛感情だっていうのかい?』
「それは…、でも、特別なのは確かだよ」
冷静なリドルの質問になまえも冷静さを少しずつ戻してきたようだ。
今の自分を分析しようとする姿勢が見て取れた。
カウンセリングの一部分のような静かな問答が続く。
『特別、ね。それは…他の誰よりも、かい?』
「それは、間違いないと思う。今は、そう」
『そう…なら、そうかもしれないね』
リドルは他の誰かのところに自分の名前を入れようかとも思ったが、やめた。
それでも、なまえの気がセドリックに向いていると分かるたびに燃えるような激情が身体を渦巻くのを感じた。
なまえがセドリックに恋をしているというのは、前々からうっすらと分かっていたことだ。
人嫌いななまえがダンスの練習など普通ならありえない。
ドレスを着るのだって恥ずかしがりで目立つのが嫌いななまえが素直に頷くというのは珍しい。
それら全てはセドリックのため。
ワールドカップの時には唐突に触れられて、なまえはパニックになっていた。
だが、パニックになる程度で済んでいるのだ。
セドリックを弾いたのはリドルだった、なまえじゃない。
あのときから既になまえはセドリックのことをそこまで拒否していなかった。
それに、そもそもリドルよりもセドリックのほうが早くになまえと知り合っているのだ。
「でも、これが本当に恋なのかは分からない。だってこの考えだとリドルだって好きなことになるもの」
『へえ…?』
「だからどうなのかなって」
一時期、なまえもリドルのことばかり考えていたことはあった。
3年生のころは殆どリドルばかりの生活だったなまえにとって、リドルも大切な人だった。
今、その特別の順位が変わってしまっただけであるとそう感じている部分もある。
リドルはなまえの言い方に若干の違和感を覚えつつも、彼女の純真な問いかけに答えた。
『ティゴリーにはそのまま伝えたらいいさ。もし、それでも付き合いたいって言うのなら付き合うのだって悪くない。付き合ってみて分かることもあるだろうよ』
「そんなもの?」
リドルは内心、なまえのこの答えが出ることは一生ないのではないかと思っていた。
愛を知らないで育った子にとって、恋も愛もそのお手本がない。
だから、きっちりとこれが愛だと認知することは一般的な人よりも難しい。
かつて自分がそうであったように、なまえもまた恋とは少々縁遠い存在だ。
付き合ったとして、なまえはセドリックのことを愛するかといえば、恐らくその可能性は低い。
セドリックも途中でそれに気づくことだろう…今も薄々感づいているかもしれない。
どちらにしたって、いつかは愛することを知らないなまえに不満を感じることだろう。
なまえがセドリックにとられてしまうのは不快だったが、あえて放っておこうと思った。
リドルは、なまえに嫌われない限りは彼女の傍にいる。
その点において、リドルはセドリックよりも優位に立っている。
そう焦ることはない、そう心を落ち着かせた。
『そんなものさ。それで彼に否定されたなら、彼はその程度の人間だったってことさ』
「そっか…」
『とにかく、向こうに何か言われたら思ったとおりのことをいうんだよ。あまり嘘とかそう言うのはつかないがいい…後々自分の首を絞めることになるからね』
わかった、と素直に頷くなまえを見てから、リドルはピアスの中に戻った。
あまり外に出ているとなまえの魔力を消費しすぎてしまう。
なまえはリドルが消えたのを確認してから、カーテンを開けて、教室から出た。
リドルと話すことによって落ち着きを取り戻せた。
クリスマスまであと数日、ダンスの練習とドレスの選定(パンジーが実家から多くのドレスを毎日のように贈ってもらっているのでその中から選ぶ作業だ。夜な夜な着せ替え人形の如くドレスを着せられている)もある。
また、先輩も巻き込んでなまえのヘアメイクのデザインやメイクについても話し合っている。
なまえは今まで自分がスリザリン内で嫌われているとばかり思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
部屋に監督生の先輩まで来たときは驚いた。
とりあえず、今日は寮に戻ってまたパンジーたちとドレスについて討論しなければいけない。
なまえは露出が少ないドレスにしたいのだが、パンジーの持っているドレスはどれも丈が短い。
パンジーや他の先輩も丈は短いほうが可愛いというのだが、なまえからすると肉付きの悪い貧弱な足を出す気にはれなかった。
「なまえ、ようやく帰ってきたの?新しいドレス届いてるわよ」
「ああ、うん。ありがとう」
部屋に戻るとパンジーが待ち構えていた。
手には新しいドレスが抱えられている…今度はシンプルなシャンパンゴールドのドレスだ。
昨日はピンク、一昨日は薄水色だった。
今のところ、色としては一番落ち着いていていい気がする。
「今日のやつはそこまでスカート短くないし、ちょっと大人っぽいやつよ」
「そうなんだ」
「色も落ち着いてるし、似合いそうでしょ?」
とりあえず着てみて、と促されたので着ることにした。
それにしても、パンジーはドレスをたくさん持っているらしい。
なまえはパンジーよりも一回り小さいためパンジーのお下がりを今着ているのだが、それでももう5枚目だ。
ワンシーズンに何枚かっているのだろうと考えると怖ろしい。
ドレスに腕を通す。
シルクの肌触りのよいドレスだ…恐らく高いだろう。
スカートはふわりと広がるタイプで身体のラインが隠せるのが嬉しい、また腰から後ろの裾にかけて美しい刺繍がしてあった。
お腹のくびれの辺りできゅっとリボンを絞り、コサージュが前に来るように結ぶ。
尾長鳥のようなドレスで、後ろの丈が長いため今は少し引きずっているが、ヒールを履けば丁度いいだろう。
今まで着た中では一番しっくりくる。
「着たよ」
「…それ決定ね!凄くよく似合ってる…!」
どうやらパンジーも気に入ったらしい。
聞けばこのドレスはパンジーが一目ぼれして買ったはいいものの、似合わなかったそうだ。
確かに派手なドレスが似合うパンジーには余りあわないかもしれない。
しかし、シンプルなドレスを探していたなまえにはぴったりだった。
合わせて、ショールとハイヒールも明日贈ってもらえるように頼む手紙を書いているパンジーの横で、なまえは隣の部屋の2つ上の先輩2人がかりで髪型を作ってもらっていた。
前髪を左に流し、後ろ髪は右側で纏めて括った。
化粧もするとちょっとだけ大人っぽく見える。
「やだ、可愛いじゃない」
「これならスリザリン代表として出しても問題ないわね」
「スリザリンの人もみんなパーティーには出るじゃないですか。代表って…」
「何いってるの、あなたティゴリーのパートナーなんでしょ?代表よ!」
立ち振る舞いもきちんと覚えてもらわなきゃ!と張り切っている先輩をよそになまえは顔を青くしていた。
「なんで、セドリック先輩とって、知って…」
「パンジーから聞いたわ。これでスリザリンもちょっとは目立つわね」
きゅっと腰のリボンを結び、できあがり!と声を上げた先輩をなまえは呆然と見ていた。
パンジーがきゃあきゃあと喜んで写真を撮っている。
「なまえ!ちゃんとこっち見てポーズして!!」
「あーそれティゴリーにあげたら喜びそう」
楽しそうにカメラを片手にさわぐパンジーに文句の1つでも言おうかと思ったが、そもそも彼女にはドレスの借りがあるので強いことは言えない。
大人しく写真に写り、されるがままにされていた。