60.すれちがい
「なまえったら!もう起きないと授業に遅れるわ!!」

なまえはその怒声で目を覚ました。
枕もとの時計は既に授業が始める少し前を指していた。
すっかり寝過ごしてしまったらしい。

「ごめん、今起きた」
「もう!昨日早くに寝てたのに寝ぼすけね!」
「先に行ってていいよ」
「いいえ、待つわ!今まで待ってたんだもの」

なまえは慌ててパジャマを脱ぎ捨て、Yシャツに腕を通した。
カーディガンを羽織り、マフラーとローブを手に持ち、鞄をもう片方の手に持った。
カーテンを開けると、怒り顔のパンジーが出迎えてくれた。

「さあ、行かないと!」

パンジーはなまえから鞄を奪い取り、駆け出す。
なまえはそれにお礼を言いながらローブを着て、マフラーを首に巻いて寝癖を隠した。


「それにしても珍しいわね、なまえが寝坊なんて」
「うん、疲れてたみたい」

授業が終わり、次の魔法生物学に向かう途中でお手洗いにより、寝癖のついた髪を濡らして治そうとしているときにパンジーがそういった。
後ろのほうの跳ねている髪をぐっと押さえて、ストレートにしようとしてくれている。
これからはこういった寝坊が増えるのだろうと思うと、少々気が重い。

身体もいつもよりもだるいし、まだ一時間目が終わったばかりだというのに既に眠い。
しかし自分がこうすると決めたことなのだから、やり通さなければ。

そう思っていた矢先に、魔法生物学の授業で酷い目にあった。
尻尾爆発スクリューとは少し見ないうちに1メートルほどの大きさにまで成長していた。
灰色の鎧のような甲羅に、蟹のような蠍のような爪、尻尾とも頭とも取れないものが前後についている。
これの散歩をしろと言うのだから、うんざりだ。

胴体あたりに紐を括りつけ、その紐の先端を持つ。

「代わるよ、なまえ」
「俺らに任せとけ…見てる限りだとこりゃ女子が持ったら怪我するぞ」

なまえの背後からノットとザビニがやってきて、持っていた紐を持ってくれた。
周囲には爆発したスクリュートに引きずられている人が多く居た。
確かになまえが持っていたら引きずられるに違いない。

ノットとザビニの2人がかりでスクリュートを押さえつけ、何とか授業は終わった。
それにしてもこのスクリューとは今後どうするつもりだろうか。


なまえは数日間、酷く体調を崩した。
最初は寝坊だけだったのが、やがて発熱、倦怠感、偏頭痛を生み出すようになってしまい、寝込んだ。
マダムのところに行こうとパンジーに引きずられていったが、解熱剤と栄養剤を貰うにとどまった。
原因不明といわれたが、なまえにはその原因が分かっていたから問題はない。

『なまえ、体調はどう?』
「少しよくなったみたい…」
『やっぱり無茶だよ、それ』

目を覚ますと昼だった。
昨晩は疲れているのに眠りにつくことが出来ず、何とか眠りにつけたのは夜明け。

まだ授業中なのだろう、寮内は静かだった。
ベッドの淵に腰掛けたリドルが怪訝そうにこちらを見る。
心配と呆れと厳しさが入り混じったような顔だ。
少々無理のある代物であったとは思っている、しかし慣れるまでの辛抱だとも思っている。

「もう少ししたら、慣れるよ」
『慣れてどうするんだ…』
「慣れたら授業に出られるし、問題なく日常を過ごせる」

リドルは目を細めてこちらを見た。
今、なまえの魔力は減衰している。
リドルが実体化せずに霊体のままでいるのもそのせいだ。

この魔力消費に慣れてしまえば、身体の中でうまく分配が出来るはず。
今はその消費にばかり魔力が行ってしまっているから、身体に残るはずの魔力が足りずに体調を崩しているのだ。

なまえは完全に勘違いをしていた。
リドルがなまえに厳しく言うのは、自分のためではなくなまえのためだと言うことに彼女は気づいていない。
リドルはそれがもどかしく、更に腹立たしい。

『そう言う問題じゃない。慣れなかったらどうする?いつまでもベッドに沈んでるつもりか?』

もし、なまえが慣れなかったら、いつまでもベッドに縛り付けられることになる。
今だって身体を起こすことさえ困難で、立ち上がることなどもってのほか。
なまえはそれでも手首のブレスレットを外すことはなかった。

なまえは困ったように答えた。

「いつかは慣れるもの。大丈夫」
『っ! …分かったよ、なまえがそう言うなら』

リドルは一瞬怒鳴りたくなった。
なまえは決して自分を大事にしようとしない。
今だって、じゃあ少しだけ外そうかという考えには決していたらないのだ。

断食をして胃を縮めるかのように、彼女は無理をして身体に鞭を打っている。
その影響が身体にきちんと出ているにもかかわらず、自分がよくなる方向へ進もうとはしない。
ただただ耐えて、身体が順応するのを待っている。
その過程で、どのような影響や後遺症が残るかも分からないのに。

リドルは止めたかった。
今すぐにでもブレスレットを外させ、体調を整え別の方法を探して欲しかった。
しかしなまえは一度決めたことはやり通す性格だ、それはよく知っている。
そして、彼女が相当な自己犠牲型だということも。
止めるのであれば、なまえがこの計画を始める前に止めなければならなかった。
それを許したのは自分だ。

これ以上話していても無駄だとリドルは思った。
だったらせめて彼女の体力と魔力を減らさぬように、自分が消えるほうがまだ効果的だ。
そう思い、ピアスに閉じこもった。


また気絶するかのように眠っていた。
今度は窓の外が真っ暗で、星が瞬いている。

ベッドのサイドテーブルには、リゾットとカットフルーツ、薬の入ったゴブレットが置いてある。
その横にはメモがあり、それには「夕食を置いておきます。目が覚めたら食べるように!早く元気になるのよ」と丸っこい字で書かれていた。
パンジーの優しさに顔を綻ばせつつ、保温魔法のかかったリゾットを手に取った。

あまり食欲は無いので食べきることは出来なかった。
屋敷僕を呼んで、残りは片付けてもらった。
左手首にかかったシルバーブレスレットは月あかりを浴びて、テラテラと輝いている。
燃費の悪い大食いなこのブレスレットに早く慣れたい。
授業だって遅れてしまうし、みんなに気を使わせてしまうし、迷惑もかける。

食べ終わり、薬を飲んで横になった。
今日の月はほぼ満月で、カーテンを開けておくと眩しいくらいだ。
なまえはカーテンを閉めて、眠ろうと目を瞑った。
目を瞑って、ふと気づく。

「リドル…?」

そういえば、リドルが現れない。
大抵、なまえが起きるとリドルが霊体で傍にいることが多かった。
体調が悪いときなどは特にそうで、リドルの姿を見ると少し安心したりした。
昼間、少々言い合いをしたから機嫌を損ねているのかもしれない。

リドルはなまえのことを気に掛けてくれている。
それは媒体としてだけではないとなまえは薄々気づいていた。
でも、それが何故であるのかはいまいちわかっていなかった。

リドルはいつでも自分の味方だと思っていた。
今だって敵に回ったというわけではない、でも決していい顔はしない。
なまえはセドリックを守りたかった。
だから知恵を絞り、何とか彼の助けになろうとしのぎを削っている。
それが気に食わないのだろうか。

考えても、わかりっこなかった。
賢いリドルが何を考えているのかなんて。

なまえはころりと寝返りを打つ。
カーテン越しに見る月あかりは、嫌に目に付いた。


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