05.やみにのまれる
夏休みの間にたくさん働いた。
お金も手に入ったので和英辞書を買い、宿題も何とか終わらせた。
銀行口座はおばさんに私名義で作ってもらい、そこに給料を振り込んでもらった。
毎日1日中働いていたので、かなりのお金がたまった。
来年はきちんとした宿を取れるかもしれない。

英語の勉強もちょっとした、会話はまだままならないがこれで課題と教科書はどうにかなりそうだった。
1年の教科書を勉強しなおしながら、今年もホグワーツに向かう。


なにやら今年も、いろいろあったらしい。
スリザリンのみんなが浮き足立っていたと思ったら、突然お葬式のようになったり…せわしないことこの上ない。
しかもなぜか、学校が閉鎖されるとかわけのわからないことをいわれたり、グリフィンドールから眼の敵にされたり。
謎が謎を呼ぶ1年ではあったが、特に問題なく過ぎた。

一番の問題は、成績不振である。
どうやらこの学校、成績が低いと退学という状態に追い込まれるらしい。
正直、退学してもかまわないのだがここまで頑張ったのだから最後までやり遂げたいということはある。
魔法が嫌いなわけではない、どちらかといえば好きだ、勉強も然り。

「…日本にも帰れないし、ここにいるしかないしね」

第一にこの学校できちんと魔法の勉強をしないと、暮らしていくことができない。
日本に帰るにもパスポートがない、イギリスに残るにしても不法入国してしまったわけでまともなことはできない。
唯一、残された道は魔法界でなんとか暮らすこと。
そのためには魔法が必要不可欠である。

ホグワーツの階段は自由気ままに動き、行く先を変える。
これからスネイプ教授のところでお説教なのだが、階段と私の足は彼の元に行きたくないらしい。
何を言っているのかは分からないとはいえ、お説教は聞きたくない。

兎も角、階段の指し示した道を歩く。

「ここ、3階か…間に合わないだろうな」

スネイプ教授の研究室は地下だ。
何で1つ下に下がればすぐだったのに3階に来てしまったのか、動く階段を呪うほかない。
確かに説教は聞きたくないが、遅れたりましてやサボったりしたらよけいに怒られるではないか。

3階の女子トイレまで来てしまった、そういえばここは最近水浸しになることがないな。

「…あれ、珍しい」

ここが水浸しでないのも珍しいし、こんなところに幽霊がいるのも珍しい。

魔法界に来て不思議だったのは、ゴーストという存在と幽霊という存在が別々に存在しているということだ。
どんな人の目にも見える姿の総合思念体がゴースト、普段人の目には見えない弱い力しかない総合思念体が幽霊という風に私は考えている。
そして外国ではこのゴーストがマグルの世界にもいて、日本では主に幽霊がいる。
外国の心霊現象は比較的はっきりした姿が見えるのはこのせいだと私は思う。

私は昔から幽霊が見える性質だったので、彼が見えるのだ。

ローブに学校指定の制服、ネクタイカラーはスリザリンだった。
いったいいつごろの生徒なのかは想像もつかないが、しかしこの人は、

「幽霊じゃない…?死んでないんだ。生霊かな」

今まで見た幽霊とはどこか違う。
幽霊にしては力が強くて、しかしゴーストにしては弱い。
その上確固たる意思を持っていて、それは憎しみだけではない。
…なんなんだろ、これ。

『…きみ、僕が見えるの?』
「うん」
『へぇ…見えるの。ねえ、手伝ってくれない?僕、実体化したいんだけど』
「?もっとゆっくり話して」

相手はどうやら見つけてもらえたことが嬉しかったらしい。
早口で英語を喋るものだから何を言っているのか分からない。

『きみ…英語、もしかして喋れない?』
「うん」
『なんで英語喋れないのにここにいるのさ…、信じられない』

彼はすぐに私の異変に気づいてくれた。
それに酷く驚いた、今まで2年間教授も生徒も誰も気づいてくれなかったのに。
少しそこに感動しつつ、彼を見ると彼は呆れたように私を見返した。
その瞳は燃えるような赤で、顔つきは精悍、俗に言うイケメンそのものである。
場所が女子トイレの前というのがなんだか変態チックだ。

彼は徐に、私に手を伸ばす。
驚いて私はその場から飛びのいた。

「何?」
『じっとしていて、何もしないから』
「嘘、絶対何かするんでしょ?」
『…君から少し魔力を分けてもらうよ。そうしたら君が英語を話せるように魔法をかける』

とてもゆっくりで、分かりやすい英語を使ってくれる。
お陰で私でも理解できる。
彼に魔力を与えれば彼は実体化するだろう、
それできっと私に魔法をかけようとしているらしい。

そういうことなら、と私は彼に魔力を分け与えた。

「杖を貸してくれる?」
「はい」

実体化した彼に杖を渡すと、彼は聞き覚えのある呪文をとなえる。

「さてと。これで良いかな。僕はトム・マールヴォロ・リドル。君は不思議な力を持っているみたいだね」
「はぁ…リドルさん。私は なまえです」
「僕は君みたいな存在がないと消えてしまうほど弱いんだ。悪いんだけれど、君を利用させてもらうよ」
「どうぞ。その代わりにギブアンドテイクです。あなたも私に何かしてもらわないとフェアじゃない」

翻訳の呪文は完璧だった、彼の早口の英語も聞き取れる。
私がいくら試してもうまくいかなかった翻訳の呪文。

彼は見た目的に15,6といったところで少なくとも私よりも年上。
翻訳の呪文を簡単にかけたことからも、雰囲気的にも賢いことが伺える。
そしてなにより、彼からはあの優しい夕闇…否そんなものじゃないもっと濃く深い闇がうかがえた。
私は、その闇が心地良い。

「へぇ…この僕になにを頼むんだい?」
「勉強を教えてください。あと、この世界で生きる知恵を」

赤い瞳が細められる、楽しそうに。

「いいよ。 なまえは僕に魔力を、僕は なまえに知恵を」




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